第34話 最強のチート! ミニエー弾①
1569年7月 勝尾城 筑紫俊介広門
勝尾城からさらに背振山地の山奥に片隠れの里がある。
俺が今いるここはその近くで、二つ目の里になる予定の場所だった。
手狭な片隠れの里を大きくするのは限界になって来ていた。二つ目の里では既に準備が進んでおり、切り倒した木が広場に積まれ自然乾燥に晒されている。
切り倒したばかりの生木は水分が多く、そのままで建屋を作ると乾いた時に変形してしまう。
季節や樹種によるが、ここでは数か月ほど天然乾燥して中の水分を飛ばしてから木材として使用される。
現代の水準を求めるなら数年乾燥が必要な事もあるらしい。戦国の水準で良かったよ。
乾燥が終われば色々な建屋が作られるはずだったが、それまでは人もいない大きな広場でしかない。
今日はここで緊急の秘密評定だ。
広場の端の木の影がかかる場所で、島と爺と俺はそれぞれ木の株に座って休んでいた。孫大夫だけは俺の少し横で正座で控えている。俺たち以外にいないのだから膝を崩せと言っても崩さない。
ここに着いてちょっと経ったんだが、爺はまだ息が落ち着いていない。
こんな山奥に呼び出して悪かったかな。だけどこれからする話は絶対に漏らしたくないんだ。
「爺が肩で息を切らせているから俺が話したいことは置いておいて、取りあえず現状の状況だけ説明しておこうか」
「ぜーはー、も、申し訳ないですじゃ」
お互い現状は知っているけど、爺の回復を待ってるのも暇だし再確認だな。
「とうとう大友と毛利の大戦が始まった。毛利は四万五千で北九州から上陸し、あっという間に博多まで占拠。北九州から博多までの国衆は予め調略されていたのだろう、戦わずに降伏。立花山城も僅かな期間で敵の手に落ちた」
島がこちらを見て頷く。爺は竹筒から水を飲んでて聞いてなさそうだけど、まぁ大丈夫だろう。
北九州の門司城から立花山まで60kmある。この距離にまたがる全ての国衆を前もって調略で落としてあるとは神がかりすぎだ。
唯一調略にかからなかった立花山城は戸次道雪の城だ。残念ながら毛利に落とされてしまったが、落ちたのは城主の道雪が佐賀城攻めで留守だった事、そして水の手が切られたからだった。
城へ続く地下水を掘り当てて、水の流れを止めてしまったらしい。
手際が良すぎる。たぶん石見銀山の掘り大工共だな。
毛利は大国だ。手が豊富でうらやましい。
「大友の四万は龍造寺と和平を結んですぐに博多に急行したが間に合わなかった。現在はこれと言って決定打がないまま博多でにらみ合っている」
毛利は博多の多々良浜という場所で布陣していた。先に来た毛利が一番良い場所に布陣しているせいで、大友はなかなか切り崩すことが出来ない。
大友にとって立花山城が直ぐ落城したのも予想外だったに違いない。城が残っていれば毛利は兵を分けなければならず不利だったはずだ。
毛利が布陣している多々良浜という場所、古くから博多の支配をめぐって数々の戦の舞台になっている場所だ。太平記では足利尊氏が十倍の敵に勝っている。
元寇では元の国がここから上陸し、太宰府に攻め込もうとした場所でもある。
そして今は戦国時代でも有数の大合戦が始まろうとしているのだ。なかなか感慨深いな。直接参戦している訳じゃないから楽しんでいる気持ちもあるかもしれない。
ちなみに多々良の由来は製鉄のタタラだ。砂鉄が良く取れるからだろう、朝鮮に出兵した神功皇后が、渡来人の技術者を此処に住まわせ、多々良氏、のちの大内氏の祖先となった。
だから祖先が大陸出身だと主張する国衆が結構いるし、彼らはそれを誇りに思っている。千年前の話だ。
九州北部の歴史は深い。
「これほどの大軍同士の戦など聞いたことがございませぬ」
状況を説明すると島が感嘆したようにつぶやいた。爺も水を飲む手を止めて神妙に頷く。
今起きているのは毛利全盛期と大友全盛期の戦だ。そうそうあるような戦じゃない。戦い好きの島は血が騒ぐのかもしれない。
だが筑紫は南から博多へ向かう兵糧の護衛を頼まれている。この戦に直接参加することはできなかった。島が少し悔しそうなのはそのせいだろう。
「島は筑後川を船で遡って運ばれてくる兵糧を受け取って博多へ運んでいるんだったな。戦の様子はどうだった?」
「道雪殿が小早川軍を打ち破り敵陣を下げることに成功しましたが、それだけでござる。有利な布陣にいる毛利軍は無理攻めはせずに守りを固めておりまする。流石の道雪殿でも苦戦しておるようでござる。何より十分な数の弓矢と弾が無ければ、いかに名将と言えどどうしようも御座らん」
そう、実は大友軍は兵糧が不足していて大問題になっていた。運んでいる筑紫が悪いわけじゃない。むしろ筑紫がいるから最低限の兵糧を運べている。逆に感謝して欲しいくらいだった。
事の起こりは秋月氏と高橋氏が協力したことだった。この二人は故処山城と宝満城で大友に反旗を掲げて去年から戦っていたのだが、仲は非常に悪く、今までは協力することはなかった。
というのも高橋はもともと大友の家臣で秋月の父親を殺した張本人だったからだ。
これをどのように説得したのか分からないが毛利が仲介し、両者は過去を置いて協力する事になった。
狙いは博多と大宰府の間にある巨大な関所、水城だ。
水城は城と書くが実際は巨大な土塁であり関所だった。もともと九百年前に朝鮮の白村江の戦いで大敗した大和朝廷が、朝鮮や唐が反撃で日本まで攻めてくるんじゃないかと大宰府を守るために作った建築物だ。
土塁なのに城と書いたり城と読むのも昔の建造物だからだな。万里の長城も昔の建造物で城と書くのと同じ感じだ。
そして万里の長城の様に博多に上陸した外敵から大宰府を守ろうとしたわけだ。
その水城は元寇の時に修復されたみたいだが、今では誰も管理していない。ボロボロなので誰も注目していない建造物だった。
そして戦国時代に入り毛利がこれに目を付けた。そして秋月と高橋に占拠させたのだ。
壊れて無くなっていた水城の東門と西門に柵を立てて通れなくし、崩れた土塁に土嚢を積んで修復して博多と大宰府の間の道を封鎖することに成功してしまった。
兵糧を運ぶ役目がある俺たちは大将の越前入道殿に急ぎ救援を依頼した。通れなくなっちゃったからな。
今はとりあえず勝尾城から続く山道を使って兵糧を運んでいる。
だが山道だから十分に運べないし、運びきれない兵糧が今では勝尾城に積みあがっていた。
「越前入道殿に救援を依頼しているが返事は芳しくない。博多から兵を抜くことは出来ぬから筑紫単独で水城の敵を追い出せぬか打診が来たほどだ」
「馬鹿を申されても困りまする! 水城には敵が四千もおるのですぞ!? 対する我が方は六百ほど。いかようにもなりませぬ」
元気になった爺が叫ぶ。
そうだよな。俺が山道を整備していたから何とか最低限の兵糧は運べているのだ。
そうでなければ日干しになって前線が大崩れになってもおかしくなかった。無理を言われる筋合いはない。だが……。
「これをどうにかする。どうにかするのだ。今日の評定はそのための物だ」
さぁ、楽しい技術チートの時間だ。




