第33話 戦国の奥様は辛い
1569年6月 勝尾城筑紫館 琴音
祝言を挙げて一月も経たないうちに俊介様は戦に行ってしまった。隣領土の龍造寺との戦だと聞く。
それで一ヶ月ほどで帰って来たと思ったら三日だけ休んで直ぐに出立すると聞き、宴を開かないのかと仲良くなった勢福の方に聞いてしまった。
実家ではそうだったから。余計な事を言ってしまったかとも思ったけど、宴の終わりに夫が嬉しそうに言葉をかけてくれて安心した。
夫は夜は私の部屋で宴の様子をお話なされ、私も誰それの奥方と仲良くなったといった他愛もない話で話が弾んだ。
だがまた戦に行くと言う……次は毛利との戦らしい。
「毛利との戦はすぐに始まるが、筑紫の御役目は兵糧を送り届けるだけだ。しばしば城に戻ってこれる」
そう言ってたのに何週間も留守にしている。
一人になった部屋が小さく感じた。
城にいた三日間、夫は私の部屋で長く過ごした気がする。私の部屋で指示やご報告を受け取る御姿も見た。
当主ってそんなものかしら? 父も戦の後はあまり御姿を見せなかったからそんなものかもしれない。
寂しいわけではないけれど、もっとお話ししたい。
父もこんな様子だったことを思い出す。春から秋の季節は戦で半分くらいは家を空けていた。
毛利は強いと聞いているので心配だった。
稀にあるのだ。結婚して直ぐに未亡人だとか、物心着く前に結婚していて付いた時には未亡人になってしまう様な事が。
俊介様は龍造寺との戦で御活躍だったそうだけど、小領の筑紫が活躍したという事は、それは無理をしたという事じゃないかしら?
戦で死者も出たし、抱き合った俊介様は傷だらけだった。
その傷を指でなぞると、胸が引き裂かれる想いがした。
思い出すとまた辛い気持ちが湧き上がってくる。
毎晩あんな想いをするなんて耐えられないと思った。一緒に過ごす夜も、いつ死ぬかわからない戦で城で待っているのも、どんなになっても辛いのだ。
自分がこんな想いをするなんて想像した事もなかった。
夫は侍なのだ……、そんなの分かってる。
でも、こんなのどう耐えればいいのだろうか?
ボキリと手に持ったかんざしが折れた。
涙は出ない。
翌日、少しやつれた顔を鈴が化粧で直してくれた。鈴は何も言わない。それが嬉しい。
今日もまた俊介様はいない。しっかりしないと。実家では父がいない間は母が家を差配していた。筑紫家はどうなんだろうか? たぶん武家だし同じよね?
もう家に入って二カ月にもなるし、いつまでもお客様じゃいけない。父からもそんな感じの催促の文が何枚も来ている。お城の人とは仲良くなれたし、家の事で出来ることをしないと。
たぶん叔父様にお聞きすればいいのよね。俊介様がいない間に差配していらしたし、帰って来た俊介様とも一番よくお話ししていた。
だけど金勘定を任されたらどうしよう。実家では母が帳簿を付けていた。習ったけど私は苦手だった。お姉さまは得意だったけど……。
あら、この刀、血が付いている。
俊介様は刀は予備を手にして出立していた。そういえば置いて行った刀をどうするかはお聞きしていなかった。普通に綺麗にして研いで貰えばいいのかしら。
当主の刀が血を吸っているって危なかったんじゃなかろうか、また少し不安になる。
「琴音様、四郎様がお越しですがよろしいでしょうか」
侍女の鈴が声をかけてきた。
そうだった、日が高くなる前に伺いすると叔父様が連絡をくれていたのだ。丁度いい、この刀もお願いしよう。
「すぐに行くわ」
この部屋は私室だから基本的にここで家臣と顔を合わせることは少ない。俊介様がおられない間は私が政務を取り扱う体だから、広間で会うことになる。
当主が使う扉を使って広間に入ると、叔父様が下座で待っていた。小さな屋敷なので、部屋は当主が座る場所だけ一段高くなっていたりはしない。代わりに祝言で使った畳が二畳だけ、ここが当主が座る場所だと主張している。ここは評定や祝言にも使われる使い勝手が良いように作られた広間だ。
私が座ると叔父様が頭を下げ、綺麗な髷が見えた。
御歳の割に髪艶があるのよね。綺麗に剃られた頭頂部を見て思う。こんなこと毎回気にしてるのは私くらいだろうか。
家臣らの中には私が主人の妻になったことに不満がある人もいるだろうけど、叔父様は内心はともかくそういった様子は見せない。
こうやって私を立ててくれている。
「本日は何の用でしょうか?」
口から出た声は緊張で小さかった。ゔ〜、こういうのは苦手だ。
偉そうにするのって凄く大変。頑張ってそんな風に見せようとしているけど、出来てないのは自分でわかる。
お話している最中に委縮して姿勢が曲がったりもしちゃうから気を付けないと。
「先日は宴を取り仕切り頂き、誠に有難うございました。お越しいただいたばかりで勝手もわからぬ中、真に立派な宴となり、この貞治、流石は斎藤殿の御息女と感服つかまつりました」
頭を上げながら叔父様が挨拶をした。
「そんな、大したことはしていません。そう見えたなら皆さんのお力添えのお陰です」
これは本当。宴は家臣の奥様方に声をかけて酒と肴を一緒に用意しただけだ。片付けもそうだったし、大したことはしていない。
あ、金勘定だけは苦手ながら頑張りました。
直ぐに次の戦と聞いていたから、気を休ませるためのたっぷり飲み食いできるだけの宴だ。俊介様は兵糧を運ぶだけだと言っていたけど、戦は何があるかわからない。
戦から帰った兵たちの気休めになったのならば何よりだった。
「そんなことは御座いませぬ。家中の評判もよう御座いましたぞ」
「皆様方が楽しめたのでしたら良かったです」
いけない、また返事が小声になってしまった。だって褒められるような事じゃないのに自信があるように答えたら変な気がするし……。
ニッコリ笑って誤魔化して自己嫌悪に陥る。
「この度伺いましたのはご相談があってのことです」
「あら、何でしょうか?」
「実は先日の戦で主な家臣の中から戦死者が出ました。葬儀になりますが殿は戦に出払っております。つきましては殿の名代としてご出席頂けませぬでしょうか」
ああそうか、そうよね。
大丈夫、実家でも母と一緒に葬儀に出たことは何度もあるわ。同じ風にすればいいのよね、たぶん。
母に言われて喪服は持ってきていてるけど、話の感じだと亡くなったのは近親者じゃなさそうだから着る必要はないのかな。だけど念のため確認しないと。
「わかりました。亡くなりましたのはどなたでしょうか?」
立場と名前と人となりを聞いておいて、日時と場所、あとこちらの葬儀の進め方も聞いておかなくちゃ。豊後とは違うかもしれないし。
こうやって動いていれば何だか俊介様の役に立っている気がするし、なんだか戦の事を考えないで過ごせそうな気がしてきたわ。




