第32話 宴
1569年5月 勝尾城筑紫館 筑紫四郎貞治
若葉が繁り、初夏の風が吹くようになった頃、龍造寺との戦に勝ったという知らせで城内は沸き申した。
じゃが殿達が勝尾城に戻ってきても、滞在は二、三日だけ。すぐ次の戦に出立するという連絡も同時にもたらされた。
すでに毛利が博多まで来ているという。
本来であれば休む暇もないはずであった。
直接博多まで向かわず一度城に戻ってくるということは、おそらく被害が出ている。
とにかく受け入れの用意をしなくては。
殿の礼儀作法の指南役をしている勢福の方から宴を開いてはという提案をもらった。良い案じゃが急ぎで取り仕切れる女手がおらん。
大奥様も儂の妻も他界しておるし、長い間潜伏していたせいで、ここ数年宴なぞ開いた事などないのだ。
儂が眉を曲げておると、殿と御結婚なされた琴音様が城の女中達と話を付けているらしい。
そこまで話が進んでいるならと儂は許可を出した。
商人らへ支払う金銭の前金と、近隣の村々の庄屋へ食材の提供を命じる文を渡す。
すぐに取り掛からねば間に合わぬ。
儂は武器防具の修繕道具、城に残った馬と種子島と弾の確認じゃ。修繕できるものは急ぎ直し、直せないものには代わりを用意せねばならん。
そうこう慌ただしくしているうちに二日後の昼には殿達が城に帰って来た。
儂が奥方らが用意した宴がある事を殿にご報告すると、殿にしては珍しく驚いた様子であった。
※ ※ ※
宴の様子を観察する。混乱はなく、皆々に十分な馳走が振舞われているようだ。短い間に用意した女衆に感心しつつ、儂は島を探した。
島が酔い潰れる前に戦の様子を聞き出さねばならん。
はたして三十人ほどいる兵たちの中に島を見つけた。弾正も一緒のようだ。
「ジジイか、どうした?」
「戦の仔細が知りとうてな。抜けられるか?」
「いや、ここの方がいい。某は鉄砲隊を率いていて殿と御一緒できなかった。弾正らの方が詳しい」
自分の名前を出されて気づいた弾正が席を離れてこちらへ寄って来た。
床几を二つ持っておる。一つは儂のか。
悪いのぉ、と笑顔で礼をのべる。腰掛ける物があると年寄りには助かる。
さっそく気になっていたことを口に出す。何度も言うが酔いつぶれる前に、すでに酒臭いコヤツらから話を聞かねば。
「お帰りになった殿は肩の鎧袖も脛当ても無くなり傷だらけだったではないか。何があった」
「……」
じゃが皆が見ている前で弾正は瞬き一つせず黙っておる。
「ダメだこりゃ」
島が呆れ果てる。何のために寄ってきたんじゃ。
「お主、緊張しやすい癖なんとかならんのか。仕方あるまい誰ぞ他におらんか?」
「五郎太が最後まで一緒だったはずだ。ごろうたぁ、五郎太!」
島が呼ぶと「ヘェ」て意外に近くから声が現れた。
その最後まで殿と一緒だったという五郎太に戦の詳細を伺うと、その内容は恐るべきものであった。
「四倍の騎馬隊を追って虎口に突っ込んだじゃと……」
「間置かずに道雪殿が来たから無事でしたけど、実際危なかったんじゃないかな。まぁ殿が行ったから皆着いて行きましたけど、あんなの二度と勘弁っスわ」
「私が最後まで着いていれば」
注目が五郎太に移って元気になった弾正が呟く。
「それは仕方ねぇ、騎乗して敵を追いながらいちいち問答している暇はねーよ。殿から下知があったなら従うしかないだろうよ」
「そうじゃな。次は同じことが無いように御諫めして……。あと、一人くらい兵を率いれる者が欲しいのぉ。大坊では身に余るし」
「そんな人材余ってるわけないだろ。だいたい兵種が多すぎるんだ。足軽、弓、種子島に馬。殿を抜いたら二人でやりくりしないといけねぇ。大殿が亡くなった戦の時に本城と若山砦以外は落ちて死んだからな……。まぁこれも銭で解決できれば楽なんだが」
銭か、島が軽く口にした言葉は筑紫の現状を端的に表していた。
銭は身の丈に合わない程にあるのだ。武将を雇うこともできよう。だがこんな小領に仕官する物好きがおらん。
武功を上げて名を高めるしかあるまい。この度の戦いの様子が少しでも広まってくれると良いのだが。
酒の席で愚痴が始まりそうであったので儂は話を変えた。
「早合の使い勝手はどうじゃったか?」
早合は殿が御考案した一発分の弾と火薬を筒状の紙に入れたものだ。弾込めの時間を半減することができる。
「凄まじい。尋常ではないな。直ぐに手持ちの弾を早合に切り替えるべきだ。造るの難しくないんだろ?」
島がニヤリと楽しそうに話す。コヤツ、殿に似てきよったわい。
「まぁの。だが商人には依頼できぬ。製造方法は秘匿しなければ」
「すると片隠れ衆に作ってもらうことになるのか。大丈夫か? 銭作りだけじゃなく、火薬も酒もシャボンも、椎茸だって作っているんだろ?」
顔が赤い癖に図星を付いてくる。
「わかっておる。すでに次の隠れ里を開墾しておるところじゃ。それまでは……シャボンは少量じゃし、酒の製造も絶対に必要なものではない。しばらくは戦に必要な物だけに手をかけるしかあるまいて」
薄々わかっていたことが表面化しつつあった。先ほどの武将を雇い入れたい件についても根本的に同じ問題なのだ。
殿の器に儂らが付いて行けておらぬのだ。
誠に口惜しいことだ。
膝の上で握った拳が細かに震える。
だが口に出すことは出来ぬ。嘆いても何も解決せぬのだ。一層努力するしかない。
「せめて今の倍の石高があればのぉ……」
思わず口に出してしまった儂に島が盃を寄こしてきた。
見ると弾正が兵らに酒を注いで回っていた。
落ち着いて周囲を見渡すとここにおる兵は全員周防組か。筑紫を追われた大殿の時から一緒にいる古参共だ。
馬を扱える数少ない兵たちだったので、全員騎馬隊に所属していた。
そうか、この者たちは佐賀城でも殿と一緒に戦っていた者たちなのだ。
皆と目が合う。口惜しいのは儂だけではなかったか。
全員に酒が行きわたるのを確認すると、儂は立ち上がって盃を高く掲げた。
皆も立ち上がって盃を掲げる。
「殿のために!」
『『殿のために!!』』
年甲斐もなく一気に飲み干す。
美味い!
この酒の味は忘れまい。
殿のため、この老骨にいくらでも鞭打って見せるわい。




