第31話 龍造寺隆信
1569年4月 肥前 佐賀城 鍋島孫四郎直茂
佐賀城の奥深く、主君である龍造寺 中将 隆信様は書き物台に肘をつき、暗闇の中で何も言わず自分をじっと見据えておられた。
大軍相手に籠城を続けていては兵の心が落ち着かぬ。時には打って出て士気を上げるべし。そして打って出るならば敵の急所を狙わねば。
そのように主張して越前入道あるいは道雪の首を打ち取ろうと積極策を提案したのは自分であった。
中将様も賛成いたしたはずだが、目の前の殿は非常に不機嫌のように見受けられる。
策は悪くなかった。早さが肝であった。城内の騎馬をかき集め、数は少なくとも大友に会心の一撃を与えられると思った。
最終的に道雪を狙うことになったのは、北門付近の境内に敵の気配があり、これがもしも騎馬隊であったら非常に危険だったからだ。
道雪のいる西大手門までの距離は短いが、敵大将がいる東の陣までは往復で道のりが3倍以上になる。
距離が遠くなるだけではなく、城への帰りに待ち構えられれては致命的だった。
とはいえ境内の小さな林に隠れられる騎馬はせいぜい百程度。こちらが三百もそろえれば悪い結果にはならない見通しであった。
結果的にその判断は正解であった。もっと被害が大きくなっていた可能性もあったのだ。
殿は何ゆえに憤然としておられるのだろうか。
頭を下げながらチラリと目線だけで覗き見ると、自分より一回り歳かさな主君の顔色は険しいままだ。
感情を爆発させ、大変な熱量を家臣らに示すことで龍造寺を率いてきたお方だ。
これからどのような反応を示すかわからず、恐ろしくなってきた。
だが少数で敵の急所を狙う策だったのだ。必ずしも上手くいくものではないことはわかっておられたはず……。
「殿、申し訳ありませぬ! 道雪を打ち取ること叶いませんでした」
全く悪いとは思っていないが大げさに謝罪する。いつもの様に烈火のごとく怒られては会話にならぬ。
すぐに反応は帰ってこなかった。
額から垂れた汗が床に染み込んでいく。
「直茂、先ほど忍びから報せがあった。お前と分かれた騎馬の百騎が打ち取られたそうだ」
ようやく帰って来た返事は衝撃の内容だった。
分かれた騎馬隊は部下の木下昌直に率いさせていた。佐賀の地形をよく知っている男だ。逃げ切ることは難しくないと思っていた。誰にやられたのか。
驚き、頭を上げて何があったかのかお聞きする前に主君は口を開いた。
「打ち取ったのは吉弘紹運という男らしい。日没を過ぎても追撃が続き、とうとう捕まって殺されたそうだ。紹運という男、なかなか馬の扱いに長けた者のようだ」
吉弘紹運、聞いたことがある。大友で名を上げつつある将だ。だがまだ二十を過ぎたばかりの若造だったはず。そんな若造に木下がやられたというのか。
ギリッ、主君の歯ぎしりの音が聞こえた。まずい。
「直茂! お主の不手際ゆえに、木下が殺され、貴重な騎馬が討たれたぞ!」
怒髪天を衝く声が響き渡った。立ち上がった殿の顔が赤く染まっていた。
一歩、また一歩と迫ってくる。背筋が凍る。
「申し訳ありませぬ! 殿!」
再び頭を下げると殿の足が自分の頭を蹴り上げた。鎧を着た体を蹴ればいいものを……。
頭が跳ね上がったが直ぐに床に額を押し付ける。
「申し訳ありませぬ!」
演技ではない必死の声を上げるが、主人は無慈悲に頭を足で押さえつけてくる。
血の味が口に広がる中、歯を食いしばった。
いつもの事だ。
大軍に囲まれて騎馬を失い怯える主君よりは血気盛んな方が良いのだ。
そう思って耐える。
「ふん」
しばらくして怒りが収まったのか殿は席にお戻りになった。
ふぅ、お怒りの時間がいつもより短かったが、何か良い事でもあったのだろうか。
「もう一つ知らせがある。毛利の軍勢が門司城を出立したそうだ。近く大友から使者が来るであろう。ふっふっふっ、早くこの戦を切り上げ毛利に備えなくてはならぬからな」
早い、もう来たのか。こちらから助けを求めたとはいえ早すぎる。予め兵を集めていなくてはあり得ない早さだ。
「分かっていると思うが毛利と誼を通じたのは秘中の策である。大友の使者は降伏を勧告してくるだろうが、毛利なぞ知らんと言う態度で受け入れなければならぬ」
「はっ」
「何、降伏といっても形だけのものだ。慌てて博多に舞い戻ったところを機を見て背後に食いついてやるわ。ふっふっふっ、楽しみよの」
――― ◇ ――― ――― ◇ ―――
殿の機嫌が直り、一の間を下がると部下から報告があった。
何週間も境内に身を隠し、騎馬で我らを追いかけてきた敵の正体について気になって調べさせていたのだった。
「どうやら筑紫勢であるようです」
「確かなのだな?」
「間違いありませぬ。筑紫の領内を荒らした際に見かけた騎馬が多数おりました」
筑紫氏、大したことのない肥前の東端にある小さい国衆だ。
いつか潰そうと、そう考えていた。
特に攻めこむ名分が無かったため後回しにしていただけだ。気がついたら二年近く前に大友に潰されていた。要は肥前にある有象無象の国衆の一つでしかない。
そう思っていた。
認識を改めねば。
よくぞ百五十騎も集めたものだ。一万石に満たないはずだ。
如何にして集めた? 大友からの援助であろうか。いや大友もそこまでお人よしではない。何かカラクリがあるのか。
たしか前当主が切腹し、若い当主が引き継いだはずだ。彼奴の手腕だろうか。興味がそそられる。
今まで領土こそ接していたが龍造寺は西へ、筑紫は東へ目を向けており、小さなイザコザこそあったものの本格的な争いにはなっていなかった。
大友の傘下となりこちらへ牙を剥いてきたか。
「当主の名はわかるか?」
「確か筑紫俊介広門」
筑紫俊介か、見事な用兵だった。
一つ間違えていれば自分は打ち取られていたかもしれない。だが恥をかかされたとは思わなかった。
龍造寺では自分より若い者に負けたことはなかった。だがこの度の戦で会った筑紫や紹運は自分より若く、それでいて自分と同じかそれ以上の力量かもしれない。
会ってみたいと思った。
実力伯仲した者同士だ。語り合えば何かあるかもしれない。
如何なる考えで境内に伏していたのだろうか。
私が百騎を分けたことをどのように評価したのだろう。
無謀とも思える城内への突撃、武に秀でた者か、自信は如何ほどあったのか。
それともこうした想いは自分だけの物なのか。
敵同士だが聞いてみたかった。
いつの日か太平の世が訪れれば……あるいは。




