第30話 雷神 戸次道雪
1569年4月 肥前 佐賀城 筑紫俊介広門
……もう大丈夫と思われるくらい敵の城から離れたあたりで、輿に乗った御仁、戸次道雪がこちらに近づいてきた。
「敵騎馬を追いかけていたのはヌシらか。どちらのもんじゃ」
戸次道雪、齢五十六、さっきは戦闘の最中でよく観察することはできなかったが、後年の肖像画のイメージそのものの風貌だった。白髪で鬼のような鋭い眼光、大きな唇と口。顔に刻まれた幾つもの古いキズは歴戦の猛者だと主張していた。
「筑紫俊介でござる。音に聞こえし戸次殿の戦、感服いたしました」
敵騎兵が来ると門を攻めていた道雪の兵らが波のように引いて避けていた。あんな用兵ができるのだと、凄いと思った。
「ようぞ迷わず門へ雪崩れ込んだもんじゃ。手勢も少なか身で、わしらが続く保証も無かったろうに。それでも踏み込む胆力まこと見事。あのまま城を落とせておれば功は大きかったぞ」
あれ? なんだ、わざわざ褒め殺しに来てくれたのか? そんな訳ないよな。
「被害も多かったろうが、次があっても決して臆してはならぬぞ。わしは必ず駆けつけるからの。必ずじゃ。被った損についても何ぞ形になるよう殿へしかと申し上げる。ゆめ忘るるな」
なかなか訛りが酷い。
「ありがとうございまする。戸次殿がいましたら好機を見逃すはずも御座いませぬ」
保障はありがたいが借りは作りたくないな。金はあるから自分たちで補充できる。
「うむ、俊介殿も健勝でな。次の戦場でまた共にしようぞ」
何のために挨拶に来たかと思ったが、被害を保証するから次回もビビるな突っこめよ、と若者に御指導に来たわけだ。まぁ状況によりけりだな。
今回は手強い隣国の有力人物を打ち取るチャンスだったから無理をしたんだ。そうでなかったら貴重な騎兵を平原ではなく城内なんかに突っ込ませはしない。
「そういえば俊介殿」
話しが終わり輿が回転して帰るんだと思っていたら、輿が止まって上に乗った道雪がこちらを振り向きながら話しかけてきた。
「斎藤殿と共におった鉄砲衆、此方の兵だと聞いたがの。仕掛けはよう分からんが……弾込めがやけに早い。あれは腕だけではあるまいな? 差し支えなければその工夫、わしにも教えてくれぬか。礼は弾むぞ。」
……ッ! マジかよ。
初めての実践テストでもうバレたのか。早合を!
『早合』、戦国時代後期に開発された弾と火薬を筒状の紙に入れたものだ。火薬を入れた後に弾を押し込む従来の方法と違い、一度で押し込めるため装填時間が半減する。
紙に油紙を使えば鉄砲の中に溜まる煤も減らせて、筒掃除なしに連発できる。
「さぁ、何のことでしょうか」
平静を装って返事をしたが冷汗が出ている。誤魔化したのはバレてそうだな。話が終わったと思って油断をしたところにコレかよ。役者だぜ。
道雪はそういう事にしておこう、といった顔で今度こそ本当に去って行った。
深く突っ込まれないで良かった。
戸次道雪、雷神、雷を切った男。二つ名に負けない猛将だな。
ふぅ〜、と深く緊張を吐き出す。
早合は俺の未来知識の中で戦争の切り札と思っていた。なんといっても装填時間が半分くらいになる。秀吉が天下を取るくらいまでは世の中に広まっていないはずだから、それまで無双できると考えていたのだ。
だが見るべき武将が見ればすぐに仕掛けがあることがバレてしまうことがわかった。早合は技術的に難しいことは何もない。関ケ原の戦いでは宗茂が大津城攻めに使っていたくらいだからな。それより前の朝鮮出兵時には広まっていた可能性が高い。
しまったな、このままでは簡単に広まりそうだ。何か代わりを考えなくては……。見た目からして従来の物とは違う。万一奪われても真似ができない様なものがいい。
その後は安全のため城から大きく離れ迂回しながら舅の斎藤殿の陣地で落ち着こうと方向を変えた。すると途中でびしょ濡れの島と、敵の騎兵百騎を引き付けて逃げ回っていた弾正らがこちらに近づいてきた。
島は苦虫を潰したような、水に濡れた猫の様な顔をしていて、あからさまに口を開きたくない様子だ。俺は知っている。島は泳げないんだ。
代わりに弾正が無事を喜んでくれた。
「やはり殿でしたか。御無事で何よりです」
「俺は大丈夫だ。だが幾人か死んだ。ケガ人も多い。手を貸してやってくれ。そちらはどうだったか」
「被害ありません。逃げ回っておりましたら敵の騎馬隊は追いかけるのを諦めて西に逃げて行きました。その後に味方の騎馬隊が追いかけて行ったのを見ましたから、打ち取っておるやもしれません」
「暗くなる前に追いつければな」
誰が追いかけて行ったか知らないが難しいだろうな。敵は捕まりたくないから夜でも走り続ける、しかも地元だから暗闇でも道がわかっている。追いかける味方は危険なだけだろう。
「島、種子島は水に濡れて使い物になるまい。一緒に下がるぞ。斎藤殿には俺からお話ししておく」
「はい……」
あのタイミングで撤退の法螺貝。毛利が来たに違いないな。明日にでも形だけの降伏勧告が行われるはずだ。
もう少しで城を落とせたのに。くそっ!
どうにかして龍造寺の勢いを削がなくては筑紫は負けることになる。
くそっ! 落ち着け。まだチャンスはあるんだ……。
――― ◇ ――― ――― ◇ ―――
予想通り翌日に降伏勧告が出され、その次の日に龍造寺は受け入れることになった。
すぐにでも博多に軍を進めたい大友は、降伏と言いつつ停戦に近い条件を提示した。領土の割譲は無し、誰の腹も切らない、微妙な人選の人質は出して、大友の面子は立てろといった要求だった。
大手門を壊された龍造寺はそれに素直に応じ、降伏という名の停戦が決まった。
鍋島は討ち取れなかったらしい。残念なことだ。
筑紫の隣領土の龍造寺、その中心人物である鍋島は何としても討ち取りたかった。だからリスクが高くても城内まで踏み込んだのだが……。
死んだ兵らは無駄死にか、やるせない気持ちになる。自分の投げやりな気持ちに兵らを巻き込んでしまっている自覚はあった。最低だ。騎兵らは俺と長く訓練に付き合ってくれた者達なのに。
完璧に動けたと思う。だからといって結果が付いてくるわけではない。
俺の気持ちが伝染したのか、勝ち戦であったはずだが複雑な気持ちで俺たちは勝尾城へ帰路についた。




