第20話 お嬢様は激おこ?
1569年2月 筑紫館 筑紫四郎貞治
「妹君の不満が爆発したのは筑紫と婚約になってからだ。姉が大友譜代の名家に嫁いだのにも関わらず、妹の自分は突然に田舎のよく分からん小さい土豪に嫁ぐことになった。不満に思うのも道理だな」
「筑紫は孝元天皇の皇子である大彦命が先祖なんじゃがのぉ」
「ただの伝承だろそれ」
「わからぬ、千年以上も前じゃ。儂はそう聞き及んでおる。じゃがそうした不満であれば納采の品を豪勢にしたのは僥倖であったな。驚いてくれたか?」
「姫がか? だいぶ驚いているように見えたぜ」
「今の筑紫は豊かじゃ。その辺をご理解いただいて溜飲を下げて頂けるとよろしいのじゃが」
「どうだかな。女に馬や種子島の価値がどこまで分かるやら」
「はぁ、反物を増やすべきだったか」
質はいい筈だった。元は公家だった勢福の方が口酸っぱく商人に持って来させた反物だった。
「残念じゃが過ぎたことを言ってもどうしようもないか。せいぜい殿とお会いした時に身初めて頂くことを期待するしかないかの。殿にはお聞かせできぬわい」
思わずため息をついてしまった。今一番の懸念事項かもしれぬ。
「それと仲人だがな、越前入道殿が取り計って頂けるそうだ。それに護衛も兼ねているのだろうが、花嫁行列に百人も供の者を寄こすのだとか」
なんとも大層な気の遣いようじゃの。
しかしながら筑紫を気にしているのか姫君を気にしているのか分からぬわい。
娘っ子一人に振り回されているとしたら宜しくない流れじゃ。
「馳走をたくさん用意せねばな」
「酒もな。吉日を選んで来月中ごろに出発するそうだ。別館を用意して着替えができることを伝えたら感謝していたぜ」
「花嫁衣裳を着たまま豊後からここまで来ていただくわけにもいくまい。この辺りも手狭になったゆえ建屋を多く建てておる。そこを使ってもらうだけじゃ」
立花山から落ちた兵を常備兵として雇って住まわせる予定の囲い部屋だった。
その兵らが住むのを遅らせてやるだけで済むことだ。
「それなら御付きや警護の兵も野ざらしにしないで済むし、押し込めば百人入るか。なんだ、随分と根回しがいいじゃないか」
「儂の考えではない。勢福の方からの助言じゃ」
「殿の指南役になってもらったという?」
「うむ。考えてみれば城に女手が少ない。お主は嫁を取らんし、儂の息子夫婦は死んでしもうたし。大奥様もおらぬ。大殿の祝言を覚えている人間も随分と減った。それで試しに聞いてみると随分と作法に詳しい様子じゃった。流石は公家の娘よ」
「姫様が来られる前に女手を城に入れておいて良かった、というところか。そうだ、旅での使い勝手を調べて欲しいと言っていた蹄鉄って奴だが、馬の疲れが少ないようだ。特に石が多い山道で足元を気にしなかったのは大きな違いだったな。鉄をこんなことに使っていいものかというのはあるが」
蹄鉄とは馬の蹄を保護するための鉄製の爪じゃ。パテレンでは何百年も前から使われているらしい。
「こちらでも評判が良い。何しろ十分に馬の訓練ができる。日々の訓練で野生の馬以上に走らせると爪が割れるでの。以前と違い常備兵で人の訓練時間はあるのじゃ。馬の訓練時間も多く確保できるようにしなくてはならんという殿のお話は道理じゃ」
「旅の報告はそんなところだ。城の方は某が不在の間に何かあったか?」
「お主がいない間、弾正が来て随分と殿をしごいておったよ。落馬することなく駆ける事ができるようになっておられた」
「それはいい。大将は馬上で武器を振るう必要はないが、いざという時に全力で逃げられるくらいは馬の扱いを知っておかねばならん」
島は上機嫌だが儂は別の心配事が増えてしまっていた。
「馬の扱いが達者になったのは良いが、ここのところ良く馬に乗って博多に出向いておる。護衛に大坊を付けてくださるようになったのじゃが」
それに殿に付いていた孫太夫も馬の扱いが達者になってしまった。さすが儂の孫なんじゃが心配でならぬのじゃ。
「殿が博多に行ってる? 商人は城に出向かせているのではなかったのか?」
「津(昔の港の言い方)の様子にご興味がある様じゃった。それに前にもまして博多との取引が活発になっておる。種子島が増えて硝石を購入することも増えたし。おお、そうじゃった。例の硝石な、本当に硝石じゃったぞ」
「殿が言っていたのだからそうだったんだろう。ジジイはまだ疑っていたのか」
殿がまたどこぞで仕入れたか分からぬ知識を披露したのだった。無条件で殿を信じる島は疑いもせぬのだ。
「殿の御説明では硝石とは生き物の体の一部が変質したもの、との事であったの。水に弱く、そのせいで日ノ本や中華では殆ど取れないと。比べて天竺では雨がない時期が長いため多く取れる。そうした所から商人は海を超えて硝石を仕入れているのだと。じゃが日ノ本でも雨に濡れることがなく長年生き物の体の一部が堆積する場所があるという」
「洞窟だろ? 某は合点がいったが」
「硬くなった蝙蝠の糞を持ちながら童の様に嬉しそうに御説明されていたわ。本当に糞から火薬をつくってしもうた」
殿にも歳相応の所もあるのだと安心したりもしたが、やっている事は凄まじい。
儂は決して笑顔に騙されまいぞ。
「この辺には蝙蝠が入り込む洞窟なんぞ山ほどある。硫黄もあるし、しばらく火薬に困ることがなくなったのは確かじゃ」
今まで筑紫で使っていた種子島は僅かであった。これが増えた今は火薬代だけでも頭の痛い問題であったが、もう頭を抱える事はないであろう。
「種子島と騎馬の数は、殿の言った数をそろえられたのか?」
「うむ、騎馬が百五十、種子島が百じゃ。集めるのに苦労したわい」
馬や種子島は殿が博多の商人から集めたものだった。しかしそれを使う兵士を集めるのは儂らの御役目じゃった。
領内だけでは手が足りず、領外からも伝手を頼りに集めた。
一番多く集まったのは立花山城から逃げてきた兵であった。近場で戦がなければ殿の要望にお応えできなかったであろう。
ここ半年ほどで兵が大いに増えた。もともと足軽三百が精いっぱいで、騎馬と種子島は僅かしか所持していなかった。
それが今では倍増している。内約は足軽が三百五十,騎馬が百五十、種子島が百だ。しかも増えたのは銭で雇った者達だ。
この者たちは畑に縛られておらぬゆえ十分な訓練を積むことができる。
特に馬の扱いに長けた玄人など簡単に集めることはできない。だから素人の集まりを一人前にするために濃密な訓練の時間が必要であった。
そしてここまで見せられると懐疑的であった儂でもわかる。これが銭の力なのだ。これだけの兵が以前からおったら戦で大殿を失うことは無かったかもしれない。
とっとっと
足音が聞こえた。
はて誰か来たようじゃ。




