第21話 商人、神屋宅之丞①
1569年2月 城筑紫館 筑紫四郎貞治
「失礼します。俊介様がお見えになりました」
島と共に姿勢を正す。
今日は殿は博多に行っていたはずじゃが。
孫大夫は平伏して殿をお迎えする。
「島、邪魔をするぞ」
ガラガラと戸を開けて殿が御姿を見せられた。儂らも頭を下げる。
後ろに知らぬ人間がいたな。どこぞの者だろうか。
「何の話をしていたのだ?」
頭を上げながらお答えする。
「騎馬、種子島を十分にそろえる事ができたとお話ししていた所です」
「ああ、その話もしておきたいと思っていたのだ。だが先ずは遠出から帰って来た島を労わねばな。俺は博多から戻る途中だったのだが、島が帰って来たと聞いて寄らせてもらったのだ。息災であったか?」
「はっ、おかげさまで」
「その様子では悪くない結果だったようだな。詳しくは明日城で聞こう。今日寄らせてもらったのはお前の顔を見るためと、新しく人を雇うことになったので紹介をしておこうと思って来たのだ。前に出て自己紹介をしてくれ」
そう言われると後ろに控えていた人間を前に促す。
若いな。年は二十歳くらいか。
物腰が柔らかく武士には見えぬが。
「ご紹介に預かりました。神屋宅之丞と申します。以後、良しなに願います」
「宅之丞は商人だ。いや、元商人だな。俺の無茶な注文にも応えてくれた優秀な人物だったのだが……、まぁ色々あって俺に仕えてくれることになった」
色々ってなんじゃ、色々って……。まぁ、後で聞けばよいか。
「俊介様には大きな御恩を頂きましたゆえ、心を尽くしてお仕え申す所存です」
「宅之丞、こちらは筑紫四郎貞治、俺の叔父にあたる。こちらは島珍慶、侍大将だ。いずれも俺の信頼が厚い者たちだ」
「よろしくお願いいたしまする」
宅之丞が頭を下げたのでこちらも慌てて頭を下げた。その様子を見て殿は満足したようだ。
殿は武士が高圧的な態度でいることをお好きではない。百姓、町民、片隠れ衆との付き合いを見ればよく分かる。
「宅之丞には今まで俺や爺が手掛けていた金勘定を任せるつもりだ。戦には出させるつもりはない。日ノ本にある悪銭をかき集めて良銭にしてもらう」
筑紫家の重要事までお任せするご様子だ。殿のお眼鏡に叶ったか。
殿の人を見る目はわからぬが、これでいくらか明らかになるであろう。今まで取引していた商人であれば悪くはないのであろうが。
「そのおっしゃりようですと、やはり偽金を作っておられるのですね」
宅之丞が疑念を口にした。
「そうだ。だが偽金じゃない、良銭だ。何しろ本物と区別がないのだからな。お主も俺と商売していて気づかなかったであろう。宅之丞よ、筑紫が偽金を作っていること他の商人は気づいていると思うか?」
「これだけ大々的に悪銭を集めていますと薄々感づいてはいるでしょう。ただ見て見ぬふりを続けるのではないかと思います」
やはり商人共も気づき始めておったか。
それがどのようになるかは武士である儂にはわからぬことであるが、商人出身である宅之丞がおれば、その意見は聞かねばならぬな。
「それは何故だ」
「今なき大内氏の御触れは今でも博多、いや畿内までにも影響を及ぼしております。すなわち市場で売り買いする際には3割の悪銭と7割の良銭を一緒に使うこと、という御触れでございます」
もう80年も前の御触れじゃな。
「しかしながら御触れが出てからも悪銭の割合は増える一方であります。今では悪銭を4割混ぜるのが一般的な取引です。このまま悪銭が増える事に不安を覚える商人は多いのです」
そうだの。昔と比べて銭が汚くなっているのは年寄ならば誰でも感じていることだ。儂が子供の頃は悪銭なぞ絶対に受け取らないという商人がいくらかいたが、今では全ての商人が悪銭を使わざるを得なくなっている。そして悪銭以下の欠けたり割れた銭も出始めていた。
宅之丞は説明を続けた。
「良銭が増えるのであれば、歓迎こそすれ使わない商人は居ないでしょう。と言いますのもその昔、堺の商人も良銭が少なくなって困ったことから堺銭なるものを作っておりました。しかしながら質が悪く、博多の商人は堺銭を悪銭として取り扱っております。今では作った当人である堺商人ですら良銭として取り扱っておりませぬ。それに比べ俊介様から頂いておりました銭は本物と見分けが付かぬほどの偽銭なのがまたよう御座います。どこでも喜んで使われるでしょう」
殿の何故だという問いはある意味で我々へ向けてのものやもしれんな。
淀みなく答える宅之丞を我々に見せることで、これだけの人物なのだと紹介しているのだ。
「宅之丞よ、これを見ろ」
殿が懐から何やら取り出されお渡しになられた。
「これは永楽通宝? 混ぜ物がない完全な銅で御座いますでしょうか。……刻印がここまで鮮明な銭は初めてお目にかかりまする。しかし少し大きいような」
「それが良銭の型を作るための銭、母銭だ」
宅之丞が目を見張って手元の銭を見た。




