第16話 婚約者へのプレゼント②
1568年10月 勝尾城 筑紫俊介広門
プレゼント作りは一日で終わらず、翌朝は早くから続きの作業を始めた。
皆は寝ている。
危険な作業になるのでたくさんの人に見られてやるようなものではないから丁度よかった。
まず出来た粉(苛性ソーダ)を水に溶かす、そして菜種油と少しずつ混ぜる。
慎重に作業を進めていると孫大夫が起きてきた。
「目に入ると失明するからな」
注意するとびびる孫大夫。
危険な作業があることはよくよく説明している。保護ゴーグルなんてないからな。
保護手袋だけは作ってもらった。
ビニール手袋なんてないから液体を弾く皮、エイ皮製の手袋だ。刃物にも強い。
武具の装飾にも使われる材料で博多で職人に作ってもらった。
さて、苛性ソーダと油が混ざったら適当な型に入れ、香りの元を追加し、冷やして寝かすと完成だ。
どんな香りにするかは随分と悩んだ。
菜種油が欲しかったので江戸時代にあちこちで作られた玉締め機を自作した。
この機械で蜜柑の皮、柚子の皮、梅の実を搾り取って香りの元にした。
加えて何か驚くような香りも作りたくて、考えた結果ハッカ油を作った。
乾燥させたハッカ草を出入り口のある容器に入れ、水蒸気を流し込む、出口から出てきた水蒸気を回収して冷やすとハッカ油が浮いて回収できるのだ。
要は蒸留器を作ったのだ。
これも江戸時代の蒸留器を再現したもので『らんびき』という。
先月無事にネジを畿内で売り捌けてまとまった金が手に入った。おかげで玉締め機、らんびき、道づくり、色々出来るようになった。
菜種とハッカは米の裏作にするつもりだ。菜種はすでに一部で裏作している様だから奨励すれば根付くと思う。
地元の百姓が協力してくれたら、ね。
何しろ戦ばかりで信用がない。
それに裏作をやると徴収できる兵が減る。
だから常備兵を増やすつもりだ。そして常備兵を増やすためには金が要る。
菜種油は売れるはずだ。ハッカはわからないが売れれば独占販売だからリターンは大きいと見ている。
「良い香りがいたしましたね」
石鹸の型にハッカ油を垂らして混ぜていると孫大夫が香りを楽しんでいた。
「そうだな。この匂いどう思う? 売れると思うか?」
ハッカ油を手の甲につけてやる。
「うわぁー、とても冷やりといたします。初めて嗅ぐ香りです。欲しがる人はいるのではないでしょうか」
「そうか」
「不安でしたら勢福の方にお聞きしてはいかがでしょうか。あの方は公家におりましたらこうした香りにもお詳しいはずです」
「なるほど」
勢福のおばちゃんはスパルタで苦手なんだよな。ただもっともな事だし今度意見を聞いておこう。
石鹸が固まるまでの手すきの間に孫大夫が用意してくれた朝餉を一緒に食う。
「城に戻ったら大目玉でございますね」
「爺もいい加減諦めて欲しいものなんだがな」
俺が護衛無しで泊りがけをするので激怒するのだ。俺は気にしないが。
当初は勝尾城から出かけることも反対されていたから、これでも丸くなってきた方か。
城から出れなかったなんて過保護も酷いもんだ。どっちが主人かわからなかったぞ。
銭作りが軌道にのるまでコッソリ抜け出していたけどな。
孫大夫もあんな爺じゃ大変だっただろう。あれ、俺の側仕えになるのが遅れたのは爺の心配性が原因か?
「僕もあとあとお爺様に怒られております」
「いいのか?」
ちょっと悪い気がするな。ちょっとだけ。
「構いません。殿の御命令が一番ですから」
前言撤回、銭作りを知られたくなくて護衛を無視してたけど、次からは連れてこよう。爺の怒りも収まるだろう。
固まった固形石鹸を大事に包んでいると、里の代表が寝ている皆を起こして仕事を始めさせていた。
そして俺たちが出発の用意をしていることに気づいて近づいてきた。
「お帰りでしょうか」
「ああ、世話になったな。薪の補充と片づけを頼む。それと前々から言っていた酒を造っておいてくれよ。らんびきが小さくて大変だが、祝言用の酒を樽一杯作っておきたいんだ」
「わかっております。手本を見せていただきましたから問題ありませぬ。酒粕もご用意できています」
「絞り粕は良い肥料になるから近隣の村に配ってやるのだぞ」
作っている酒は米焼酎だ。50年ほど前から九州で飲まれはじめたが、まだこの辺では広まっていない。
主に作っているのは熊本だな。戦国有数の米所だ。
米焼酎は酒粕から作ることができるので材料に困らないのがポイントだな。
樽一杯つくるのだから材料は大事だった。
好評だったら『らんびき』を沢山作らせて量産しよう。酒は高く売れる。
鎌倉時代には土倉以外に酒蔵が金貸しも兼業していたというから、かなり儲かるはずだ。
「ご祝言を上げなさるとお聞きしましたので、ささやかですがお祝いをご用意いたしました。お受け取りいただけますでしょうか」
と小さい木箱を差し出してきた。なんだろうと思っていると。
「蜜蝋のロウソクなります。お話を聞いて里のものが集めてまいりました」
この時代室内の明かりは皿に油を入れて紐を浸して火をつける灯明が一般的だ。
蜜蝋キャンドルは贅沢品だな。
祝言は夜に行われるからピッタリで良い物を頂いたと思った。
「ありがとう。使わせてもらう」
正直言って祝言後の生活のイメージが付かない。
政略結婚だしな。
だがこうやって気にかけてもらえると前向きになってくるし、何より考えたり意識する時間が増えた、
こんな風に周囲の環境を受けて夫婦になっていく面もあるのかもしれないな。
周りを見ると仕事に行くもの、まだ寝ているもの、こちらの出発に気づいて深く頭を垂らして動かないものもいる。
足が悪い人に自然と連れ添っている様子も見えた。面白いものを見ることが出来た、と話しながら歩いている人もいる。
皆それぞれに色々な生活があって、大きな世界から見れば俺の祝言もそんな生活の一つに過ぎないのだ。
もう少し自然体で受け入れてもいいのかもしれない。そんな風に思えた。




