第15話 婚約者へのプレゼント①
1568年10月 勝尾城 筑紫俊介広門
めんどくさいなぁ、という物はつまりはストレスなのでやりたくない、という物事だ。
経験則ではそうした時はもっと強いストレスを与えて促すと進めやすい。
俺と祝言と勢福の方との関係はそんなものだった。
勢福の方は俺の礼儀作法の指南役女性だ。歳は四十くらいかな。公家の出で旦那を亡くして尼になっていたところを爺が雇い入れた。
彼女はスパルタで厳しい。俺が祝言の準備に気乗りしないところを感じ取るとあれこれ言ってくる。
勢福の方の名はここから西に10kmほどにある勢福寺からやってきたことで名乗るようにしたのだと言う。
この時代女性の名前を呼ぶのは無礼であり、現代のあだ名のような名で呼ぶのが一般的だ。
だから俺も本名は知らなかったりする。
勢福寺へは父母の葬儀でも大変世話になったので銭をたらふく援助した。
この寺は今は龍造寺の所領となっているが支配が変わって日が浅い。寺は武家とは違うし、こちらの影響力を高めて損はないだろう。
龍造寺と事を構えることになった時に何か助けになることを期待している。
こうやって指南役を雇い入れたのは俺の礼儀作法がなっておらず許婚の機嫌を損ねたに違いないと爺が睨んでいるからだ。
斎藤殿からは娘に失礼があって申し訳ない、という大変丁寧な謝罪文が来たんだけどな。
俺は悪くない、と言いたいけれど自信はなかったので素直にお勉強に精進している。
この事がきっかけになったのか、伸びに伸びた祝言の日取りがようやく決まった。
来年の三月だ。
おそらく春に軍を動かすからその前、さらには花嫁が山越えをすることも考え雪が少ない月を選んだのだと思う。
そうそう、ここ勝尾城から北の天判山城を通って博多や宝満城へと続く山道を整備することになった。
現代の九州新幹線の通り道に少し重なる。
大友陣営になったからには龍造寺支配下の肥前の港には行けなくなった。銭作りをしている筑紫にとって博多との行き来は生命線になる。
荷車なんかは無理だが馬二頭がすれ違うことができるくらいの道にする予定だ。
宝満城を攻めている義父との手紙も朝出せば夕方前に届くようになるだろう。
あと義父からは娘は遠く豊後国(大分県)にいるので少し遅れるが、ちゃんと文を出させるという返事があった。
文が来たら何か贈り物を添えてまた返信した方がいいというのは勢福の叔母ちゃんからのアドバイスだ。
相変わらず祝言に気乗りはしなかったが、プレゼントを自作しようと思いついて少しテンションが上がっている。
贈答用だから生産性を考えないですむのが最高だ。爺も煩く言わなそうだしな。
姫の好みとか分かってれば良かったんだが……今は名前と年齢しか分からない。
年齢は俺の三つ上だ。
政略結婚で歳上は珍しくもないが、俺が祝言に気乗りしていないのはそのせいかと爺が探りをいれてきたこともあった。
興味が無い、とは言えないから笑って誤魔化した。
というわけで今はプレゼント作りを進めている。
さぁさぁ! ここに用意したのは大量の海藻。海水は邪魔なので予め天日干ししておく。軽い方が持ち運びも楽だ。そしてよく洗ってから焼く。
焼いたら海藻灰が得られる。これを水に溶かして溶けなかった物質を取り除く。溶けた液は煮詰めると塩が出てくるので回収し、さらに煮詰めると欲しかった炭酸ナトリウムが手に入る。
次に用意したのは大量の貝殻。やはりよく洗う。そして竈で焼いて、砕き、水に入れる。溶けずに沈んだ粉を回収して日陰で干すと水酸化カルシウムが手に入る。
「殿、これは何を作っているのでしょうか」
疑問を口にしたのは側仕えになった孫大夫くんだ。
爺の孫で色々と雑用をやってくれるので助かっている。
こうした作業はやったことがないのか失敗も多いが、同じ間違いはしない出来た子だ。
質問が多いのも好印象。
興味を持ってくれるのは嬉しいからな。それに素直に感心してくれるし、爺とは正反対だ。
「鍋に水を入れて火をかけておいてくれ」
「はい」
「パテレンの貴族に大変人気のあるシャボン(石鹸)というものを作っている。ムクロジの実の代わりとなるものだ。肌が美しくなり良い香りがするのだそうだ」
へぇ〜と感心する孫太夫。
ムクロジの皮は水に浸すと泡だって石鹸の代わりになる。黒い実は数珠になるし、神社によく植えられている。
ちなみに獣脂で作った石鹸は臭すぎて微妙だ。贈答用だからな、フフフ、現代でも通じる石鹸を作ってやるぜ。
ポイントは純度の高い炭酸ナトリウムを回収する事と、何度も濾して小さなゴミでも取り除く事だ。
あとは根性、本当に。何時間もひたすら混ぜる工程がある。
「湯が沸いたら先ほど作った炭酸ナトリウムと水酸化カルシウムをたっぷりと同量いれるんだ。そして沈殿を待つ」
子供に言っても難しいと思うのだが、毎回説明している。孫太夫が聞いてくるからではなく自分が忘れないためだ。
様子を見ると孫大夫は必死でメモをしていた。
ナトリウムとかどんな当て字で書いているのだろう。
『納豆利雲』とかか?
あとで見せてくれるかな。
ちなみに納豆は戦国時代にもある。貴重なタンパク質だ。
俺は頻繁に食しているぞ。肉魚よりも保存が効いて手に入りやすい。
「沈殿したら上澄をすくい取って鉄鍋に入れる」
「蓋に穴が空いているのは何故でしょう?」
「蒸気を逃がす穴が必要なのだ。それで大変なのはここからでな。ひたすら混ぜながら水分を全て飛ばす。日が沈む前までに終わらせるぞ」
「たくさんの薪はその為だったんですね。わかりました」
重労働になるのに孫大夫は嫌な顔一つしない。
ホンマにええ子や……。
そして日が沈むまでには終わらなかった。作りすぎたか……。
様子を見に来た片隠れ衆に手伝ってもらい、終わった時には深夜になっていた。
暗くなってもずっと火がついていたので、気にした里の者が集まってきたのだ。
片隠れ衆とは銭作りに関わる、新たに作った里の住人たちを指す。
戦で怪我を負い、手足や目耳の片方がない、いつの間にか片隠れと呼ばれるようになった。
やってもらう事に隠したいことが多かったから、そうした意味もかかっているのかもしれない。俺はこの里の隅に工房を作って良く足を運んでいた。
結局火が消えるまで土産に持ってきた酒で酒盛りなっていたな。
皆明るいし、遠慮の必要もないし、のびのび出来て俺はここが気に入っていた。




