第124話 厠会議②
1573年1月 臼杵城 筑紫俊介広門
「義統様の命に従えるか?」
吉弘殿が重ねて尋ねてきた。
「その前になぜ私に相談を? 既に家督相続が済んでおり、加判衆全員の賛同が得られているならば、何も問題はないのではありませぬか?」
この相談は既に決定事項の話に違いない。俺のような外部の意見が必要だとは思えなかった。
こんな手の込んだことをして呼び出すのは変じゃないかな。
父、宗麟が長く伏せってしまっているので(心の病気みたいなものだろう)、今年から私が差配する。
正月の挨拶の時に、義統がそんな話しをしてくれれば、そうかと俺は素直に受け止めただろう。
そんな俺の疑問には、義父殿が答えてくれた。
「お元気が残っていればだが……、実権をお与えになることに宗麟様は難色を示されるだろう。すると蒲池殿も反対されるに違いない。あの方は義に厚いお方だ。宗麟様が認めなければ、我らの横暴と見よう。そこでお主まで反対を表明してみろ。肥前で本当に蒲池殿が戦を起こしかねぬ。お主もな……」
本国から離れたところで、また反乱祭りになることを恐れているのか。
「戦なぞもっての外です。何故私が反対するとお思いを?」
「お主は宗麟様から博多の所領を与えられ、龍造寺との戦でも何度も体を張っておる。先の戦では、出陣を命じておらぬのに無理を言って参戦したではないか。忘れたとは言わせぬぞ。故に知らぬ者が見れば大層忠誠を誓っているように見えるのだ」
そういえば半ば無理やり参戦したのだったな。それで説教を受けたのだ。
しかし忠誠ね。他人からはそう見えるのか。
付き合いの長い義父殿は、俺がそこまで大友への忠誠を持っているわけじゃないと見抜いている。
だが他人からは影武者になってまで大友の親族を守ろうとし、龍造寺から攻められたら博多を背水にしてまで戦った、忠誠の厚い人物に見えるのかもしれない。
俺と蒲池氏が徒党を組んで反対すれば、なるほど加判衆も無視できない。むしろ大問題になる。
義父はそれで釘を刺しにきたと言いたいのだろう。
「ご心配には及びませぬ。義統様はよく努めていると思いまする。我々が支えて差し上げれば、正しき道を進むでしょう。臼杵殿らがご承知しているのであれば、なおさら僥倖なことです。再び大友の家臣団の心を一つにして頂けるに違いありませぬ」
普通の若者だと思っていた失礼なことは黙っておき、長所やメリットを少し大袈裟に話した。
ここまで話が進んでいるならば、反対はあり得ない。俺だって大友には安定して強くあって欲しいのだ。
そうでなければ西に兵を進められないし。島津が来た時にも対応できん。
「まさに、まさにそうありたいことよ」
ずっと話を聞いているだけだった越中入道殿がそんなふうに呟いた。
——この流れであれば俺が用意していた二つのカードが切れるかな。
宗麟復活の目がなくなった、むしろこのタイミングではなかろうか。
俺が相手の意見を受け入れたことで、相手も俺の意見を受け入れやすくなっている。
重臣三人が前向きに意見を聞いてくれる場が出来ているのだ。
若い当主の実績作りのためにも都合の良い案であるし、どこかで義父に相談するつもりだったが、今ここでカードを切るべきだと思った。
「しかしながら義統様はまだお若い。多くの国衆を従えるには何か実績が必要でしょう」
「その言い方は何か案があるな?」
まだ暗闇に慣れていないが、吉弘殿の鋭い目は暗闇に浮かんでいて分かった。
やはり兄弟だな。紹運に似て鋭い。
宗麟を復活させようと考えていた案だが、ここが切り時だろう。
「二つ提案がございます。まず一つ目。毛利が同盟を結ぶ準備があるそうです。恵瓊という坊主を通せば裏が取れまする。ご検討くだされ」
「ありえぬな。毛利は不倶戴天の敵だぞ」
「それは先代までの話で御座います。毛利も大友も代替わりしようとしているのです。それを示すに良い機会と考えても不思議では御座いませぬ。また国境が安定して道雪殿を本国にお戻しできれば、義統様も頼りに出来るでしょう。重ねてご検討をお願い申し上げまする」
俺は頭を下げなかった。狭い厠に男四人だからな。頭を下げたらぶつかってしまう。
代わりに暗闇で光っている鋭い眼光はよく見えた。あちらからは、此方がどう見えていのだろうか……。
「お主さては密かに話を通じていたな?」
「はて……たまたま周防に足を運んだ家臣が話を聞いただけでありまする。しかしながら確かな知らせです。ぜひご確認を」
「にわかには信じられぬが」
「吉岡殿、吉弘殿、時間がありませぬ。確認も検討も後で願います。次の提案を聞くべきです」
厠に連れて来られただけだ。あまり長く席を離れると怪しまれる。
動揺する二人に対して、義父がさっさと話せと暗闇で俺の脇を突いてきた。
思わずくすぐったくてニヘらと顔が崩れてしまう。
まったく。ニヤけた顔が見られていないといいんだが……。
「ごほん。それで二つ目の案ですが、今山の戦いで協力しなかった波多氏の所領に兵を進め、臣従を誓わせましょう。五万石ほどの海賊衆です。箔をつけるには手頃な相手でしょう。わざわざ義統様がお越しくださる必要も御座いませぬ。ただ命じて頂ければ従えて見せまする。また同時に蒲池殿に兵を出すように命ずるのです。兵を出せば義統様に従うことを内外に示すことになりまする。蒲池殿もまさか兵を出さぬという愚行は犯さぬでしょう。理はこちらにありまする」
蒲池氏からすると、協力して兵を出さなければ、波多攻めの兵が自らに向けられる危険性がある。素直に従う公算の方が高い。
蒲池氏が従えば、その南にいる阿蘇氏も引き続き臣従の意を示すと思われた。
あそこは甲斐宗運という筆頭家老が大友派なだけで他はそうではない。
対応を見誤ると、簡単に旗色が変わり得るのだ。
そう考えると蒲池氏の影響は大きいし、その隣領土の筑紫の影響も無視できないのが分かってくる。
オセロみたいだが、わざわざ厠で密談するのも合点がいった。
他人事のように大変だな、という感想が思い浮かぶ。代替わりの権限の移行と臣従大名や国衆の統率。
この時代のあちこちで起きていた光景が俺の目の前で話し合われているわけだ。
俺の提案に越中入道殿の方は暗闇でわかるほどキョロキョロしていた。
俺から意見を聞きだすだけの密議だと思っていたのに、逆に重要案件を投げかけられて処理しきれないのか頼りなく見える。
父親の入道様はずっと手強かったぞ。
吉弘殿と義父殿は流石だった。
少しだけ考えこんで、この場では返答致しかねる。ここで時間をかけるわけにはいかぬ。お主は下がっておれ。
そう話された。
二人とも直ぐには反対しなかったな。
十分に検討の余地があるのだ。感触は悪くない。




