第123話 厠会議①
1573年1月 臼杵城 筑紫俊介広門
大友の現当主は義統である。
若さゆえ実権は宗麟が握ったままであったが、十五歳になり、正月の挨拶やら褒賞といった表の行事は無難にこなすようになった。
ただ怖さや冷徹な雰囲気を持った宗麟や、今山で亡くなった親貞のミステリアスな感じには、どこかカリスマ性があったものの、義統にはそれがなかった。
そして史実でもこの世界でも、宗麟と義統との関係は微妙であるようだ。
周りの話を統合したところ、息子に人を惹きつける何か(当主としての器と表現する人が多かった)が無い事が、宗麟の不満であるらしかった。
あとは正室の奈多夫人と宗麟が不仲だから息子を遠ざけているとか何とか。
その割には子沢山なんだが……。
だが宗麟が密かに推そうとしていた親貞は亡くなり、宗麟自身は邸宅に引きこもっていた。
そんな中で若くて無難に物事をこなそうと努めている義統を好ましく思う風向きがあるらしい。俺もその一人だ。
確かにカリスマ性はない。坊ちゃん暮らしでおっとりしている部分もある。孫太夫や千代法師丸のように才気も感じられなかった。
いかにも普通なのだ。普通の若者だった。
だが変なことはしなさそうだという安心感があった。普通だって極めれば安定に繋がる。それは今の大友に必要なものだ。
正月の祝宴で、酒で大いに酔っている当主義統を見ながら、俺はそのように思いを巡らせていた。
十五で飲兵衛なのは困るが、酒癖が悪いわけではないから目はつぶれる。この時代の常識から外れているわけでもない。
一緒に飲めて好ましく思う年寄りも多いだろうしな。
所領が大きくなった俺への皮肉を受け流していると。
——誰だっけコイツ、名前が出てこない。酔いが回ってきたか。
離れたところから義父が足を運んで来た。
珍しくこういう場で手に酒を持っていなかった。
「俊介殿、しばし厠に付き合いたまへ」
酔ってなさそうな義父に外に出るように促され、一緒に祝宴から離れることになった。
九州といえど正月の外は寒いな。
あとで持ってきた土産のどてら(防寒具)を渡さないと。
綿を普及させようと土産用に何着か持ってきているのだ。
連れション文化は昔からあるらしく、嘘か誠か記録に残っている世界最古の連れションは秀吉と家康がしたものだとか。
ただ記録にないだけで、もっとはるか昔から文化はありそうだった。猿でも連れションをすると聞いたことがある。
義父に誘われ臼杵城内にも慣れてきた俺が、いつもの厠へ足を運ぼうとすると。
「そっちの厠は壊れてそうだ。こっちだ」
少し離れた厠まで連れて行かれてしまった。すると皆がこちらに来ていたのか、厠の前で若い侍が数人順番待ちをしていた。
それにしては人数が多い気がする。
「下がれ、こちらの厠は壊れておる」
若侍の一人が俺たちを追い払おうとする。こっちが壊れているのか? いつものとこではなく?
そう思ったところ、別の年長格の侍が言った。
「待て、この方たちは良いのだ。どうぞお入り下され」
よくわからんな。こちらが目上だと気づいたにしても変な対応だ。
たかが厠に馬鹿丁寧な案内。なんか変だった。
だが義父が気にせず先に中に入ったので、俺は義父の次に用を済ませようと待つことにした。
するとさっさと来いと義父に手招きされてしまう。
扉の隙間から厠の中に既に人がいるのが見えた。
狭い厠に複数の人影……。
酔いが回っていた俺は、ここでようやく連れションではないのだと勘づいた。尿意が引っ込んでしまう。
「そんなところで立ち止まっておると怪しまれる。さっさと入れ」
扉の隙間から見えた顔は全員、知った顔だった。
越前入道の息子の吉岡越中入道。
そして紹運の兄の吉弘左近太夫だ。
加判衆のメンバーだった。
義父も加えて六人中のうち三人がここに揃っている。
帰るという選択肢は残っていなさそうだった。意を決して中に入る。
狭い厠に男四人。ただし全員重臣。
変わった密議だ。
こんな所で密議がされているなんて、誰も予想できないに違いない。
まったく誰が考えたのか。
扉が閉められた時には酔いは完全に覚めていた。
暗くなり、顔が見えない人物から話しかけられる。この声は紹運の兄の吉弘殿だ。
さては彼が首謀者か。
「そう身構えるな。我らは上野介殿の意見を聞きたいだけだ」
「それにしては随分と隠し立てに気を使っているようですが」
厠が壊れていると言って誘い出したり、扉の前に人を置いて、他人を近づけさせぬ配慮をしたりと、準備に余念がない。
「今はまだ公には出来ぬでな」
「吉弘殿、時間がありませぬ」
この声は義父か。
暗闇の中、見慣れた瞳が浮いていた。
「うむ、上野介殿、お主、義統様をどう思う?」
「どう、とは?」
「そのままの意味だ」
俺は素直に思ったままを伝えることにした。
「自暴自棄にならずに良くやられていると思いまする」
酒は控えて頂きたいですな、と軽口を言いたかったのだが、顔も見えない重苦しい雰囲気なので自重した。
雰囲気に少し飲まれているのかもしれない。
俺の言葉に吉弘殿と越中入道殿の両名が頷きあった気配がした。
あっちは暗闇に目が慣れて見えているのか。
そして吉弘殿が上野介殿をお呼びした真意について話すと言い、腹を割りはじめた。
「義統様に実権をお与えしようという動きがある。田原殿、臼杵殿、志賀殿も承知の話だ。具体的には評定にご参加して頂き、朱印状にも著名して頂くことになる。今のままの朱印状では危ういのでな」
「やはり偽の朱印状でしたか。まさか宗麟様に無断で?」
「しかと宗麟様からの承知は頂いておるわ。そこは我らを信用して欲しい所だが……」
「私が信用しても怪しむ国衆はおるでしょう。如何するおつもりでしょうか」
俺の強い口調に義父殿が助け舟を出された。
「俊介殿、義統様に実権をお与えしたいという話は、まさにそこから始まったのだ。他の加判衆の承知を得られたのもそのためだ。皆が問題だと認識しておる」
「義統様が評定に加わり、朱印を致せば今後の憂慮は無くなる。そして我らが義統様の命に従えば他の者も追従しよう。実権もお与え出来ると考えている。そこでだ。上野介殿。お主は義統様の命に従うことは出来るか?」
なるほど、そう来たか。
宗麟が政務に復帰しない危機に対して、俺は道雪を戻して宗麟に復活してもらおうと考えていた。
史実だと宗麟政権が長いから、若殿に政務を担ってもらおうという考えが思いつかなかったな。
だが既に名目上の当主は義統なのだ。彼が実権を得るのが正当なのは確かだ。
まだ若いがこれまでの様子から家臣たちで支えれば問題ないと判断したに違いない。
史実と違って今は外敵が少ないからな。
若い当主を支え育てるという余裕ある考えも理解できた。




