第122話 旅路
1573年1月 佐嘉城 筑紫俊介広門
「いってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる。櫂丸、父は行って来るぞ」
正月が明けてすぐ、毎年恒例の正月の挨拶のため、臼杵城まで出立することになった。片道六日の旅だ。
何度か通った道だが、古代中世の指導者が地方の視察を嫌がる気持ちが分かる程度には過酷な道のりだ。
何百kmもの視察を繰り返していたハドリアヌスや康熙帝を称えたくなる気持ちにさせてくれる。
「外は寒いから早く中へ入れ。体に障る」
「はい、お気をつけください」
櫂丸は見知らぬ大勢がいるので興味津々のようだ。
旅装束を着た男が百人いて物怖じしないのは、頼もしいやら警戒が足りないと思うべきなのか。
ハイハイしか出来ないのに抱かれた腕から飛び出して走り出しそうなほど身を乗り出している。
人攫いにも付いて行きそうで心配だ。
旅路では道中にいくつもの山を超えた。
川の流れる音がいつも聞こえていたので、おそらく現在の久大本線という鉄道と似たようなルートを進んでいるのだと思う。
毛利や龍造寺との戦の時には、大友軍の大軍がここを通っている。そのため山奥にしては整備はされていた。
湧水がある場所が整えられており、馬や輿でも通れる。
開けた盆地に着けば村もあり、銭を渡せば限られた人数になるが、暖かい寝床で休むこともできた。
宿泊した際には、この地の有力者である野上という人物から面白い話も聞けた。
滝の上に地蔵があるから拝んで行くが良いとか、魚石(化石のこと)が見つかるとか、話し好きなおっちゃんだったな。
化石は珍品として売れるらしい。
ここにはいずれ幕府の直轄地となる引治金山がある。今は未発見で、見つけても数十年で枯れてしまう金脈ではあるが、具体的な場所が分かれば何かに使えるだろう。
道中の最大の難所は、阿蘇山の北側で湯布院のすぐ西にある、水分峠と呼ばれる場所だった。
遭遇したことはないが、山賊も出ると聞いている。
通る際には家康の伊賀越えとは、こういうルートだったのだろうかと思いを馳せた。
「空閑のいた忍びの里とはこのような山奥にあるのか? 今まで聞いたことが無かったがどの辺りだ」
歩きながら声をかける。空閑は龍造寺に仕えていた忍びの棟梁だ。
龍造寺の所領が削られたためリストラに合いそうだったところを、俺が引き抜いて直臣とした。
忍びは一段下に見られるため、リストラの最有力であったそうだ。本人は拾って貰ったと思っているようだが、そんなことはない。
筑紫には諜報できる人物が必要で、まさに欲しい人材だったのだ。
鍋島が言うには毛利元就が亡くなったことを早期に突き止め、その昔大友に出した人質を救出したこともあるのだという。
期待させてもらおう。
「某どもは自分らを黒曜と名乗っております」
空閑は直接の地名を言わずに少し迂遠に答えた。
黒曜……黒曜石の黒曜か。
「すると産地で有名な腰岳あたりか?」
「と、思わせて別の山中に隠れてござる。雲仙普賢岳に置いてありまする」
名前は偽装か。忍びらしいな。
平成に大噴火を起こした雲仙・普賢岳は、江戸以降はたびたび噴火を起こしていた。
そのうち強制的に里を移させないといけないな。
「歴史は古いのか?」
「さぁ、南朝の懐良親王をお助けしたと聞き及んでいますが、元々はどこかの山師であったそうです」
「山師か、ならば燃える石を知っているか?」
燃える石、ようは石炭だな。
「存じております。一部の山村では薪の代わりとして使っておりまする」
やはりあったか。北九州は石炭が良く取れる。だから八幡製鉄所が作られた。
薪の代わりにしているという事は、露天掘りが出来るのかな。有望そうだ。
有名なのは姉が嫁いでいる宗像あたりの筑豊炭田だが、炭坑のノウハウが無くてなぁ。
「その燃える石は大量に掘れるか? 木炭の代わりとしたい」
だが空閑には首を振られてしまった。
金銀銅といった鉱山を見つけるには長けているものの、それを掘ったりするのは、また別の山師であるそうだ。
山師にも色々と専門があるのか。伝は残っていないかと尋ねると、忍びになってから付き合いは絶えてしまったが探してみましょうと言ってくれた。
龍造寺が鉱山を掘っていたという話は寡聞にして聞かないから、期待しすぎない程度に期待しておこう。
しかし山師か、それならばさっき考えていた引治金山を見つけられるんじゃないか。
ダメもとで調べてもらうか。
なんと伝えるべきかな。ご先祖様が枕元で教えてくれたとかか? 怪しすぎるな。
「空閑、近くに寄れ。先日超えた川で実はこのような石を見つけた」
懐から小さな金粒を見せる。
万一の時に隠し持っている個人資産だ。
少しわざとらしいが、はっきり金だと分かれば疑問に思っても無視はできまい。
「これは!? まことですか」
「すぐに声を掛けるべきだったが山師の出とは知らなかったのでな。川の上流を調査できるか」
「無論です。すぐに手前の者に調べさせまする」
思ったより驚いてくれたな。騙すようで心が痛い。
未知の金鉱を知っているなんて言えないから、こんな真似になった。許してくれ。
今回の旅路には前後に数十人の忍びの護衛が身分を隠して付いて来ている。
彼らを使って調査すると言うので許可を出すと、空閑は走っていった。
冬の澄んだ空気の中。
再び山の影に雪が残る道を進みはじめた。
馬の足音が山に反射して重なって聞こえる。
蹄鉄を付けているから音が大きいな。山賊がいるならとっくに気づいているだろう。
俺は馬から降りて歩いていた。狙われやすい地形なので馬に乗ってはならぬらしい。
こういう事もあるから山道は大変なのだ。
「宗仙、この辺りで戦になるとしたらどの辺だ。西から誰かしらが攻めて来て大友が迎え打つ想定だ」
宗仙は最近、周防から帰って来た。今回の旅に同行させたのは、豊前に一番詳しいのがこの男だからだ。
北九州から西中国地方まで詳しい貴重な人材だろう。
帰ってきた宗仙から報告では、毛利の様子は史実からズレているとも、そうでないとも言えた。
東では尼子が頑張っており、宇喜田や浦上が毛利と織田を天秤にかけて暗躍している。
これは歴史通りだ。
このままであれば毛利は東に集中するため、北九州で大きな戦はなくなる。しかも史実と違い北九州に毛利の所領はない。
同盟の目はあると見ていた。
「険しく戦いにくい地形で御座る。大きな城もありませぬ。大友が大軍を活かそうと考えれば山を下った開けた盆地で待ち構えますな」
「とすると水分峠を超えた盆地、湯布院あたりに陣を敷くか」
湯布院は道雪の母親の実家であり、道雪の部下の中で武闘派である由布惟信の実家でもある。
大友の支配が濃い場所だ。安心して陣を敷ける。
そうだ、道雪母のご実家には後で忘れずに挨拶をしないとな。寒いところにピッタリの土産があるのだ。
「悪くありませぬ。ですが湯布院は大軍を置くにはちと狭すぎまする。兵数によってはその手前、昨晩泊まった盆地が好立地の場合も御座いましょう。詳しい状況が分からねば何とも言えませぬな」
「なに、ただの余興だ。空閑が戻って来た。話はしまいだ。それより毛利の様子を空閑に教えてやってくれ。忍びであれば足を伸ばす事もあるやもしれん」
空閑はただいま戻りましたと言いながら、息も切らせずに戻って来た。
宗仙は空閑がぎりぎり聞こえるような、少し抑えた声で話を続けた。
「輝元殿の二人の叔父、吉川と小早川が方針を巡って意見が分かれておるようです。吉川は再び九州攻めを、小早川は東を注視しております」
うん、報告を聞いてビックリした事だ。毛利の両川は常に協力体制だと思っていた。
両川に当主の輝元を加えて有名な三本の矢の逸話になる。
一本では簡単に折れてしまうが、三本の矢がまとまれば折れることはないとか何とか。
元就が早く亡くなった事で叔父二人が意見をまとめられていない可能性がある。
だとすると輝元にとってはハードモードだな。
道雪の言っていた毛利の対応のおかしさはコレが原因なのかもしれない。
「だが小早川案で決着が着きそうであるのだな?」
「はっ、吉川殿の消極的な賛成により、毛利はすでに浦上領へ攻め込んでおりました。そして決定的なことに、殿に命じられた交渉の進展が止まった頃、某に当主の輝元殿から接触があり申した」
詳しく聞くと、宗仙は恵瓊を通して小早川と話を進めていたのだが、吉川に反対されてしまい、輝元まで話が通らなかったらしい。
しかしどこからか話を聞きつけた輝元が、直接話すと乗り込んで来たわけだ。
俺は輝元が自ら足を運んだことに驚いた。
関ヶ原に最後まで参戦しなかった消極的なイメージを持っていたからだ。
若さか、それとも叔父二人がまとまりに欠けるため、自らが動かねばならぬという心持ちになったのか。
しかも使者と直接顔を合わせずに約を結ぶことはあり得ぬと言ったらしい。
これも積極性を感じる言葉だ。
ただ宗仙は約を結ぶ前段階の、根回しに来ただけに過ぎない。若い当主にありがちな少し勇み足な行動とも見ることは出来る。
俺なら積極性を評価するが、両川はどう見るかな。
「案内したのは恵瓊だな。そして顔を合わすことができた輝元殿から良い返事を頂けたと」
「ははっ。幕府から要請があれば約を結んでも構わぬそうです。吉川への説得が叶った後になるでしょうが」
少しでも確実性を高めるために、間に幕府を挟むのは賢いやり方だ。最近まで大友と争っていたから、簡単には信用出来ないのだろうが。
確か十五だったな。叔父二人に相談せずにその場で判断した割には、よく考えている。
吉川は反対の立場のようだが、当主と小早川が前向きであるならば話を進めるには十分だと思った。
名将なれば二正面作戦の愚は犯さぬだろう。
次は俺が加判衆を説得する番だな。
そして加判衆から幕府に仲介を依頼してもらわねば。
大友にとっても北の兵を減らせるのであればメリットが大きい話だ。
豊前に着いて加判衆と直接話すことができれば感触も掴めるだろう。
カチリと、国の歯車が動き出す音が聞こえた気がした。




