第120話 塩作り
※ご注意
今後の展開のため乃美新三郎の名を薦野増時に変更致しました。
詳しくは後書きをご覧ください。
1572年12月 佐嘉城 筑紫俊介広門
宅之丞が初めて肥前にやってくる。
せっかくだから出迎えてやろうと若津のある店まで顔を出そうとしたが、俺の顔に慣れている博多の響屋とは違って、若津の店では番頭に緊張されてしまい歓迎する雰囲気になりそうにない。
仕方がないので素直に館で待つことにした。今は待ちながらハイハイが出来るようになった息子をあやしている。
琴音は授乳が終わって疲れたのか横になって休憩中だ。
乳母はいるが、胸が張るので自分で授乳した方が楽なんだそうだ。
宅之丞なら子供と一緒に会見しても嫌な顔はしないだろう。櫂丸は人と会うのが好きなようだからこのまま会わせてやりたい。
人間関係で一度顔合わせをするのが大事なのは赤ん坊でも変わらない。
まぁ、息子と宅之丞の将来の関係性なんて考えておらず、単に俺が息子を紹介したいだけである。
予定通り博多を昨日出航したならば、今日着くはずだ。もうすぐ夕刻だからいつ来てもおかしくない。
そんなことを考えながらオモチャの積み木を組み上げている。
キャッキャと楽しそうな赤ちゃん怪獣に積み木を壊されて数十回だ。
壊される用の積み木とは別に、背中でこっそりと高く立派な積み木を積み上げた。そろそろ十段になる。
だがとうとう怪獣にバレてしまった。
キラーン、獲物を見つけた怪獣は目を輝かせ、実に良い笑顔で腕を振り上げる。
南無三。
ガシャーンと特大の音が部屋に響いた。
むむむ、俺の伏兵を看破するとはやるではないか。
そんな馬鹿なことをしていると、小姓の千代法師丸が広間で宅之丞が待っていると知らせてくれた。
「行くぞ、櫂丸」
満足そうな櫂丸を抱き上げて小さな客間へ行くと、宅之丞は平伏しながら待っていた。
「久しぶりだな。一年ぶりといったところか」
「一年と二カ月ぶりです。本日は溜まっておりまする重要案件に判を押して頂きたく」
「久しぶりに顔を合わせるというのにいきなり仕事の話か。相変わらず真面目だな。では目を通しながら話をしようか」
下ろしてやると櫂丸はパタパタと宅之丞の前へとハイハイして進んでいった。
「嫡男の櫂丸だ。好きにさせてやってくれ。好奇心が旺盛でな。知らぬ人間が来るとこんな感じだ。人見知りを知らぬらしい」
櫂丸はジーっと宅之丞の顔を観察すると、ヨダレが付いた手で顔を触り始めた。
商人の笑顔を崩さないのは流石よの、なかなかやるではないか。鼻を嚙まれそうになったら助け船を出してやるか。
「櫛田神社の社殿を建立なんて、二年前からやると伝えていたのだし俺の署名はいらんだろう。あと、コレとアレとか、面倒であるからお主が決済をしておいてくれないか」
「御冗談を。殿から多くの決裁権を頂いており、御信用賜り大変ありがたく思っております。ですが私はあくまで雇われの身。主従のけじめは付けて頂けねばなりません」
「薦野の判もあるのだから良いではないか」
「なりませぬ」
扱う金額の桁が上がって、宅之丞はますます堅物になってきた。役割が変化し、責任が高まるにつれて自分を変えられる男だ。
実際いい加減にしてよい金額ではない。何人もの人生を買える金額の決算がポンポン行き交う。
「全くもってその通りだ。優秀な部下を持って俺は幸せ者だ」
「お褒めに預かり光栄にございます」
皮肉を言っても通用しないらしい。
ふと読んでいる資料から目を移すと、頭を下げている宅之丞の石頭を櫂丸がペチペチ叩いて上げさせていた。
その時に鼻を噛みつこうと口を大きく開ける。
俺が危ないぞ、と声をかける前に宅之丞は櫂丸を持ち上げて素早く脇に寄せてしまった。
櫂丸はめげずに背後に回って、今度は帯を掴んで取ってやろうと頑張っている。
俺はその様子を暖かく愉快な気持ちで見ていた。
「船旅はどうだった? 新造船に乗って昨日に出航したのだろう」
「はい。大変に快適にございました。船体が黒く塗られ威容があり、大回りをしながら二日で肥前に着く。驚くべき速度です。速さで振り切れるので護衛もいらぬとあれば……投資のし甲斐がありますな」
「船は売らんがな」
帯が取られそうなところで、櫂丸は抱え上げられ、宅之丞の膝の上に乗せられてしまった。
その後は大人しくしている。子供をあやすのが上手いな。
琴音が宅之丞を子煩悩と言っていたが本当らしい。
「前回に来た時はまだ船の建造中だったか。あの時に作っていた船に乗ったのだから感慨深かろう。俺も乗りたいのだが航海を数百はこなさないと安心して乗せられぬと言われてな。未だに船で博多に行った事がない。羨ましいぞ」
俺が作ったのに、港の目の前をパシャパシャと水遊びする程度しか操船できていない。
このペースだと俺の乗船許可が出るのは半年は先の話だ。くそー、少しくらい良いじゃないか。
口を揃えて夜間航行が難しいと言っていたなプロが言うのだから仕方がないか。
「私は立派な船を建造していることよりも、俊介様が人夫のように建材を組み立てていたことが衝撃でございました」
「仕方あるまい。俺以外に出来るものがいなかったのだ。二隻目以降は口しか出していないぞ」
船大工も船員も、肥前で十分に集めるのが難しかった。
博多は景気が良いので肥前まで連れてくるのが大変。無理やり連れてきても良い仕事は期待できない。
そこで姉の夫である宗像氏に頼み込んで人を集めた。
交換条件は神社の再建。史実だと小早川が再建したはずの神社だ。
宗像から連れてきた水夫と大工は、船に詳しく頼りになった。今は三、四隻目の建造に入っている。
「宅之丞が佐嘉まで来たのは、薦野の代わりに評定への参加、それに船の性能の確認と、この書類を俺に渡すため。あとはその目で塩田を見たいと言っていたな」
「はい、俊介様が大変お安い値段で塩を卸して頂いているお陰で、帳簿の桁が増えておりまする。せっかくの機会ですので作業場の見学と、今後のお話をさせていただきたく存じます」
今は偽銭を作り始めた頃より収入がうなぎ登りになっている。その源泉が塩だ。
だが儲けた銭は直ぐに消えていく。船の建造。常備兵と種子島といった装備の更新、治水の整備に、朝廷と幕府にも献金を始めた。いくらあっても足りない。
金は天下のまわりもの、というやつだな。
「宅之丞は帳簿の数字が増えるのが好きか?」
「はて、嫌いな商人がいましょうや」
「それは良かった。塩の生産はこれからも増え続ける。日ノ本の塩が全て入れ替わるまでな。冗談ではないぞ。帳簿を付けるのも楽しみでいられよう」
俺は帳簿の数字が増えるのを楽しみにするタイプではなかった。貯金が減る事にも、借金にも抵抗はない。
もう返済は終わるが、港の整備と最初の船を作った時は銭を借りもした。宅之丞が保守的なお陰で俺とバランスが取れていると思っている。
こんな堅物が駆け落ちをするんだから、世の中不思議なものだ。どんな奥さんなんだろう。
琴音はよく知っているらしい。部下の家庭事情は俺より琴音の方が知っている。
佐嘉城でもいつの間にかそうなっていた。
俺が片隠れの里やら港やら、作業場に籠ることが多いからではあるが、有難いことだ。
そして日ノ本の塩を全てですか……と驚いている宅之丞を無視して立ち上がった。
「では塩田を見に作業場に行こう。準備なぞいらぬぞ」
もう夕方だから急がないと。
宅之丞に早く立つように命じてせかす。
旅路で疲れているだろうに悪いとは思う。だが俺は一刻も早くお前に見せてやりたいのだ。
「あー」
「なんだ櫂丸、お前も来るか。父自慢の世界一の塩作りだ」
皆様いつも読んでいただき有難うございます。
入院することになり、幸いに先の展開の詳細を考える時間が持てました。
それにあたって史実では毛利家臣であった乃美新三郎の名前を借りて、作中では主人公の家臣としていましたが
先の展開から薦野の方が都合が良いこと。
また立花城で留守を守る姿が史実で留守を預かる事が多かった薦野増時の姿と被ったこと。
そしてこれが決め手だったのですが、薦野が代々博多の国人衆の出身でもあったため、乃美→薦野に配役を変更しました。
過去の本文もその辺の事情が分かるように微修正いたさました。
私の調査不足で薦野が博多の国人衆であると知らなかったためおきたミスキャスティングです。
湯布院から由布氏、そして立花四天王の薦野について発想が広がって、時間ができてそれぞれ調べる事ができたのが幸いでした。
この変更でより史実に近い配役にする事ができたと思います。
また今後の展開では本物の毛利家臣の乃美が出る可能性も出てきたこと。歴史に詳しい読者からなんで乃美? と疑問に思われている事も後押しとなりました。
ちなみに乃美を博多国人衆に配役を変えて家臣にしたのは、大友、毛利の戦の活躍を見て出したかったのに機会が無かったためです。
はい、それで無理やりに同姓の人物を作中に出しました。
お陰様で私のテンションが上がって楽しく乃美改め薦野を書けたので良しとしています。
それでは皆様もお身体を大事にしてください。




