第118話 地盤固め
1571年11月 佐嘉城 筑紫俊介広門
宗仙が部屋を出ると、入れ替わるように島と鍋島が私室に入ってきた。
「殿、ご用事でしょうか」
「ああ」
俺は宗仙に話したのと同じように、正式に肥前の領地を拝領しこと、博多の半分ほどが没収されたことを伝えた。
二人とも特に驚きはないようだ。
「だいたい二十五万石になるだろう。それで今後の肥前の治め方なんだが。これを読んでくれ。肥前の国衆たちと結ぶつもりの起請文のひな型だ」
「頂戴いたしまする。何種類もありますな」
「一律に取り決めた方が管理はしやすいのだがな。ここは『丁寧に』統治して、相手によって取り決めを変える。もっとも厳しい内容が勝尾城と佐賀城の間にある国衆向け。戦で保護を求めてきた草野氏や、どっちつかずの態度で保留した神代氏は名指しでそれぞれ草案がある。条件が緩いのは西肥前との国堺にある国衆向けのものだ」
島と鍋島はしばらく厳しい顔で起請文を回し読みしていた。どんな反応を見せるかな。二人の反応を待っていると、読み終えた島が恐る恐る言葉にした。
「殿、お言葉ですがこれは内乱が起こりますぞ」
「だろうな」
冷えてしまった茶を口に付けながら、俺は当然だと言うように答えた。鍋島も島に同意なのか何も言わない。
地元の支配が長いベテラン二人の意見が一致しているならば、混乱が起きると思っていた俺の見立てに間違いはなさそうだ。
起請文で俺が要求する権利は、国衆にとって大変に厳しいことばかりだ。
主従関係を結ぶというお馴染みの宣誓はもちろんのこと、当主が亡くなった時に誰に相続させるのか筑紫にお伺いを立てなければならない。要は『人事権』。
関税と年貢をどれだけ取るかも筑紫が決める。つまり『徴税権』。
許可なく他領に攻めることを禁止するのは当たり前ではあるが、それに加えて百姓から何人の兵を集めるのかも筑紫が取り決める『軍事権』。
そうした権利を要求している。
どれも受け入れがたいに違いない。
「相続の際には筑紫のお伺いが必要なのですか?」
破傷風の後、普通の声でさえ出すのが大変そうな鍋島がかすれ声で聞いてきた。
「ほとんどの場合はあらかじめ提案された人物に家督を継がせる。これは支配下の国衆でつまらぬお家争いを防ぐためのものだ。凡庸な兄と優秀な弟。幼い正室の子と、成人した側室の子。どれも問題になりやすいな。だから問題が後に退けなくなる前に俺が認可を出す。俺が決めて混乱が起こるのならば俺に責任がある。兵を出して早期に問題を収めることもできる」
という名目で実質は俺の権力強化だ。
任命するもの、されるもの、という関係を築いて支配下に組み込む。あえて混乱を煽って兵を出すことも出来る。
「しかし嫌がられましょうな」
「だがこの程度は飲まざるを得まい。誰を頼りに俺からの要求を突っぱねるのだ。頼りになる龍造寺も毛利もいないのだぞ」
今は相当無茶な要求ができるタイミングなのだ。周囲が弱みを見せている現状、付け込まねば後で後悔するのはこちらだ。
「徴兵する兵数を筑紫が定めるというのは?」
「うちの所領では米の他に菜種、綿が多く作られている。各地に広めていくが、百姓が減ってこれらが作られなくなるのは面白くない。それで徴兵する数に制限を設ける」
「それでは十分な数の兵が集まらなくなる恐れがありまする」
「不足する兵は俺が出す。銭で兵を集めておくゆえ、必要に応じて勝手に持っていけ。だが兵を集める銭を稼ぐには、百姓に百姓をやって貰わねばならぬのだ。博多では既におこなわれているが、作られた菜種と綿は、響屋が一括で買い取っている。他店での取り扱いは許していない。それで言い方が悪いが安い値段で買いたたいているのだ。代わりにこれが税の代わりになっていてな。一見無税に見えるので評判は良い。あとから税を取るような二度手間もしないで済む。そして安く仕入れた材料を加工して、高く売る。儲けた銭で俺は兵を雇う」
菜種と綿を響屋で一括管理することで、米以外の作物という他領では扱いが難しい税制度が、簡単に銭に化けて管理がしやすい形になっている。
だが百姓が減ればこのシステムは破綻するのだ。
米の年貢は国衆の要求を呑むが、菜種と綿の税は見かけ上は無税とする。その代わりに兵の一部は俺が用意してやる。
国衆にそんな要求をする制度だ。
菜種も綿も加工が面倒だ。国衆らがこっそり取り立てることも少ないだろう。戦略物資として必須でもない。
そこが米と違うところだった。
「この方法で上手く回らないのならば、国衆らに自ら銭で兵を雇うことも許可する。所領が離れている国衆の場合はその方が早く好都合だろう。兵を雇うのに使った金はあとで俺が立て替えてやる」
立て替える金額の上限は定める。集めすぎて百姓が減ったり、不正を大きくすることは防げると思う。
俺からの金を受け取らせて、主従関係を強化することも狙いの一つだった。
「なるほど、厳しいだけでなく飴もあるわけですな。兵を集めるのに銭を頂けるのであれば喜びましょう」
「それで付近の国衆らの性格をよく知っている二人に聞きたい。これでどの程度の混乱になる」
二人が顔を合わせて言いにくそうにしている。旧知の仲である島が口を開いた。
「武力に頼って譲歩を迫る国衆は、一つや二つでは済まぬと思われまする」
「肥前に住んでいる国衆であれば、博多の賑わいは知っていよう。それでもなお従ってはくれぬか」
島が頭をブンブンと横に振った。
「おいそれと信用は能わぬと思われまする。彼らにも矜持がありまする。豊かさを目にしても、容易に認めて納得するとは思えませぬ。殿、それでも沙汰を下しまするか」
ふん、想定の範囲内だ。
島は厳しい目で見ているが命令は変わらない。
「これは豊かになるのに必要な沙汰だ。俺のひざ元で寒さや飢えで死ぬなぞ許さぬ。民の生活よりも己の矜持を大事にする輩であれば、遅かれ早かれ滅ぼさねばならん。国衆らが反乱を起こすと言うならば好都合だ。城に籠ろうが誰も助けには来ぬ。島たちには一年ほどの時間をやる。邪魔をする者は全て潰せ。鍋島よ、百武と江里口の傷の具合はどうだ」
「ご心配を頂き恐縮で御座いまする。二人とも快方いたしました。戦なれば喜ぶでしょう」
龍造寺とは殲滅戦のような真似までして戦ったのに、四天王のうち三人が残った。運がいいな。
「島と弾正、百武と江里口、この四名で四つまで反乱されても対応できる。起請文を配る時期をずらし、反乱が同時に起こりにくいようにもする。順次潰して回れ」
強い口調で言うと二人とも納得したようだ。覚悟が決まったかのように神妙に頷いた。
「宗仙殿は?」
「密命でしばらく不在だ。島、ついでだ。そろそろ孫大夫の初陣を済ませておけ。荒事は苦手なようだ。注意して見てやってくれ」
「ようやくですか、お任せくだされ。戦場の空気に慣れさせてやりまする」
島は知り合いの子に教えられるのが嬉しいのだろう。珍しくニコニコ顔だ。
すると鍋島が何か提案があるようで、口を挟んできた。
「殿、このような起請文を交わすのであれば、一つご提案がありまする。まずは厳しい沙汰を佐嘉城の近くで下しましょう。そして反乱が起これば鎮めます。この時は厳しく処しまする。次に離れた国衆には少しばかり譲歩した起請文をしたためましょう。最初に厳しく処された様子を見れば、譲歩された起請文は受け入れやすくなりましょう」
なかなか黒いではないか孫四郎。
「それで良い」
「起請文を求める順番は私におまかせくだされ。付近の国衆の棟梁らの性格はよく存じております」
これから始めることは筑紫に権力を集中させるための、ある意味粛清と見せしめだ。
山間部の国衆らは城に籠られるとやっかいなので譲歩した提案になっているが、平野部では遠慮がない。
根切りも辞さぬ覚悟だ。
必要だ。必要な事だ。
犠牲になる人々が、犠牲になるだけの価値のために命を落とすのか。
よく考えた上に出した結論だ。
遺族に会った時に、全体のために死んだのだと、開き直って言い訳できる程度には成さねばならぬという自信がある。
もっとも、それは許されるか否かとは別の話ではあるのだが……。




