第117話 朱印状
1571年11月 佐嘉城 筑紫俊介広門
朱印状とは戦国大名の正式な命令書だ。
もともとは幕府が用いたことから、有力大名がそれを真似たとされている。領土を保証したり、軍事命令を出したり、そうしたことは朱印状を介してやり取りされることが多い。
書状の最後には朱印か当主の花押(サイン)、あるいは両方が書かれている。
力の弱い当主だったりすると誰かとの連名だったりする。
宗麟は家督を息子の義統に引き継がせていたが、この朱印状の花押は自身が書いていた。息子がまだ若いので仕方がないが、実権を手放さなかった証拠だ。
毛利元就も家督を譲った後、朱印状を息子に発行させていなかった。
同じく権力を譲らなかったとも、朱印状を受け取る側が新人当主の花押では不安になるためだとも言われている。
宗麟は朱印は使わなかったようだ。
達筆に自信を持っていた、のかどうかは分からないが、花押(サイン)を書くタイプだった。
自信、あっただろうな。字の見事さは生まれが出る。
流れるような筆、大胆かつ流麗な崩し方、簡単には真似できない。
その宗麟の朱印状がある時期に変わった。つい最近のことだ。
花押が変化し、今まで使われていなかった朱印も押されるようになった。
朱印は本人じゃなくても押せる。花押が変化したのは、家督を譲ったので花押も一緒に譲ったと一筆添えてあった。
これは史実でもあったことで不思議ではない。
だが家督を譲ったのは一年近く前の事だ。時期が少しズレていて、誤魔化しているようにも感じた。
大友の静かな混乱が、こうした些細なところから見え隠れし始めている。
「いかがなさいましたか」
佐嘉城を落として三カ月、まだまだ落ち着く様子はない。
今日は大事な話があって宗仙を私室に呼び出していた。
「先日、義父の斎藤殿が朱印状を手にして、わざわざ大友本国から沙汰をお伝えにいらした。肥前の所領が正式に定まった」
「どのようになりましたか?」
俺は評定まで言いふらすなよと念を押してから内容を伝えた。
「切り取った所領は全て保証して頂けた。代わりに大宰府近くから博多までの所領が没収され、紹運殿が治める事になった」
だいたい五万石くらいかな。引継ぎの準備をするように沙汰を貰っている。
俺に残ったのは博多と、博多から糸島までの西側の所領だ。
「預かっていた所領の全てが没収されなかっただけ、筑紫には良い塩梅であると思われます」
「そうだな。博多の税収は俺が治めるようになってから倍増している。どうやら更に増えるやもしれぬという下心に救われたようだ」
その辺の事情は義父が評定の様子を交えて説明してくれた。わざわざ朱印状を手渡しに来てくれたのは、そうした話をするためでもあったのだろう。
帰りは紹運の城に寄って、同じように説明して帰るそうだ。
孫巡りの旅だな。奥さんがしきりに孫の様子を聞いてくるらしい。
義母にも顔を見せてやりたいが気軽に来れる距離ではない。気の毒に思う。
ただ例の船が完成したら旅程はだいぶ楽になるはずだから、教えてやってもいいかもしれないな。
博多津から上がる関税は、維持管理に必要な費用以外は全て大友に送金していた。かなりの額だ。
旧立花氏が支配していた頃と比べても何倍にもなっていると薦野が言っていた。大友にとって無視できない事実なのだろう。
例外は俺の店である響屋だけだ。店主は宅之丞でも支配人は俺だからな。領主権限で響屋は無税だ。その代わり店から得られた収益の一部は博多に投資している。
こういうのを何と言えばいいんだろう。ロンダリング?
ちょっと違うかな。
響屋があっての博多の発展だ。紹運が仮に博多を治めたとしても、俺と同じことはできない。博多津を俺の所領のまま残したのは、俺にとっても大友にとっても英断であったと思う。
そもそも博多は大友から俺へ、望外にいただいた所領だ。この所領を持っている限り、俺は大友に借りがある、そう思っている。
博多が無ければ兵数が千人を超すことさえ難しかったのだ。
反対者も多くいただろう中、俺に治めさせたのは大変難しい決断だったに違いない。
「その割にご機嫌が優れぬと拝見しましたが、何かありましたか」
「分かるか。これを見ろ」
義父から渡された朱印状を無造作に宗仙の前に投げ捨てた。
宗仙が読んでいるうちに、俺は茶を淹れた。
今日の話は誰にも聞かれたくない。ここには俺と宗仙と大坊だけだ。
人がいないから俺が茶を淹れないとな。
十一月だ。だんだんと寒くなってきた。
そろそろ湯が沸く、温かい茶を馳走してやろう。
七輪においた鉄瓶から湯気が出ているので、そっと茶を淹れて渡してやる。宗仙はありがたく頂戴します、と大変うやうやしく受け取った。
「その朱印状に宗麟様の直筆があるように見えるか?」
「そういえば……いえ、これはありませぬな。朱印も祐筆(代筆のこと)が書いた物を花押で誤魔化しているように見えまする。まさか偽の朱印状で?」
「それはない、義父殿の手渡しだ。嘘をついて意味のある内容でもない。だがやはりそうか。口頭で承認は得られているのだろうが、偽造手前だな」
宗仙を呼んだ理由の一つは、このことの確認だった。予想通りだ。
義父殿がわざわざ手渡しされたのも、偽造ではないと暗に示したかったのかもしれん。
「俺はこれが宗麟様がいまだに政務に復帰しておらぬ、いやむしろ酷くなった証左だと思う。頭の痛い事だ。龍造寺が落ちた今、本来であれば西肥前にある大村家や有馬家、波多家などの松浦党、そうした家を完全に臣従させるべきなのだがな。だが当主が政ごとを放棄している状況ではままならん。俺が独断で攻めれば独立すると宣言するようなものだ」
大村氏も有馬氏も、今山の戦いでは大友に従い参戦して、西側に陣を敷いていた。だがその後に人質を出したり、約を結んだという話はない。
波多氏なんか今山の戦いでは傍観して参戦すらしていない。
大友が六カ国守護を自認するのであれば、こうした状況は放置するべきではない。
「このご様子ではすぐに次の戦に取り掛かるのは諦めるよりないと思う。なので地盤から固める。佐嘉を筑紫や博多のように豊かにするのだ。実感が得られるまで一、二年はかかろう。流石にその頃には西肥前に兵を挙げられるようにしておきたいが」
「一、二年あれば宗麟様も政務に復帰しているやもしれませぬな。よろしいかと思われまする」
うん、それがメインのプランだ。
「しかし最悪の事態は想定しておかねばなるまい。いつまでも政務に戻らぬやもしれぬ。あるいは戻っても戦のような重要な判断はいたさぬやもしれぬ。とはいえ、いつまでもお待ち続けるわけにはいかぬ」
宗仙はもっともだという様に頷きながら、手にした朱印状を返してきた。
「俺が待てるのは二年までだ。二年あればこの辺り一帯を豊かに変え、地盤も固められる。逆に言えばそれ以上は俺にとって時間の浪費だ。宗麟様がそれまでに当主の責務を果たしてくださらないならば、いささか強引な手段をとってでも、大友には正常な状態になってもらう。お主には、そのために海を渡って毛利まで足を運んで欲しい。危険な役だが頼まれてくれるか」
「はっ、自分が役に立つのであれば何なりとお申し付けくだされ」
大変な仕事であるのに宗仙は二つ返事で了承してくれた。渋る様子もないので上司としては気持ちよく頼むことができる。ありがたいことだ。
「道雪殿を大友本国に戻し、同時に加判衆にも戻して差し上げたい。年齢的にも本国で療養していてもおかしくない御歳だ。加判衆の過半数がこちらの理解ある人間で固められれば、動きが取りやすくなる。宗麟様がお戻りになっても、そうでなくても兵を出すことは不可能ではなくなるだろう」
長年最前線で戦ってきた道雪の爺さんには、誰にも無視できない独特な発言力があった。
宗麟に喝を入れて欲しいと勝手に期待していた。いや、あの爺さんならしてくれる。
「分かり申した。それで自分に声がかかりましたか」
「道雪殿は毛利との国境の守備についている。今のままでは本国にお戻し出来ぬ。毛利との同盟とは言わぬが、相互不可侵の取り決めはしておきたい。そこで聞きたい。宗仙が以前に言ってた毛利との伝手とはどういったものなのだ」
宗仙はかつて宗麟の弟に付いて行き、中国地方で大内家のやっかいになっていた。毛利と接触する機会も多かったらしい。
「亡き元就殿と交流があった恵瓊という坊主と知己を得ております。頭の回る坊主で、寺の寄進集めに大内にも足を延ばしておりました。そこから手を回したいと考えております」
恵瓊か!
意外な有名人の名前が出てきたな。
この頃から既に毛利の中に入り込んでいたのか。
「その名で十分だ。この書状を持っていけ。偽銭の作り方を教えて良いと書いてある。中四国の偽銭は根絶されている。分かる人間が見れば無下にすることはあるまい。条件は最低でも五年の不可侵の約を結ぶことだ。毛利にその意思があるならば、何としても大友本国から正式な使者を出させる。俺たちで勝手に決めるわけにはいかぬからな。細かい取り決めはその時だ」
宗仙が神妙な顔で頷き返す。重大な使命であることが分かっているのだ。
「必要なものは全て博多で集めろ。宅之丞に求められたら全て用意するように伝えてある。気を付けろ。毛利はきなくさい。道雪殿が海運の取り決めについて、毛利の主張が二転三転と変わる様なことを話していた。商人に毛利領の情報を集めさせている。博多で聞いておくといい」
「ははっ。必ずや殿のご期待に応えて見せまする」
俺が頼りにしているぞ、と言うと。宗仙は熱い茶を一気に飲み干して、椀を勢いよく床に置いて気合を示した。
自信がある男の、良い顔つきをしていた。




