第115話 重し
1571年8月 立花城 琴音
二カ月ほど前……。
「どういたしましたか。重臣の方々がこぞってこんな所まで」
「それが……」
島様と四郎貞治様が、わざわざ勝尾城から私の元までお出でになられている。それに薦野様と宅之丞様まで。
口に出しにくい話題を、誰が先に切り出すかを待っているかのように皆の歯切れが悪かった。
最近、俊介様から変な文が届く。
せっかく御子を授かったというのに……。重臣たちがやって来てこんな態度をとるなんて、やっぱり離縁を言い渡されるのかもしれない。
今からでもお腹の子のことを話せば覆るのだろうか。まさか取り上げられる事なんてないと思うけど。
島様なんて大きな体を小さくして目を泳がせていた。
良い話ではなさそうだった。
「最近俊介様がよくお話になられている肥前の玉鶴姫という方のお話でしょうか?」
緊張に耐えきれず、思わず自分の方から声をかけた。
お腹の子は自分が守らないといけない。ならば隠した方がいいだろう。危険そうなら実家まで帰らないと。船なら体への負担は少ない。
大丈夫、一度乗ったことあるもの。
俊介様と一緒にお乗りしたことを思い出して涙が出そうになってきた。
だがわたしの心配をよそに、年寄の四郎貞治様が驚いたような顔をした。
「玉鶴姫? なんじゃ、殿は奥方様に御相談しておったのか。それは孫大夫との婚姻の話じゃ。今回の御相談は全くの別件ですぞ」
あれ? 違った? 全然違う話?
え、でも待って?
こんなに重臣方が集まって、わたしに他に何の話だろう。
「琴音様、戦の顛末をお聞きになられましたかな?」
「いえ、ただ勝ったとしか。大変めでたい事態なのですよね? 何か問題でもあったのでしょうか?」
四郎貞治様に代わって今度は島様が大きな顔で、身を乗り出してお答えになる。戦の事であれば島様が得手なのだ。
「大変な勝ち戦で御座りました。その甲斐がありまして筑紫は三十万石もの大領になろうとしています。いくらか削られるやもしれませぬが。いずれにしても大きくなり申す。これも全て殿の御力によるもので御座る。しかしながら……」
島様もちょっと恐縮している。すると今度は薦野様がお話を続けた。
「此度の戦で殿は大変危険な戦いをなされました。おおよそ殿が自ら動く必要がないことでさえ、身を挺しておりまする。我々は大変憂慮しておりまして、こうした事をなんとか御止めしたい。そう思うておりまする」
止めればいいのではないかしら。それとも何故止めなかったかと私にしっ責して欲しいの? まさかね。
「殿の御近くに主な家臣が誰も居なかったのです。戦の事でござる。勝つために必要であると仰せられれば、将兵が殿の御側を離れることは有りえまする。しかし常に殿の御側にいる周防組や足軽大将程度であれば、殿に心酔しており御止め能いませぬっ!」
島様が「五郎太め、殿なら問題ないと言って、へらへらと。何も考えておらぬわっ!」と歯を噛みしめています。
「それで、わたしに何が出来るのでしょうか。およそ戦場のことであれば女の身で何かできるとは思えませんが」
「琴音様、佐嘉城へ御移り頂けませぬか。たしかに博多と比べると何もない所ですが、殿は佐嘉城へ居を移すと述べておりまする。琴音様がお近くに居れば、殿の重しになると思うのです。そして出来うることならば早く御子を」
と薦野様が仰った。御子、思わずお腹に手を当てる。
この子と一緒に私が俊介様の重しになるの? それがお家のため?
「殿が家督を御継ぎになるにあたって、戦での積極果敢ぶりは誠に頼もしく思うことも御座りました。しかしこれより大領となり申す。戦は家臣に任すこともし、動かぬことも覚えて頂かなくては」
大領……果たして俊介様は大領とお思いなのかしら。文にはそんなこと一言も書かれていなかった。
「俊介様の鬼神のごとき働きにより、この者らは戦で主人に否と言いにくいのですよ。結果も出ておりますからね。そのせいで俊介様をお守りできない事態になることを憂えておいでなのです。琴音様、新しい首巻をお持ちしました。戦で痛めているでしょう。奥様の手からお渡しください。それと滋養によい食べ物もお持ちしました。大事に御自愛くださいませ」
「宅之丞! こんなところで商売っ気を出すでないわ!」
宅之丞様、いろいろと入り用で頼んでいるから気づいているのかしら。
「まー、儂ものぉ。この歳になると思うところもある」
四郎貞治様が空気を変えるような声でのんびりと仰った。違うご意見なのかしら。
「儂のような凡人の老い先短い楽しみと言えば、子や孫の成長といったものじゃ。それでも昔の自分を思い出して、あーだこーだと、意味もなく後悔を引きずることもある。これが殿のような才覚ある者であるならば後悔の質も量も、およそ儂の理解の及ばないところにあるのではないか。それをわざわざ御止めするのものぉ」
「ジジイ! お主どっちの味方だ!」
「儂は奥方様のような方が殿の御近くに居て頂ければ、それだけで丁度良いのではないかと思うたまでじゃよ。それ以上に口を出すのは余計じゃ」
お二人であーだこーだと言い合いが始まった。ふぅ、仲がよろしいことで。
「つまり、私に俊介様の御側にいて欲しいという、それだけの事ですね」
「はい、そのために居を移して頂ければ」
「分かりました。元より主人が居を移すのならばそのつもりです。皆さまが心配してくださる気持ちも分かりました。本日は御下がりください」
まだ言い足りなかった様子の重臣の方々がしぶしぶ下がると喧騒がなくなり静寂が帰って来た。
近くの川からカエルの鳴き声がうるさいほど聞こえる。勝尾城の山の中や、町の中にある実家ではあまり聞かなかった鳴き声だ。佐嘉城はどうなのだろう。
「琴音様……」
「大丈夫よ、鈴。少し疲れただけ」
早く俊介様にお会いしたい。
体の調子が良くなったら直ぐに向かおう。そしてお腹のことを話そう。きっと驚きになる。
喜んでくれると思う。だけど少し不安になるのは何故だろう。鈴はそういうものだと言っていた。
お呼びしたら俊介様は来てくれるかしら。やはり早くお会いしたいわ。
約30万字ですね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
あと1話のおまけ回で2章が終わります。
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