第113話 大友の意思決定機関
1571年8月 勝尾城 筑紫館 筑紫俊介広門
加判衆、それは大友の取締役会、あるいは幹部官僚の集まりだ。
大友から送られる命令状は、宗麟だけの判断で下されるものではない。
加判衆の了承も得て発行される。そういう意味で筑紫の評定衆よりずっと権力を持っているのが大友の加判衆だ。
その加判衆に義父が任じられた。
加判衆のメンバーは時代によって違うが人数は六人であることが多い。
今は大友の有力一族である田原氏と志賀氏、それと越前入道の息子である吉岡越中入道、高橋紹運の兄である吉弘氏、そして重臣である臼杵氏の五人がメンバーであり、一人席が空いてはいたのだ。
ここに義父の斎藤氏が加わる。
龍造寺を降した俺に気を使ったとも、俺を抑えてコントロールするためとも取れる。
「今まで斎藤殿から吉弘殿にお話を通して、ようやく加判衆まで意見が伝わっていたのだったな。風が吹いて来たのではないか。宗麟は評定に出ておらぬのだろう?」
その通りだった。宗麟は未だに加判衆で決まったことに対して後承認するだけのようだ。
それでも何とか政務が回っている理由は、加判衆の内、田原氏と志賀氏が、大友一族の不利にならないように、また宗麟が不在の間に大きな決定が起きないようにコントロールしているからだ。
逆に言えば戦とか粛清とかそうした判断ができない状態だ。無難に治めようとするこの二氏は良くも悪くも大友の安全弁なのだ。
「義父殿と吉弘殿、そして吉岡越中入道殿は俺の擁護をしてくれているようだ。加判衆の六人中三人がこちらに近い。ひとまずは安心だろう。だがそれも当主が評定で不在な間だけだな。宗麟様が政務に戻ればどうなるかは分からん」
「以前にも似たような事があったと言っていたの。大内に養子に入った弟が亡くなった時じゃったか。確か宗仙がそのように口にしていたぞ」
「うむ、宗仙はかつて大友の加判衆だった。その時は宗麟様が政務に戻るまで二年ほど時を要していたそうだ。今回も直ぐに政務に戻って来ることはあるまい。だが今のうちに戻って来た時のことを考えねばならん。宗仙が言うには政務に戻ってきた当初、宗麟様は二度三度と意見を変えて非常に不安定だったそうだ。臼杵にそそのかされて良からぬ事を強行することも有り得る。その時に義父と吉弘殿、そして越中入道殿で抑えられるかどうか」
無理だろうな。抑えられるのならば史実の耳川の戦いなんて起きない。
俺が恐れていることは二つ。所領が増えた外様である俺への締め付け。それとキリストの国を作るとか言って南に兵を進めることだ。
「なればどうするのじゃ」
「道雪殿を加判衆へ戻す。本国から遠くに赴任させられてから、長いこと加判衆に任じられていない。だが道雪殿であれば宗麟様の暴走を抑えられるはずだ」
月に一度の評定がある加判衆は、例え実力者であっても本国から遠くを治めている人物が任じられることは無い。
昔は大友一門ではない外様も加判衆になっていたそうだ。だが大友が大きくなった今では、本国近くには一門衆しかいなくなり、自然と外様へは門戸が開かれなくなった。
大友が本国から離れた国衆をコントロールできずに離反させてしまっているのは、加判衆に一門衆しか居なくなったのも一因であるかと思う。
地方の不満や意見の吸い上げが出来なくなった。
ならどうすればいいかって?
例えば有力な他家の代表である蒲池氏だ。彼の庶子で長男である鎮久に、大友本国に居を構えてもらい加判衆に任ずる。
そんな感じで他家の有力人物に、持ち回りで加判衆になってもらえれば、地方の意見も収集しやすくなる。
大友の考えも地方に伝えやすくなる。
信長のように当主自らが足を使って領内を見て回るのも有効な方法だ。京都と美濃を何往復もしながら、寄り道に見廻っていた。
俺が今やっていることはそれと同じようなことだ。義父を加判衆に押し上げて、本国に地方の最新情報を知ってもらうのだ。
そのために義父に資金を横流しした。
そして義父のこれまでの貢献と人間性もあって見事に加判衆に任じられたのだ。
親族を合わせれば三十万石にもなるのだから遅かれ早かれだったろうが、俺にとっては早くに任じられた事が大きい。
「道雪殿は今はどうしてたかの……そうじゃ、門司城で毛利へ睨みを利かせておるのじゃったな。すると加判衆に任ずるのは難儀じゃぞ。毛利との国境は生半可な者には任せられまい」
「毛利と何かしらの約定を結ぶしかあるまい。幸いに宗仙が毛利に伝手があるらしい。上手くいくかどうか分からぬが、何もしないでいるより良いと思う」
「宗麟の弟が、大内家の家督を継いだ際に随行したんじゃったか。伝手としては薄いのぉ」
うん、やるだけやってダメそうなら義父に相談するしかないな。
「せめて宗仙には大きな手土産を渡しておく」
「なんじゃ?」
「銭作りの技術を売ろうと思う」
「なにっ? まて! それが不味いのは儂でも分かるぞ。筑紫で銭が作れなくなっては兵も雇えぬし、馬も種子島も手に入らぬ。矢玉が無くなった種子島なんぞ、ただの棒っきれじゃ」
最初に銭作りを始めた時に疑っていた爺が、今ではここまで状況を理解している。なんだか嬉しくなるな。
「爺、落ち着いて聞いて欲しい。銭作りはあと数年で終わる。宅之丞によると中四国の悪銭は駆逐したらしい。今集めている悪銭は畿内と南九州のものだ。これもいずれ無くなる。高く売りつけるならば今のうちだ」
爺は目を大きくして口を開けていた。
「……そうか。悪銭、無くなるか。それもそうじゃ。いずれ無くなるもんじゃ。殿が日ノ本中の悪銭を集めると言った時は夢物語をと思うておったが。まさか現実のものになるとは。ではどうする? 筑紫が大きくなったのは悪銭があったからじゃ」
「代わりの飯の種にはすでに取り掛かっている。来年には形にして見せられると思う。俺はこういうのが得意で好きなんだ。戦なんぞよりずっと気持ちいい。爺も知っているだろう。完成したら弟の善吉郎を連れて見に来てくれ。面白いぞ」
俺は自然に笑顔になってそのように言った。
爺は俺が不在の間、立花城を薦野と一緒に差配して一年以上を過ごした。
薦野は信頼できる、大丈夫だと爺がお墨付きを与えたので、博多を薦野に任せて爺は政務から引退。
今は勝尾城で島の内政に助言をしながら、俺の弟である善吉郎の傅役になってもらっている。
「……」
「どうした、爺。不安か? 俺に出来ぬと思うか?」
爺は俺の顔をじっと見つめていた。
「いや、昔を思い出しただけじゃ。蝙蝠の糞を集めて玉薬を作っておったときも、そんな顔をしておったのぉ。まだ十を過ぎたばかりじゃった。顔をあちこち汚して……あの時は馬鹿殿を担いでしまったと思ったわい」
「酷いな爺は」
そんな馬鹿そうに見えていたかな。直した方がいいのだろうか。まぁ爺が笑顔で話しているからいいか。
「ふぅ、長く話して儂は疲れたわい。休ませてもらうかの。琴音殿からこの後に話があるそうじゃぞ。儂は婚姻は家が決めるものと思うておるが、その後の営みは当人たちの努力にかかっていると思うとる。大殿も大奥様とよくお話になられていた。城を落ち延びて周防まで行ったりと、大奥様も大変苦労なされた。三つにもならないお主を連れての。共少ないのに、ほんによう大変じゃったろう。だがよく話していたからか仲睦まじい夫婦じゃったよ。おんしもよくよく話をすることだ」




