第112話 子龍
1571年8月 勝尾城 筑紫館 筑紫俊介広門
「それで、二人の様子はどうじゃ」
爺の言葉に風鈴がチリンチリンと返事をする。
夏の盛り、谷の間を通る風が館の中を涼しく過ごさせてくれる。
隣にいる琴音が音に釣られて風鈴を見つめた。久しぶりに再会してから、こういうふとした仕草にドキッとする。
以前よりも艶やかさが増したように見えた。
俺が戦でドタバタしている間に、博多では宅之丞と乃美が上手く差配していたらしい。特に宅之丞はガラス製品の販売を広げていた。
実は博多では大昔からガラス加工がされている。場所は櫛田神社のすぐ隣だ。
俺が櫛田神社の修復に援助した後、少量しか生産されていなかったガラス製品を優先して卸してもらえることになった。
それから付き合いが始まり、徐々にガラス製品の商いが活発になっていた。
これは中国から購入した安いガラスを再加工したものだという。
ガラスは割れやすい。割れてしまったガラスをどうにかしようとして発達した技術ではないかと思った。
宅之丞によるとこの辺り一帯は爺さんの代まではチャイナタウンであったそうだ。大陸からの伝手を活用して、日本でガラスの購入から加工まで行っていたに違いない。
戦国の混乱でチャイナタウンとしての特色は無くなってしまったが、ガラス加工は今も続いていた。
ガラス製品はビー玉、皿、ルツボ(内側のコーティング)がほとんどで、部屋に飾られている風鈴は俺が提案して作ったものだ。
ガラス製の風鈴は江戸時代から日本で見られるようになった製品だ。戦国の世では珍しいだろう。
畿内の上流階級にはもちろんのこと、神社の魔除けとして使われる風鐸の代わりとしても大変好評だ。
それで中国から輸入したガラスの再加工だけでは生産量が追いつかなくなってしまった。
バテレンのガラスを仕入れて生産を増やそうとも思ったが、値段がかさむので辞めた。それなら自分たちで作った方がいい。
ガラスだけ片隠れの里で作って、加工は櫛田神社で行っている。
吹きガラスも教えたし、材料も以前より豊富だし、あとは勝手に技術を磨くだろう。
出来ればレンズやフラスコまで作ってほしいんだよな。バテレンから見本を購入すればやる気を出すかな。
異国で作れて自分たちが作れないのはプライドを刺激するに違いない。そうしよう。
幸いガラスに使われる炭酸ナトリウム(ソーダ灰)は石鹸と同じ材料だ。
その元となる海藻は日干ししたとはいえ山まで運ぶのが骨で、勝尾城から片隠れの里までは馬すら使えない。
それでも里を降りて生産しないのは、それだけ秘匿しなければならない技術だからだ。
櫛田神社の加工場も技術が進んだら囲まないといけないかもしれない。その時に文句を言われないように今からもっと援助しておくか。
「殿、二人の様子をお聞きしておるのじゃが」
俺が考えこんで黙ってしまったので、爺が話はまだかと再び声をかけてきた。
「すまぬ。考え事をしてしまった。孫大夫はまだだいぶ恥ずかしがっている。だが玉鶴姫は悪からず思うようになったようだ。爺は佐嘉城に居なかったから知らぬだろうが、だいぶ苦労したのだぞ」
「ふぉ、ふぉ、そもそも婚姻なんぞ当人らに遠慮するのもおかしな話なのじゃ。殿は妙なところに気を掛けるの。若いもんの考えは分からぬわい」
俺は城を落としてから三ヶ月の間、ほとんど佐嘉城で過ごした。その際には孫大夫も呼んで一緒にいさせた。
佐嘉城で暮らしている間に慶誾尼は孫大夫を気にするようになっていたようで、一ヶ月前に玉鶴姫のお相手として紹介すると、非常に喜んで賛同してくれた。
何が琴線に触れたか分からないが、たぶん素直な人間が好きなんだろうな。
捻くれていて腹黒い俺と合わない訳だ。
鍋島と成富は玉鶴姫のお相手をもっと年上の人物を想定していたようだ。いくらか難色を示した。
だが評定に出席している孫大夫の言動から、それなりに認めてはいたようだ。
そして俺以上に慶誾尼が強く推してきたので、拒否はできぬと諦めの気持ちもあったのかもしれない。
仕方ないといったふうに了承してくれた。
「龍造寺方は孫を認めてくれそうかの?」
「年齢が気になったようだ。龍造寺の遺児と年齢が五つほどしか変わらぬからな」
「その五年が命取りになるのじゃがな。わしも大殿が亡くなった時には、殿と孫太夫の二年の年齢差でさえ考慮したわい」
爺が少し悪い顔をしながら呟く。
「このくらいの年齢である方が龍造寺の色に染めやすいと説得した。近くに大きな敵対勢力はいないが、数年後は分からんからな。それまでに鍛えれば良いと話したら納得したようだ」
爺は二つ返事で婚姻に了承したし、あとは当人らが上手く関係を築けるのかが心配かな。
「孫大夫が十三、玉鶴姫が十五と言うとったのぉ。くしくも主らが婚姻を結んだ歳と同じか」
隣にいる琴音が「懐かしいですわ」と、しみじみ呟いた。
佐嘉城の仕置きが一息ついたと文で伝えると、琴音は自分も佐嘉城に移ると言いだして、俺についてきた。
立花城に着くと引越し荷物も既にまとめてあり……。
うん、返事を待たず付いてくる気満々だったよね、これ。
有難いと思う。やはり一緒がいい。
立花城の方が安全だし、なにより博多の方が都会だ。
だから来てもらいたいと思いつつも、言い出せずにいた。
俺が立花城に赴いて政務を片付け、帰りに琴音を連れて勝尾城に来たのが昨日だった。そして片隠れの里の様子を見ながら、爺に今までの出来事を報告しているところだ。
「孫大夫よりもやはり玉鶴姫がだいぶ俺を警戒していたな。初対面の印象が悪かったのかもしれん。ただ琴音の助言で足繁く通っているうちに、いつの間にか孫大夫と直接会話する仲になっていた。正直、何故上手くいったのか分からぬのだが」
孫大夫は若いが俺が亡くなった場合の跡継ぎに指名していた男であること。すでに評定に参加しており周囲からも認められていること。
心優しき人物であるので妻子を大事にするのは間違いないこと。
気に入らなければ断ってもいいが、その場合は筑紫の他の重臣か、あるいは他家に嫁がねばならない。
と、言葉を変えながら何度も伝えた。
「同じ言葉でもふとした出来事がきっかけで心響くこともあります。外からは分からなくとも少しずつ心変わりすることもあります。大事なのは真心をもって重ねてお話をすることです。亡き越前入道様もそうでしたわ。それに孫大夫さんは立派な男子です。それが分かれば後はすんなり進むと思っていました」
琴音がえっへんと得意げに胸を張っている。
毎週文が行き来するくらいアドバイスしてもらっていたから、実際琴音の手柄だ。
「祝言はいつじゃ。儂も出るぞ。孫の晴れ舞台だからの」
「稲刈りが終わってから霜月の頃を考えている。先延ばしする意味がない」
「うむ。戦が終わってからの大友の反応はどうじゃ。豊前に行って状況の説明をせぬのか?」
「まだ俺に従わない国衆が結構いる。これを降すか滅ぼすまでは手が空かぬ。大友にはそのように文で説明している。だが一つ朗報があるぞ。義父殿が大友の加判衆に任じられた」




