第105話 一日にして七城を落とす
1571年5月 佐嘉城 筑紫俊介広門
島は『鹿江城』
弾正は『横武城』
宗仙は『直鳥城』
紹運は『姉川城』
原田新五郎は弟の草野と一緒に『竹井城』
小田新九郎は『蓮池城』
それぞれに命じて向かわせている。
俺は一人で佐嘉城だ。
そして城攻めの最中に日が沈んできた。
小さく張った陣幕には戻らない。勝尾城からここまで、勝利の鬨の声も上げずにひたすら次の戦場を求め攻め続けたのだ。
休むと気力が尽きそうだった。
幸い月が丸い。このまま夜もしばらくは攻め続ける。
二刻程前、佐嘉城と勝尾城の間にある『横武城』『直鳥城』『姉川城』が落ちたという狼煙の連絡があった。
いずれも横武氏、犬塚氏、姉川氏という小さな国衆の城だ。どれもクリーク(迷路のような細い水路)を利用した、肥前でしか見られない非常に独特な城構えをしている。
だが他方で珍しいだけで堅牢というわけではない。
細い水路が弓矢に対する射程にしか対応しておらず、種子島であれば簡単に水路を超えて攻撃が通ってしまうのだ。
時代錯誤の、立て籠もるには不向きな城だった。
彼らは大友が攻めて来た時も、龍造寺が攻めて来た時も、簡単に城を明け渡している。
この時代にクリークを利用して守るならば、有名な柳川城ほどに堀を広くする必要があるのだろう。
また三氏とも龍造寺に対する義理は薄く、筑紫と戦う理由も乏しかった。
この三つの城には、兵数が減った弾正と、手伝い戦で無理をさせたくない紹運、それと疲労があろう宗仙を向かわせていた。
どの城も戦にならないまま開城するだろうと考えて向かわせたが、それでも無事に城が落ちたという連絡を受けて安堵する。
これで背後を気にする必要が無くなった。突出しすぎて逃げ場がなくなるような事態は防げたのだ。
次の連絡は『蓮池城』が落ちたという狼煙だった。
於安の方の夫である小田新九郎の居城だった城だ。龍造寺を討った連絡を受けて、新九郎が手勢を率いて出陣し落としたようだ。
筑紫からは疲労している騎馬を百ほど貸し出しただけだが、すぐに落とせたようで安堵の気持ちが大きくなる。
この分だと同じく出陣しているはずの草野氏も居城を取り戻せただろう。
ただし草野氏の居城である『竹井城』は少し距離があるため狼煙で確認は出来ない。
順調ならば明日にも連絡が来るはずだ。
最後に狼煙が上がったのは『鹿江城』という龍造寺隆信が落ち延びてから復活した、いわくつきの城だ。
城というより有明海に面した館という感じで、大した守りはないが龍造寺の支配が濃く、士気が高いので抵抗の恐れがあった。
ここは簡単ではないだろうと思い、出陣した島には龍造寺隆信の首を持たせた。これは正解だった。その日のうちに落ちたという連絡が来たのだから。
以上が今日だけで落とした城だが、奇くも後世で戯れ歌になる
柳川三年、肥後三月、肥前、筑前、朝飯前
この肥前、筑前、朝飯前という歌の通りになったようだ。
広い筑紫平野の中で、城を改築して堅牢と言えるほどの備えがある城は柳川城だけということだろう。
平野の城は難しいんだよ……。
さて、味方が向かって未だに落とせていないのは俺が相手をしている佐嘉城だけ、か。
とはいえ無理攻めはしたくない。
こちらの将は俺しかいない。全員各地の城を攻めるためにバラバラになっている。
それに佐嘉城に残った敵の正確な数が分からなかった。
ただ常道であれば最低限しか残さないから多くはないだろう。
実際に守備についている兵は少なく見えた。反撃も少ない。
開城までもう一息なのだ。
ただ無理攻めより向こうから降伏の使者を出させたい。
そう考えて鉄砲と弓で牽制しながら、「味方は殲滅したぞ」、「どこぞの城は落ちたぞ」と大声で挑発させた。
捕らえた捕虜を目の前に立たせて、嘘でないことも証明した。
勝尾城での戦から逃げおおせた兵もいるだろうから、真実だと分かっているはずだ。
さらには巨漢の大坊に火のついた油瓶を飛ばさせて混乱を煽っている。勝尾城の焼き討ちの際に砲丸投げの要領で練習させていたのだ。
まさか佐嘉城で役立つとは思わなかったが。
これは大変有効だったようで、焼き討ちから逃げおおせた敵兵が、酷く混乱している様子が遠くからでも見聞きできた。
こちらが鉄砲で撃っても、反撃が返ってこないほど混乱している。
一日で二度も焼き討ちに遭いそうになれば取り乱すよな。自分で指示したことだが少し同情する。
これで心を折ったと思い、降伏の使者を出すよう要求した。
が、出てこなかった。
降伏なんて断固拒否する! という使者も現れない。それどころか挑発に反論するような敵兵の言葉すら聞こえない。
だいたい罵り合いが起こり、それで敵の士気が感じ取れるのだが……。完全に無視されるのは少し奇妙だ。
夜になったから攻めが終わると思っているのか、それとも意見をまとめられる人間が不在なのか。
押してダメなら引いてみるか。
鹿江城から届いたばかりの龍造寺隆信の首を見て一計を案じることにした。
もしかしたら降伏という言葉に拒否反応を示しているかもしれない。
首をお返しするので代表者に取りに来てくれと、攻撃を取り止めて要求することにした。
これならば少なくとも無視はできまい。
当主の首を見れば負けたことも認めざるを得ないだろう。
完全に日が沈み、しばらくして佐嘉城から出てきたのは一人の女性と、一人の子供だった。
「慶誾尼様と玉鶴姫様がいらっしゃいます」
見張りの兵からそう耳元で打ち明けられた。




