第104話 風の如く、火の如く
1571年5月 筑紫平野 筑紫俊介広門
「殿! 前に出すぎですぞ!!」
島が大声で俺に叫んだ。
大丈夫、一応計算して出てるよ。今山で戦った時より突進力がある想定で用意していた。見た目よりずっと余裕がある。
左右からの銃弾を受けて龍造寺隆信は倒れた。
危険に見えたのはギリギリまで引き付けたからだ。正面で構えさせていた銃兵は、敵が倒れなかった場合に備えさせていたが、火蓋は切らずに終えられた。
死兵の恐ろしさも、それでも火力ですり潰せることも、今山と水城で身をもって体験している。
島は少し心配し過ぎだ。
とはいえ口に出すと反論が来そうなので何も言わない。口論している場合でもない。
「龍造寺隆信の首を確認しろ、急げ」
恐らく足を止めてゆっくり喜んでいる暇はない。
勝尾城で敵を焼き討ちにした後、兵には食事をとらせて僅かな休憩を取らせた。
その後に歩兵を率いて敵を追って出発すると、ほどなく慌てふためいている龍造寺軍に遭遇したのだ。
それはまるで鮫に襲われている魚の大群のような光景で、騎馬に襲われ散り散りになり、残った龍造寺の兵は数百まで減っていた。
そのまま放って任せても良かったのだが、この状況でも残っている兵は龍造寺の精鋭だ。小魚ではない。
味方の騎馬も警戒をして慎重に立ち回っている様に見えた。
達人を殺すには飛び道具に限る。騎馬兵らを危険にさらす必要はない。
そう思って銃兵を前に出して、とどめを刺そうと近付いた。
俺が銃兵を展開させると、騎馬からの執拗な攻撃に耐えていた龍造寺軍が、こちらに決死の突撃を仕掛けてきた。
その結果が御覧の通りだ。もはや立ち上がれる敵兵はいない。
「ひやひやしましたぞ」
島はそう言うが、今までの体験に今日の経験も加えて、死兵の突破力はだいたい把握できたな、と俺は思った。
水城の時は高性能な火打銃、今山では刀、今回は普通の種子島だ。
それぞれ異なる対処をしたことで歩兵の限界というものが見えた気がする。
それとミニエー弾を使った火打銃の強さが実感で理解できた。いずれ何とかしたいところだ。
心配そうな島を無視して指示を出した。
「将を集めろ。兵は休ませておけ」
重傷者にとどめを刺したり、捕虜をとらえたり、首実検をしたり、やりたいことは山ほどあるが、それは後で最低限の人員だけ残してやらせる。
まだ申の刻(十五時ごろ)だ。
時間はある。
龍造寺の首が届く前にすぐさま将が集まった。戦いが終わったばかりで混乱もあるはずだが集合が早い。上手くいっている証拠だ。これなら次の行動もスムーズにできると感じた。
皆が口々に祝いの言葉を述べる。
その中には高橋紹運もいた。
紹運には作戦の説明をしていなかったというのに、良いタイミングで軍勢に加わってくれたようだ。手際の良さは流石としか言いようがない。
それに紹運と弾正と原田の三人の距離が近い。笑顔で互いをたたえ合っているし、仲良くなっているように見えた。
弾正はどうやって紹運の協力を得たのか、後で聞いてみよう。
「紹運殿、お力添え感謝申し上げまする。弾正、初顔合わせで上手く連携が取れたようだな。見事だったぞ」
弾正は俺にコクリと頭を下げた。
そんな感じであまり話さないから人間嫌いではないかと思い始めていたのだが俺が間違えていた。すまんと心の中で謝る。
何かで埋め合わせをしなければ。
「大将首は私が獲れると思っていたのだが、良い所を義弟殿に持っていかれたな。こんなにも早く追いついてくるとは思わなかったぞ」
まだ興奮状態の紹運が話しかけて来た。
「兵は神速を貴ぶと言います」
「それは孔子か何かかな?」
「魏の郭嘉ですね」
「ふむ」
早さが重要だと一言で伝えようとして昔の有名な文句が口に出た。言わなきゃよかったと後悔する。
有名武将に現代の娯楽作品で聞きかじった知識を披露するのは恥ずかしい。
「新九郎殿にも感謝申し上げまする。このお礼は必ず」
「なんの、良い経験をさせて頂いた」
紹運と原田新九郎の二人に対する戦後の利益誘導は何としても成さないといけないな。大友本国に掛け合って交渉することになるだろう。
一通り感謝やお互いの健闘を伝え終わると、少し離れたところで歓声が上がった。
「敵の大将が倒れていたのが見つかったのだろう」
紹運の言う通りだった。すぐに龍造寺隆信の遺体が運ばれてきた。
肥前の熊、九州三国のうち一つが落ちた瞬間だった。
隆信は輿に乗って指揮を取っていたらしい。
馬に乗っていれば違った結果になったかもしれないのに……だが隆信は体が大きいせいで馬に乗ると、馬が潰れたそうだ。
さもありなん。熊に例えられた通り、かなりの巨体だった。
最近になって輿に乗るようになったそうだが、輿の上から指揮を執る経験がまだ浅かったのかもしれないな。
筑紫にとっては運が良かったと言える。
大将を討ち取ったのだから近くには重臣も倒れているだろう。通常であれば陣幕を立てるなりして作法のもとで首実検を行うところだが……。
「紹運殿、原田殿、まだ日が沈むまで十分な時間がありまする。もうひと暴れする気は御座いませぬか?」
「城を取るか? 神速を尊ぶか、私は構わぬ」
「某も構いませぬ」
二人とも城を取れると思っている。断られたら単独でも城攻めに移るつもりだったが、これならば多方面を狙えるな。
「新五郎殿、勝尾城へ戻っていただけませぬか。そして草野殿と小田殿に城を取り返す好機だと伝えて、新五郎殿は草野殿と元の城を取り戻して頂きたく存じます。小田殿には急ぎこちらまで来るように、と」
新五郎殿が頷く。草野氏と小田氏の城は龍造寺に取られてまだ数か月だ。城主は簡単に逃げ出すはずだ。
抵抗するならば地元百姓から兵を募ればいいだけだ。
長年善政を敷いてきた二人ならば、すぐに兵が集まるはず。
集まった四人、島、弾正、宗仙、紹運が、それで? と目で問いかけてくる。
「手柄を立てる準備はよろしいな。周辺の城をことごとく落とすぞ」




