第102話 反攻に転じる
1571年5月 勝尾城 葛籠砦 筑紫俊介広門
勝尾城の支城の一つ、葛籠砦は平野を見渡しやすい山の中腹にある砦だ。ここの物見台に登って敵陣の様子を観察してもう半刻も経過した。
龍造寺の軍は非常に混乱している様子で、慌ただしく陣払いを始めているように見えた。
「五郎太、どう思う? 俺には慌てて陣払いをしているようにしか見えぬが」
「俺もそう見えますね」
目がいい五郎太も同じように見えるか。
陣払い、つまりは撤退の準備だ。
普通、敵の目の前で撤退するならば夕方か夜に行われる。敵が追撃しにくく、いざとなれば夜の暗闇にまぎれてバラバラに逃げてしまえるからだ。
昼間から不利な撤退をすることはまずない。
罠の可能性はあるだろうか。罠であれば昼間撤退はあり得る。
鍋島の姿がずっと見えないのも気になっていた。
だけど……罠には見えないよなぁ。焼け出された兵を回収してから起きた混乱だ。タイミングが良すぎる。
あまりにも混乱が酷いものだから、もしや火責めで焼いた敵の中に龍造寺本人がいたんじゃないかと思いもした。だが龍造寺の本陣が動いた様子は無い。
素直に動きを読むならば被害の大きさにビビった国衆たちが勝手に撤退を始めて、龍造寺はそれを止められなかった。止められないならばせめて一緒に撤退しようと、慌てて龍造寺も陣払いを始めた。そういう動きに見える。
夜に自分たちだけ退却するよりは、昼間だろうが全員一緒に動いた方が被害が少ないと判断したのだろう。場合によっては英断だったかもしれないな。
これだけ素早く撤退を始められると、万全の状態で追撃することが難しくなる。
こちらが兵力差に押されて守りのために全兵力を割いていたら、その通りに悠々と撤退されていただろう。
だが今回は追撃を前提とした作戦を立てていたのだ。
逃がしはしない。
弾正率いる騎馬千と勝尾城で待機させていた予備兵三百が追撃部隊の中心だ。
相手はまだ五千から六千は残っており、一見すると危険に思えるかもしれない。だが見た目の数だけだ。
国衆らは完全に戦意が無くなっている。勝手に昼間から逃げ出すくらいだから、急に戦意が回復して命をかけて戦おうとはならない。
俺は別に国衆を殺戮したいわけじゃない。こちらが逃げる敵を追わない動きを見せれば、国衆らは察してバラバラに逃げるはずだ。
まともに戦えるのは龍造寺の兵二、三千程度と見た。戦意も低いだろう。
実態をまとめると追撃戦は
龍造寺 二、三千(うち騎馬千以下)
VS
筑紫原田 千五百(うち騎馬千)
兵数差はあるが弾正率いる騎馬は撤退しているところに奇襲となるし、それを歩兵で追えば挟み込む形になる。
ほぼ作戦通りで勝てると思うがもう一押し欲しいな。
欲を言えば圧勝したいのだ。
龍造寺本体の数と編成が未知数であることが、どこまで無理をすべきか判断を難しくしていた。
いくらか焼いて数は減っていると思う。旗の数も減っているし。
数里離れたところで様子を窺っていた紹運が積極的に助太刀してくれれば助かるのだが、まだ良い返事は貰えていない。
昨日まで苦戦しているように見せていたのだから当たり前か。情報漏洩を恐れて紹運には弾正たち伏兵のことも伝えていなかったしな。
今回の戦いはこちらの情報を隠し通して戦えた点が非常に良かった。
だが同じく相手の情報もほとんど得られなかった。これは間違いなく反省点だ。
草野氏の城が落ちて保護すれば、それで何か分かるだろうと高をくくり他力本願だったな。もし死ぬことがあるならば、このことが要因か。
自らを省みるには死んではならぬ。
だが死を恐れては勝てるものも勝てぬ。
酒の席で道雪が言っていたな。
難儀ではあるが将からすると面白い一面もあるのだろう、戦というものは。
「殿、龍造寺のやろう本当に撤退を始めましたぜ」
「伝令を出すぞ。狼煙を上げて弾正に合図を出せ。勝尾城に残っている筑紫の兵は全員出陣。城は博多からの兵に守らせる。それと島と宗仙を呼べ。それから今すぐ飯の準備だ。食わせたらすぐに出陣する。今日は長い一日になるぞ」
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残すところ十数話で二章完結予定です。
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