第100話 火
1571年5月 勝尾城 筑紫館 筑紫俊介広門
早朝から敵の攻撃が始まり、昼前には城門が破られた。
次々と敵が押し寄せる。
山の中腹から敵兵で埋まっていく城下を眺めていた。
城門の守備についていた宗仙の動きは完璧だった。
これが宝満城で義父と越前入道が率いる大友軍を、何年も跳ね返し続けた男の実力かと感心したものだ。
俺が危ないと思った瞬間に味方の増援が到着する場面が何度もあった。危険を素早く見抜いた宗仙が、助けの兵を既に向かわせていたのだ。
俺は何となく友人とスポーツ観戦に行った時を思い出した。
ボールがフィールドの真ん中にあってピンチには見えないのに、友人が危ないと叫ぶと相手のパスがどんどん繋がって、あっという間に誰が見ても分かるピンチになるのだ。
なぜ分かるかと聞いても
「いつも見ているからかなぁ」
と要領の得ない返事であった。
ボールを持つ選手が前を向いたとか、有力選手がフリーになる動きをしたとか、細かい理屈はあるのだろうがそれを瞬間的に総合して判断しているのだとは思う。
宗仙も必要なところに必要な分の兵を送り込むだけだと言っていた。
俺はそんなに早く必要だと分かる理由が知りたいのだが、見れば分かるようになると、にべもない返事しか返ってこなかった。
これは自分で考えなくては駄目そうだと、分からなければ戦の才がないのだと、そのつもりでよく観察を続けた。
上から観察しやすい戦場であったので運が良かった。後で思えば学びには最適な環境だったな。
じっくり二カ月近く戦場を眺め、勉強させてもらえた。
なるほど、観察を続けていれば見えてくる物があるのだ。
偏りが曲者だな。
城壁があって敵に攻城兵器がないならば、見るのは人だけでいいのだ。
敵も味方も均等に人数分けされていないし、戦いが続けば自然に人に偏りが出てくる。
この偏りが敵に起きると、指示を出さなくとも味方も自然に敵と人数を合わせるのだが、やはり全体が見えていないので見誤ることがある。
こういう所が崩れやすい。
加えて敵の動きのいい部隊が、こうした偏りを目ざとく見つけて突いてくる。
毎日見ていると兵数差が起こりやすい場所、動きの良い敵部隊、そうした所に気付くようになる。
さらに観察を続けると、偏りが起きそうな気配、敵部隊が動く気配も何となく分かるようになるのだ。
この場を守るだけならば俺にも出来そうだ、などと実際は違うのだろうが、そう思えるまでになった。
だが目的はただ守るだけではない。
梅雨に入り雨が降ると作戦が失敗してしまう。その前に敵を引き込まなくては。
十分な数の敵を罠にはめるには、適度に守って全力で攻めれば勝てると思わせる必要がある。そしてタイミングよくやられたふりをして兵を引かなければならない。
そんな難しいミッションだったんだが……宗仙は完璧にやってみせたな。少しずつ兵を減らし、敵の偏りを城門に寄せて破らせた。
島でも出来たかどうか。
敵は今、城下へ雪崩のように殺到していた。
偽装のおかげで壁に囲まれていることに気づいていない。
四千人くらいは城門を破って入ってきたかな。総構えだから中のスペースは十分にある。
この勢いならあと二、三千人は入る勢いだ。俺も見た目で数千人規模の人数が分かるようになってきた。
先ほどから銭だー、という敵の声が時おり聞こえてくる。実は適当に銭を城下にバラまいてあった。敵兵の間では銭の取り合いも起きているようだ。
始める前はどこまで有効か分からなかったが、どうやら敵を引き込むのに役立っているようで何よりだ。
予め宅之丞に命じて、筑紫がたらふく儲けていて銭が山ほどあると、佐嘉商人に噂を流していた。
そろそろ頃合いか。
十分に敵を引き込んだ。
少し時間がたって、敵兵の半分ほどが城門を超えたのを見届けてそう判断した。
龍造寺の重臣がどこにいるか分かればそこを目掛けるのだが、想像よりも敵兵がひしめき合う事態になり見つけ出すのが難しい。
当初の予定通り、投石機は火矢が届かない城下のど真ん中を狙わせる。
兵に命じて投石機を隠していた木の枝を全て取り除かせた。
鼓動が高鳴る。
刀を持って敵と向き合う緊張感とは違った。嫌な気持ち悪さを感じる。
初めて生きた魚をさばいたような、生理的嫌悪と罪悪感が混ざった、そんな気持ち悪さだ。
自分の努力と才能が測られることに対する緊張感も少し混じっていた。研修医や新人の医者が初めて執刀する時はこんな気持ちだろうか。
今回の戦は自分の器を測るための試金石でもある。
俺は戦国学校の試験で何番目かな。
「合図をだせ」
命令すると直ぐに、ホラ貝の音が山々に響き渡った。それでも敵の動きは止まらない。
次に陣太鼓の音が空気を震わせる。
味方を鼓舞し敵を怯ませる、古今東西で使われた原始的な楽器は、戦国時代でも極一般的な道具だ。
今回はいつもの何倍も数を用意していて、重低音が腹に響く。
何か様子がおかしいと思ったのだろう。敵の足が止まった。
再びホラ貝の音が戦陣の隅々まで染み渡ると、大量の筑紫の旗が山の中から現れた。
そういえば古代だとホラ貝じゃなくて牛の角を使っていたな。何でホラ貝に変わったのだろう。音の大きさかな。
変な事に疑問を感じる余裕が出てきたと自覚する。陣太鼓の音が戦に必要な精神に導いてくれたようだ。
そんな風に感じながら城下を観察した。
筑紫の旗が立ち、囲まれたと思った敵の足は完全に止まっていた。
これで狙いやすくなった。最初の一撃は俺の役目だ。
「留め金を外せ」
兵によって力を抑え込んでいたストッパーが外され、投石機の太腕が素早く回った。
ブォン。
仕掛けられていた瓶が飛んで行く。中には油が入っており、瓶の口には火がついた布が巻かれてあった。
「次のホラ貝を鳴らせ、それと次点の投石の用意だ」
瓶が青い空を綺麗に放物線を描いていた。風は強くなかった。練習通りの放物線だ。
そして投石機で飛ばされた瓶は狙い通りの場所に落ちた。
油を染み込ませた薪積み場から炎が上がる。それを合図に山に隠していた他の七つの投石機が同じように油瓶を飛ばし始めた。
狙いはそれぞれに任せている。確率は低いが敵の将が見えたならば狙うように命じてある。
再度ホラ貝が鳴り響くと、次は火矢が飛んで行った。
城下のあちこちに気づかれにくい様に油が撒いてあり、火が付いていく。
炎はあっという間に広がり、敵の混乱は大きくなっていった。




