第160話:ぐえぇー……
ウニリィが照れてマグニヴェラーレから逃げ出してつかまったり、二人並んで庭で夜空の星を眺めて良い雰囲気をだしたりしてとゆっくり屋敷に戻ると、屋敷の前には使用人たちが待ち構えていた。
「何してるんですかウニリィさん、早く早く!」
「あっ、はい。えっと?」
そうウニリィを呼んだのは、ミドー公爵夫人がウニリィのためにと滞在中につけた侍女であった。
一般のメイドとは異なり、侍女は上級の使用人である。夜会などの衣装の選定をサポートしたりするのは、当然ファッションについての知識が必要であり、あるいは主人の社交に付き従ったりすることもあるのだ。
平民にできる仕事ではない。つまり貴族令嬢が行う仕事であり、公爵家の侍女ともなればその家格は伯爵令嬢くらいざらである。
「今日は王家主催の祝賀会ですよ!」
「まだ夜も明けてませんよ!?」
侍女はウニリィの腕を掴んで、顔をじっと見つめる。
つまり、男爵令嬢のウニリィより彼女の方が地位が高いのだ。こういった行為は無礼でもなんでもなかった。
「ほら、お外出てるから顔に土埃がついちゃってるじゃないですか」
「お風呂の用意を!」
「お湯を沸かして!」
「薔薇の香油を!」
メイドたちは口々にそう叫びながらウニリィの背を押していく。
「はい行きますよー。若様失礼します!」
ともあれウニリィは侍女やメイドたちに手を取られて、どなどな風呂場へと連れて行かれた。
「うん。また後で……」
マグニヴェラーレはぽつんと玄関先に取り残される。
「さ、若様もご準備を」
そして笑みを浮かべた男性使用人たちに連れて行かれたのだった。
祝勝会は午後からである。だが女性の準備はとかく時間のかかるものだ。これが普通の男爵一家であれば、会場の隅でお酒と食事でも摘んでいればいいのだから、そこまで気合いを入れて準備する必要はない。
だがウニリィは公爵令息にエスコートされて出席すること、そして何より本日の主役であるジョーシュトラウム卿の妹なのだ。注目されるのは当然だし、であれば準備に時間がかかるのも当然である。
「はい、お嬢様、おみ足を失礼します」
「ぴぇー」
風呂場では全身くまなく磨かれ……。
「ぐー……」
「お食事はこちらに」
「……これだけ」
食事はほんのちょっとだけしか出されない。
「ドレスを着ますから」
「ぐー……」
なんといっても、今日はがっつりコルセットなのである。
「はい、息を吐いてください」
「ぐぇー」
ウニリィは元々平民であるので、コルセットになれておらず、そこまでキツく締め上げないようにという配慮がなされていた。
ウニリィの健康的な美を生かすという、マダム・ミレイの戦略でもある。
だが、ウニリィはここ数日スライムの飼育の負担が減っている。その上で公爵家でおいしい食事やお菓子が供される。
ぶっちゃけちょぴっと乙女の秘密が増加していた。つまり、コルセットは以前よりきつく絞られたことになる。
「ぐえぇー……」
昼前にサディアー夫人もミドー公爵邸に訪れた。
「ごきげんよう。コストンカワのお庭に招かれるとは、人生なにがおきるかわかりませんね」
そんなことを言いながら。
公爵邸に隣接するコストンカワの庭園は王族や上位貴族、あるいは国外の要人が招かれるような社交場である。
夫人がここに来るのははじめてであった。
「こんにちは、夫人」
「ごきげんよう」
衣装に着替えたウニリィとクレーザーが彼女を出迎える。クレーザーは彼女をエスコートして祝賀会に向かうのだ。
「まあまあ、お二人とも素敵ですわ」
「ふふ、ありがとうございます」
うにょん。
「……そこにスライムさんがいるとは、もっと思いませんでしたけどね」
サディアー夫人は緑色のスライムを見て笑ったのだった。
「村のスライムたちは元気ですか?」
「ええ」
夫人を出迎えたついでにウニリィたちはスライムに声をかける。
「それじゃあ今日はお出かけしてくるからね」
「うむ、いってくるよ」
うにょん。
「いい子にしてるのよ」
ふるり。
スライムは頷くようにゆっくりと身を揺らした。
「……返事だけはいいのよね。じゃあ行ってきます」
スライムはふるふると身を揺らす。ウニリィが背を向けたとき、1匹の小さなスライムがウニリィのドレスのスカートにもぞもぞと潜り込んでいった。
ウィンドエレメントスライム将軍は、体の一部を分離させておいたのだ。
ふにょん。
自分はいい子なので、ウニリィについていったりしない。スライムは思う。
自分が動くと騒ぎになることは学んでいるのだ。具体的にいうと扉に挟まったりするので。
ふにょん。
そして、自分はいい子なので、当然主人であるウニリィについていき見守らなくてはならないのだ。
水のスライムのように、全身を小さくできるわけではないから、ウニリィについていったスライム一匹に護衛ができるわけでもないとはわかっているが、それでもそうするのが良い従魔というものだ。
スライムは満足そうに身を揺すって庭へと戻っていった。







