第161話:ふるふる、のそのそ。
ふるふる。
緑色の小さいスライムはやる気に満ちていた。ウィンドエレメントスライムたちの、いやカカオ家のスライムたちを代表して自分がウニリィについていくのだと。
カツカツ。
のそのそ。
ウニリィの踵が石畳を叩き、その後をスライムが追う。
むむむ、とスライムは困る。ウニリィは履きなれていないヒールの高い靴であり、歩くのは普段より遅い。慎重だ。
だが、スライムはそもそも足が遅い。その上、このスライムは小さいのだ。だんだんと離されていく。
ちらり、とスカートの裾がスライムの背を撫でる。……スライムには足も背もないが。
太陽の光がスライムの端っこにかかった。
「ん?」
「どうした?」
ウニリィは声をあげて後ろを見る。クレーザーが尋ねた。
「いや、ちょっと引っ掛けたような感覚が……」
「おいおい、やめてくれよ。まだ出かける前からドレス汚したりするのは」
「ひえぇ」
ウニリィとクレーザーは揃って身を震わせた。
今ウニリィが着ているドレスは宝飾品を抜きにしたドレス本体の価格だけで、一般的な平民の年収を軽く上回ってくるのだ。
つまり、平民であったカカオ家にとって去年の年収よりも高いドレスである。
それを知った時はぶっ倒れたものであった。もちろん汚しても別に弁償などという話になる訳ではないが、とにかく心臓に悪い。
のそのそ。
ウニリィが振り返って足元を見る前に、なんとかスライムはスカートの中に潜り込みなおした。
ふるり。
人間であれば、ふー、とでもため息をついているところだ。
歩いてはついていけないようだ、とスライムは理解する。ぬーんっと魔力を使う。バレないようにちょっとだけ。風の魔力でその体を浮かびあがらせたのだ。
そしてスカートの内側、膝裏あたりの布にぴとりと張り付いた。
「……うーん?」
ウニリィはぱさぱさとスカートを摘まんで揺する。
スライムはひしっとスカートを掴んで離れない。
「なんもついてないし破れたりもしていないぞ。大丈夫だ」
クレーザーがウニリィの背後に回って確認する。まあ、ここは庭だ。木の葉か何かが掠めたのだろうとウニリィは考えた。
「そう、良かった」
「ほら、急がないと」
クレーザーはウニリィの手をとって歩き出した。
ふるふる。
ふー、危ない危ない。スカートにはりつきながらスライムは思った。
……これがマーメイドラインのドレスだったらできなかった。
マーメイドラインはボディラインがぴったりと出ているもので、膝下だけがちょうど魚のヒレのように広がっているドレスのことである。
それであったらこうして隠れることはできなかったであろう。
幸いにもウニリィの着ているドレスは古典的なプリンセスラインのドレスである。クリノリンで腰から下がふわりと広がっているのだ。
スライムのくせにドレスの構造を理解しているのは謎である。魔獣研究者が知れば頭を抱えることであろう。スライムとしてはウニリィが話していたのを覚えているというだけだが、そもそもそんな知力はスライムにないと思われているのだ。
「おお、ウニリィさ……」
ウニリィが屋敷に戻ると、彼女に声をかけようとしたマグニヴェラーレが固まった。
「なんということ……!」
そして涙を流し始めた。
「ど、どうしたんですかヴェラーレさん!」
思わずウニリィは駆け寄ろ……うとしてドレス姿なのでゆっくり近づいていく。
「いえ貴女があまりにも美しく感動していました」
「そんな……マグニヴェラーレさんの方が素敵ですよ?」
ウニリィの言う通り、社交用の華やかなスーツに身を包んだマグニヴェラーレは客観的に言って非常に似合っているし、美形であろう。ウニリィの気合の入ったドレス姿ももちろん素晴らしいのだが。
「だいたい、ドレス姿なら以前も見ていますよね?」
「いえ、ウニリィさんがクレーザー殿の手をとってこちらに向かってくるのを見て、まるでバージンロードの花嫁のようであるかと」
結婚式のバージンロードは父が娘の手をとって新郎に届けるのである。
クレーザーがウニリィの手をとったのは単に転びそうで不安だったからであるが、コストンカワの美しい庭園でドレス姿の少女が父に手をとられて向かってくるのは確かに絵になる光景であった。
ウニリィは赤面する。
「ちぃ兄様、気が早すぎませんか? お義姉様、良くお似合いですよ」
リンギェに呆れられもする。
「マグニヴェラーレ殿はウニリィ嬢相手だと面白くなられますよね。ウニリィさん、素敵ですよ」
リンギェの横にはサレキッシモがいて、うんうんと頷いていた。
彼もしっかりと礼服を着ていて、こうしているとしっかり貴族令息に見えるのだった。
「まー、ウニリィさん素敵よ!」
「うむ、ウニリィ嬢もクレーザー殿も似合っておいでだ」
公爵夫妻や長男夫妻も出てきて、ウニリィたちを褒めたたえ、そしてそれぞれの馬車に乗って、いよいよ祝賀会へと向かうのであった。







