まだ諦めない
「——あれ、雪?さっき会ったばかりなのにもう会いに来るなんて」
目を開けると、またもやあの白い部屋だった。
部屋の主である女は何故か少し驚いたような反応をしている。
“……アナタが呼んだんでしょ?”
「ううん、呼んでないよ。言い忘れてたけど一度ボクと繋がりを持った命は、ボクが招かなくてもこの部屋に来ることはできるんだよ。まさに今の君みたいにね」
リーベが帰ってきた後、あの家をこっそりと出ていった。
今、自分の体は村の外にある状態になっているはずだ。
会いたいと念じて肉体の意識を閉じれば自分から会いに来れる。
この部屋に来れたのは自分が面会を希望したからだと言いたいらしい。
「でも少し驚いたよ。さっきは酷く落ちこんでいたようだからもう少し時間が必要だと思ってたんだけど——意外と立ち直りが早いみたいでよかった」
皮肉かのような物言いだが、多分悪意はない。
きっとこの女にしてみれば、ただ感想を口にしただけなのだ。
"……ねえ。色々、聞いてもいいの?"
「うん、いいよ。そのつもりだったしね」
初めてする"会話"に少し緊張する。
……さっきのように取り乱すのはやめよう。
まずは確認したいことを質問することにした。
"まず……ここはどこなの?"
今のところ、この女が自分に何をやらせようとしてるのかすらわからないのだ。
とにかく状況をもっと理解しないと。
「うーん……ボクも知らない」
"——は?"
しかしその答えはあまりに予想外で素っ頓狂なものだった。
"ふ、ふざ——"
「からかったわけじゃないよ。ここがどこか、というのはボクも本当に知らないんだ。まあ、生命がいた場所とは完全に切り離されている空間——それが答えられる精一杯かな」
なんだ、それは。そんなの答える気がないと言ってるのと同じじゃないか。
「君が興味あるのはこんな殺風景な場所についてなのかい? もっと他に聞きたいことがあると思っていたけど」
……出鼻をくじいてきたのはそっちのくせに。
"じゃあ……花っていうのは?"
「これのことだよ」
女はそう言ってテーブルに置かれた物を指した。
最初にも見せられた浅鉢だ。光る球体がついた妙な植物。
「簡単に言えば、この"花"が君達の世界だよ」
"え……?"
「これらはボクが管理している"花"だ。で、この右端に置いた"花"……雪、これが君が元いた世界だ」
——世界? この植物みたいなのが……テツロウと暮らしてた場所、なの?
「そして——これが本題だね」
今度は真ん中に置かれた鉢を手に取った。
自分をあの場所へ飛ばす直前に見せてきた物だ。
他の黄色く発光している球体と違い、その一つだけが妙に黒ずんでいた。
"もしかして、この植物って……"
「そう。実際に行って、体験したよね?」
……信じられない、という気持ちと同時に納得もしてしまった。
自分がいた場所とは文字通り丸ごと世界が違うというなら……怖い目にばかり遭うのも当然だったかもしれない。
"……どうしてこれだけが黒いの?"
まるで黒カビがびっしりと覆っているかのようだ。
同じ物が五つも並んでいる分、これ一つだけ明らかに異質ではあった。
「一言で言えば腐りかけているんだよ」
"腐りかけ?"
「"花"が元気に育つには適した栄養と環境があればいい。でもね、"花"の健康を害する病原というのが不定期に現れる」
——病原。それはもしかして、あの魔族のことを言っている?
「病原が起こす病はその時によって様々だ。でも共通しているのは……放っておけば"花"は腐敗によって完全に死ぬってこと」
——それは、つまり。
“あの世界が……死ぬ? あそこで生きてる人達も……みんな死ぬってこと?”
「もちろん。そして死んでしまった“花”はボクにもどうしようもない。残念だけどそうなれば廃棄するしかなくなるね」
“……捨てるってこと?”
「そうだよ?」
当然でしょとばかりに迷いなく肯定する。
「そしてこの腐敗具合から見て、もう余裕がない。だからこの"花"にとっては君が最後の機会になるだろうね」
"……つまり、アナタが言いたいのは——"
「ボクの意図はもう伝わったんじゃないかな。君にこの子を助けてほしいんだよ、雪」
……あまりにメチャクチャだ。
君が頑張らないとみんな死んじゃうよ? とこの女は言っている。
一匹のちっぽけな犬に背負わせる内容とはとても思えない。
だけど——とヴェルメのことを思い浮かべる。
あの女の子に死んでほしくない。ひどい目に合ってほしくない。
その感情にはっきりと理由を持てているわけではない。
どうしてと聞かれても自分にも答えることはできないだろう。
それでも大切なものを失い、生きる希望を失くしていた自分にとってこの感情の源泉は自分を立ち直らせる最後の拠り所かもしれない。
——この女のためになんて絶対にイヤだ。
世界がって言われてもよくわからない。
でもあの子が危ないのなら——あの子を守る力が自分にあるのなら。
“何をすればいいのか、教えて”
◇◇◇
日が少しずつ昇りだし、夜明けになろうという時分。
支度はできた。後は家の外で妹が出てくるのを待つだけ。
「……ずいぶんお世話になったな」
思い出を振り返るように村を見回した。
元々、姉妹はこの村の人間ではなかった。
それでも自分達を受け入れてくれた優しい村の人達。
二人にとって確かにこの村は居心地のいい場所だった。
それだけに追放というカタチで村を去らなければならないことに未練はある。
仕方のないことなんだと受け止めてはいる。
ただ、それでもやはり胸につかえる辛さが消えることはなかった。
「しっかりして、リーベ。今はこれからのことを考えなくちゃっ」
自分にのしかかる重りを振り払うように頭を振っていると家の扉が開き、ヴェルメが出てきた。
「ヴェルメ、用意はできた? もう出発はできそう?」
「あ、うん……荷物は全然ないから」
そう答えるヴェルメは辺りをキョロキョロとし、どこか落ち着かない。
「おねえちゃん。あの子、見なかった?」
「え? あ……」
あの獣のことだと気づく。言われてみて少し前から姿を見ていないことを思い出した。
外でヴェルメを待っていた時点で、すでにいなくなっていたのだ。
「私も見てないわ。もう、どこかに行ってしまったのかも……」
「そう……なんだ」
ヴェルメは悲しそうに俯いている。
「ヴェルメ——あの獣、やっぱり……あの時の魔物、なの?」
そう問うと、ヴェルメは躊躇いがちに頷いた。
「でもね、おねえちゃん。あの子、悪い子じゃないの——ホントだよっ? ずっと……ずっと、泣いてばかりだった」
必死に訴える妹を優しく受け入れる。
「わかってるわ。あ、いや——全然わかってないけど……あなたがそう言うんだもの。きっと本当にそうなんだと思う」
気休めではなく妹を信用している上での言葉。
少なくともあの獣が人を脅かす為に生み出された魔族の手先という、通常の理解に当てはまるような存在でないことは感じていた。
「お別れ、言いそびれちゃった……」
ヴェルメは寂しそうにポツリと呟いた。
その時、二人の名前を呼ぶ声が聞こえる。
見るとアーダとクルトが走って近づいてきていた。
「アーダおばさん! クルトおじさんも……」
「二人とも、行くんだな……」
「うん。夜明けまでに出てくって約束したから……もう行かないと」
「ヴェルメ、リーベ……ごめんね。何もしてやれなくて……っ 結局私達も、あんた達を見捨てることを選んじまったっ」
涙ながらに謝るアーダの言葉をリーベは否定した。
「それを口にするのはここで最後にして、おばさん。私は見捨てられたなんて思ってない。私達はみんなを巻きこまないために出て行くだけ。だから負い目なんて感じる必要ないの」
「お前は、強いな……お前を見てると自分達が情けなく感じるよ」
リーベの言葉にクルトは心苦しそうに答えた。
三人の会話が止まったのを見て、ヴェルメが前に出て最後の別れを告げる。
「アーダおばさん、クルトおじさん。私たち、もう行きます。この村で一番親切にしてくれた二人のこと、ずっと忘れません。だから、どうか元気でいてください」
ヴェルメは頭を深く下げ、二人に感謝を伝えた。
「今まで——本当にありがとうございましたっ」
「っ……!」
アーダは別れを惜しむようにヴェルメの小さな体を強く抱きしめた。
「無事でいて……言えた義理じゃないのはわかってるけど……それでも、どうかお願い……お願いだからどうか——どうか無事でっ」
ヴェルメも負けじと小さい体で力いっぱい抱きしめた。
◇◇
"あの世界を苦しめてる原因は、あのマモノやマゾクだってことでいいの?"
「うん。娯楽で人間を殺す魔族……そして、それらを動かす魔王が今回の病原体。——つまり今後の君の敵だ、雪」
魔王——それがあの世界が死にかけている原因。
魔族を配下とし、人類の生存を脅かしている存在だと女は話す。
“魔族と…………魔王”
「つまりこの"花"は人と魔の戦争後の時代。人類が魔に負けて希望を失ってしまった世界なんだよ。魔の支配を解けるかどうかが、"花"の生存に繋がるだろうね」
色々と語られたうちの半分も理解できたか自信がなかったが、少なくとも自分がやるべき事は理解できた……と思う。
“つまりその魔王を……止めればいいんだよね”
「うん。ボクが君に求める結果はそれだ。改めて聞くよ————」
そう言うと座っていた女は椅子から立ち上がり、問いかける。
「この“花”を救ってくれるかい、雪?」
答えはもう決まっていた。
◇◇
——あの部屋から覚め、外で彼女達を待っていると村から出てきたヴェルメが声を上げる。
「お、おねえちゃんっ!」
「どうしたの、ヴェルメ? ——あっ」
二人がこっちに気がついた。
ヴェルメが駆け寄ってきたため、リーベも後に続く。
「また会えて、よかったっ ……私たちね、村を出て行くことになったの。だから、あなたにもお別れを言いたくて」
語りかけるヴェルメの言葉をじっと聞く。
「私やおねえちゃん——村のみんなを守ってくれて、本当にありがとう。私たち、行くから……あなたも元気でいてね」
そう伝えてヴェルメは離れていく。
しかしその後を追いすがり、ヴェルメの服の袖を口でくわえて引っ張った。
「きゃっ ど、どうしたの……?」
不意の行動に目を丸くしている。
ヴェルメの袖を放し、彼女の周りをくるりと一周した後、一吠えした。
「え、と……え……?」
困惑しているヴェルメの代わりにリーベが尋ねてくる。
「もしかして……一緒に行きたい、の?」
"うん。一緒に行かせて"
肯定の意思を見せるために小さく吠える。
姉妹は互いの顔をしばらく見合わせた後、ヴェルメが改めて確認をしてくる。
「来てくれる……の?」
——君を、守りたいから。
声にはしない。ただヴェルメの体に自分の頭を軽くこすりつける。
直接、言葉を届けられない自分にはこれが精一杯の親愛の証だった。
ヴェルメは泣きながら力いっぱい抱きしめてくれた。
泣いているせいで言葉が出せなくてもそれが彼女にとっての精一杯の感謝であるのが伝わってきた。
「ありがとう……本当にっ」
ヴェルメに代わってリーベが礼を言う。
「……ただ正直、私にはこの子のことをヴェルメほど真っ直ぐ受け入れるのは難しいわ。この子が何者で、どこから来たのか何一つわからないし」
「おねえちゃん——」
「でも……ヴェルメを守ってくれたのは確かなのよね。打算的に見ちゃうけど、この子の力があれば魔族の手からあなたを守れるかもしれない」
リーベは冷静だった。感情だけでなく自分達に利があるかをちゃんと分析している。
「それに……あなたも魔族に目をつけられてたものね。一人よりはいいって、あなたも思ってくれる?」
この世界に来て、ヴェルメ以外の人間に初めて撫でられた。
細い指が触れる感触は柔らかく、ひんやりとして心地がいい。
「……わ、思ったよりふかふかしてて気持ちいい」
リーベの感想にヴェルメが、でしょ? と返す。
悲しい雰囲気が少し温かくなったのを感じた。
「すごく心強いわ。改めて、本当にありがとう——私はリーベ。よろしくね」
こうして二人の姉妹と、未来の見えない旅を一緒に歩むことになった。
「これから、どうなるのかな……おねえちゃん」
「わからない……でも私は諦めないからね、ヴェルメ。たとえ勇者様がいなくなって人類から希望が失われていても——」
「でも私のせいで、そんな——」
「言わないで、ヴェルメ。……私は諦めない。あなたを守るためなら絶対に膝を折ってなんてやらないんだからっ」
……どうしてこうなっちゃったんだろう。
アナタがいない世界が、すごく怖いよ……テツロウ。
でも、もう帰れないんだとしても……今はまだ————……
* * *
雪やヴェルメがいる村より北に遠く離れた地に一つの国があり、国のちょうど真ん中には王の住まう為の宮殿が建てられている。
その権威を示すように一目でそれとわかる大きさと建築様式で、他の立ち並ぶ家々とは一線を画していた。
しかしその立派な建物に見合わないほど人の気配がない。
夜中とはいえ灯った明かりがまったくなく、忙しく動き回る使用人の姿も見回りをする兵士の姿も、侍従も王もその一族の姿も一切そこにはなかった。
もはや誰に誇ることもできない無人と化した豪奢な住まい。
しかし在るべき主がおらずその役割を失っている玉座に一人の男が座っている。
男はあぐらをかいた姿勢で玉座に座り、じっと近くの床を眺めている。
その視線の先には人間の少女が倒れていた。
仰向けに倒れたその少女は目を見開き、息絶えている。
目から涙が流れた跡があり、最期の瞬間まで恐怖を感じていたであろうことがよくわかる表情をしていた。
そして奇妙なことに——何故かその死体には影がなかった。
その時、誰かが入り口から玉座の男に向かって歩いてくる。
「失礼致します、シャトゥン様」
軽く一礼し、玉座の男に話しかける長身の男。
その側頭部には2本の角が生えている。
「お食事中でしたか。申し訳ありません」
転がった死体を一瞥し、長身の男が口にする。
「構わないよ、ネスト。食事はもう終わってる。そもそも食べてる姿を見られて恥ずかしいなんて別に思わないし。特別美味しいものでもなかったから邪魔された気分にもならないよ」
「ではこの躯は魔物に喰らわせておきます」
「悪いねぇ。よろしく」
手をひらひらとさせながら笑顔で口にする。
ネストと呼ばれた長身の男の静かで丁寧な振る舞いとは対照的に、玉座の男——シャトゥンは明るく軽薄な態度をとる。
青年ほどの見た目をしたソレは長身の男と同じく頭部に角を持ち、その瞳は影のように深く暗い。
目を見る者をその闇に引きずりこむかのような普通の人間には持ち得ない言い知れぬ不気味さがあった。
「それで、どう? ペンダントは見つかりそうかな?」
「申し訳ありません。南端のグリューン国を担当しているアンデルから報告をさせてはいますが、例のペンダントを持つ子どもとやらについては……未だ何の音沙汰もなく」
「んー、そっか。まあ、そう簡単に見つからないかぁ。このままじゃボク、魔王様のお怒りが怖いなぁ」
言葉と真逆にシャトゥンは愉快そうに笑いながら話す。
「……あの二人に任せたのは失敗だったでしょうか」
「アンデルはボクに似て遊び癖があるからねぇ。今頃はペンダントなんて忘れて人間で遊んでるかも。でも反面、エストは真面目だから彼はちゃんと仕事するでしょ。その結果、見つからないならしょうがないんじゃない?」
「は……しかし——」
言いかけるとシャトゥンの影から小さな何かが浮かび上がってきた。
「……シャトゥン様、それは?」
影から浮かんできたのは一つの目玉だった。
シャトゥンが指を手前にくい、と動かすとその小さな物体は引っ張られるように手元に移動する。
「まさかその目玉——エスト……!?」
「おやおや、これはまあ——ずいぶん可愛らしくなって戻ってきたねぇ、エスト」
従者は驚愕し、主は楽しそうに笑みをこぼす。
ペンダントの捜索をしていたはずの同胞が直接の報告もなく、自分の肉体の一部のみを送りつけてくる。
それが死の間際に送ったメッセージであると考えるのは容易だった。
「殺されたというのですか……エストが? 一体誰に!?」
「さあ? それは——本人に直接聞いてみようじゃないか」
そう口にするとシャトゥンは目玉を口に放り入れ、飲みこんだ。
するとシャトゥンの目にはその目玉の持ち主が見て、体験した全ての光景が映し出された。
「——ふッ、ふふふ、あはははははっ!」
その光景を見終えたシャトゥンは手をパンパンと叩きながら大笑いをする。
「本当に!? なんだい、これ! 羨ましいなぁ——すごい体験をしたね、エスト!」
シャトゥンは愉快でたまらないといった様子で子どものようにはしゃいでいる。
「シャトゥン様、一体……」
「ああ。オマエにも共有しておくよ、ネスト。どうやらエストは単独でペンダントを捜索している最中に思いもよらぬ事に当たったらしい。なんと魔族を襲うマモノ、だ」
「バカな……魔物に魔族を殺すことなど——いや、それ以前に魔物が我らに歯向かうなどありえませぬ」
「だから思いもよらぬ事、さ。一体なんなんだろうねぇ、この魔物は? ボク達、魔族が生みだせるようなモノじゃないように見えるけどなぁ」
「……シャトゥン様、いかがなさいますか?」
「一応、魔王様の命令だし……なにより、頑張ってエストが見つけてくれたんだ。彼の功労を無駄にするのは可哀想だろう。せっかくだしボク達も人間を見習って同胞の仇を討とうじゃないか」
魔族に“仇を取る”などという感覚はない。
そんなものは魔族から見れば人間の持つ性質の一つでしかない。
他者の為に感情を持つことのない魔族にとって“仇討ち”など無意味な言語の塊に過ぎない。
しかしシャトゥンは人間の理解できない部分こそが愉快で好きだと言い、こうやって無意味に人間の言葉を並べ立てる。
「ネスト、すまないがオマエもグリューン国に行ってくれないか。なにせエストを殺せるほどの相手だ。アンデルだけじゃ荷が重いかもしれないからね」
「……ご命令であれば。任務はペンダントの入手、そして謎の魔物の殺害、でよろしいのですね?」
「いいよ。できれば捕獲してほしいけど難しいだろうしね。本当はボクも行きたいんだけど……ここはここでそれなりに苦労して手に入れた国だしね。もうちょっと堪能していたいからさ」
「承知いたしました。ペンダントとその魔物の命、必ずや」
主の命を受け、男は王の間から姿を消した。
シャトゥンは嬉しそうに笑みを浮かべながら、かつての思いに馳せる。
「勇者達が死んで一年。人類自体もすっかり魔に敗北を認めてしまって——それはそれで愉快なんだけど、その分やっぱり張り合いというものがなかったからねぇ……今回の件は中々の朗報だ」
その時、すっかり忘れていた転がっている死体を見て、先にこれを片づけさせてから行かせればよかったと少し悔やんだ。
「——南端の国、グリューンか。部下をけしかけといてなんだけど、できれば謎の魔物クンには頑張ってほしいなぁ」
男は天井を仰ぎ、まだ見ぬその魔物に願う。
どうか——願わくば我が部下を容易く惨殺できるほど恐ろしい怪物であれ、と。
強者の存在はいつだって自分の好むところと男は考える。
たとえ人間でなくとも強大な精神と力を内に宿しているモノほど。
その魂は味わい深いものに違いないのだから。




