決意表明
ヴンダー達はリーベが捕らえられていた王族の寝室にいた。
外に出た直後にシュテルはなぜか登るよう指示してきたため宮殿の上まで跳ぶと、今度は二階に見えた大きな窓を指差して「このままぶち抜いて!」と言い出してきた。
彼女の言葉に戸惑いつつも、言われるままに突撃。
窓を破壊して転がりこんだその部屋のベッド下にはヴェルメが隠れており、驚いた様子で慌ててこちらに駆け寄ってきたところで今に至る。
「ヴンダー! みんな無事でよかった……!」
「うん、なんとかね。……あー、怖かった」
「助けてくれたんだな……シュテル」
へたりこむシュテルの横でアシュティンが起き上がる。
「アシュティンさん! 大丈夫……っ?」
「ああ。くっそ……気を失っちまうなんて、情けねえ……っ」
「気がついたのはよかったけどまだ動かないで、アシュティン。足のケガ、ひどいでしょ? まずは止血をしないと——」
「……心配ねえ。どうにかする」
そう言ってアシュティンはベッドのシーツを裂いた。
貫かれた足はかなりの出血をしている。
リーベがいない今、簡易的にでも応急処置は必要だろう。
「シュテル。リーベはどうだった?」
「見つけたよ。今は安全な所にいてもらってる。ただ状態はかなり良くないから急がないとだけど……」
安全な場所というのが気になったが、シュテルを信じて後に回すことにした。
「あの、シュテルさん……ここにいていいんでしょうか? シャトゥンは、ここに来るんじゃ……」
ヴェルメが不安そうに尋ねる。
確かにここは宮殿の二階。下に降りれば先ほどの戦場はすぐそこだ。
広大な宮殿内とはいえこんな所にいても奴からは隠れきれないだろう。
「……追ってきてる様子はなさそうだね。まあ私達がすぐに戻る気なのはわかってるだろうから」
腹立たしいけど今はその姿勢を利用しようとシュテルは提案した。
「ヴンダーも一度変化、解いていいよ。警戒しないわけじゃないけど、今なら少し休憩できると思うから」
それに窮屈でしょ? と付け加える。
……少し迷ったが狭いことには違いないので、ヴンダーは元の姿に戻ることにした。
「それで二人とも。どうだった?」
シュテルは災魔と直接矛を交えたアシュティン達の所感を訊ねた。
「……強かった。メチャクチャ強くて……こっちが遊ばれてたくらいだ。認めたくねえけど、圧倒的だった」
アシュティンは歯噛みし、悔しさを露わにしている。
ヴンダーとアシュティンがまだ生きているのは実力が拮抗していたからではない。
ただ奴の興味が殺す以外の方向に向いているから、少しもったいぶっていただけ。
その好奇心が満たされればあの魔族は飽きたオモチャのようにあっさりと始末するだろう。
「ちくしょう……兄貴達はどうやってあいつを倒したんだ」
"……確かにすごく強かった。でも、それだけじゃないんだ——アイツは何かおかしい。すごく……すごくヘンだっ"
上手く形にできないこの違和感をなんとか伝えようと、必死に唸りながら前足で小さく跳ねたりしてみた。
「ああ……言いたいことはわかるぜ、ヴンダー。シャトゥンは普通じゃねえ」
ヴンダーの意図を汲み取ったアシュティンが代弁する。
「普通じゃ、ない?」
「死なねえんだ。俺とヴンダーで何度も……何度殺しても、奴は何でもないみたいに復活しやがるんだ。手応えはあったはずなのに……っ」
殺したのに死なないという明らかな矛盾。
しかしアシュティンの言葉はまさしく体感通りのものだ。
仕留めたと実感できるほどの手応えが幾度もありながら、気づいた時には無傷の奴がどこかの影から現れる。
魔族の生命力が並外れているからとかそんな次元の話ではない。
まるで殺されたという事実を消したか、シャトゥンという怪物の予備が影の底で何百と隠れているかのようだ。
「死なない……不死身、ってことですか……?」
「……そうだね。しばらく観察してた私にもそんなふうに感じられたかな」
「って、お前見てたのか?」
「ごめん。アシュティンが気絶するより前にはあそこに来てたの。……シャトゥンを倒すことに繋がる何かを見つけられればって思って」
力押しだけで通じないのはヴンダーとアシュティンが実践済み。
なら他の勝ち筋をとギリギリまで探っていたらしい。
「そっか。……それで、どうだ。何かわかったか?」
「ん、と……確信できるようなものはわからなかった」
シュテルは腕をさすりながら申し訳なさそうにうつむいていたが、「でも」とすぐに顔を上げた。
「気になることなら……ある。憶測以上のものじゃないから自信は持てない、けど」
シュテルはそう言うが、この状況でその内容を聞かない理由はない。
全員が彼女の言葉に耳を傾ける。
「"もしかしたら"があるだけでも上等すぎるよ。……聞かせてくれ、シュテル」
アシュティンの後押しでシュテルも覚悟を固める。
「……わかった。時間もないしね。手短に私の考えを伝えた上で、あいつにどう挑むか話し合おう。……ヴェルメもしっかり聞いててね」
「は、はいっ」
「シャトゥンを倒してリーベを助ける。……あとこの国の人達も。だから全員で協力して、がんばろ」
* * *
「——おや、思ったより早かったね。もう準備はできたのかい?」
半壊した謁見の間。
ヴンダー達が一度撤退した後も影の災魔はその場から動くことなく、悠々と佇んでいた。
「私達がすぐ上に隠れてたの、わかってたんでしょ?」
「ははっ、あれって隠れてたの? そりゃあんな派手に窓をぶち壊す音がしたらボクでなくたって気づくよ」
「それでも俺達の方から戻ってくるのを動かず、のんびり待ってたわけだ。……わざわざ時間をくれてありがとよ」
「どういたしまして。ところで——さっきも思ったんだけど、一人足りないみたいだね? ペンダントのあの子はどこかに隠れてるのかな?」
言わずもがなヴェルメのことだろう。
「さあね。こっちの勝手でしょ?」
「フ、まあいないならどうでもいいかな。ボクとしても水を差されたくはないしね」
"……?"
ヴンダーは何か、わずかな違和感を感じた。
これまでのシャトゥンの態度とは少し違っているような。
"ヴェルメを嫌がってる……?"
……些細なことか。
どのみち彼女の居所を訊かれたところで、こちらにまともに答える気はない。
「それで? 待った甲斐があるだけの策が出来たと思っていいのかな?」
「がっかりさせて悪いけど。策なんて立派なものを思いつけるような参謀は私達にはいなかったみたい」
「へえ、本当かい? 金色の瞳の魔法使い——君なら適役だと思ったんだけど」
そう言って漆黒の瞳がシュテルをじっと見据える。
「さっきの不意打ちは見事だったよ。対象を破壊するだけのシンプルな魔法のようだが、君はそれを好きな器物から放てるというわけだ。しかも複数同時に」
シュテルは答えない。
彼女の手元には先ほどと同じように、玉石が二つ浮遊している。
「ヴンダーの拘束を解いたのも、その辺の砕けた石片を使ったんだろう? フフ、まったく……器物を利用するどころじゃない。まさかボクが具象した影武器すら自分の魔法の砲台に変えてしまうなんて、ね」
クク、とシャトゥンは嬉しそうに語っている。
「まったく素晴らしい! 勇者一行であったクルクもそうだった。魔法使いは不意をつくことに長けているようだ」
シュテルは耳を貸さず。
二人にこれからすることの確認を行う。
「私はここから全力で援護する。前はあなた達にかかってるからね」
「ああ、わかってる。……今度は失敗しねえ」
ヴンダーも低く唸り、承知を伝える。
「——言いたいことが終わったなら始めていい? 急がないといけないの」
「もちろん。君達の出現に賛美を——そしてこの奪い合いの実現に感謝を!」
言葉の終わりと同時にヴンダーとアシュティンが駆ける。
両手を広げ、シャトゥンはそれを迎える。
三度の交錯が始まる————
* * *
「——まず最初に言っておくけど。あいつは不死身なんかじゃないよ」
先ほどヴェルメが口にした言葉を杞憂だと、シュテルは断言した。
「なんで、わかる?」
「わかんないよ」
「って、おいっ」
「でもさっきアシュティン、言ってたじゃない。勇者様達はシャトゥンに一度勝ったんでしょ? 本当に不死身ならそんな結果にはならないよ」
「で、でもそれは……勇者様たちだからできたことじゃ……」
「……かもね。だけどヴェルメ、あの人達も人間だよ」
「え?」
「勇者一行は偉大な人達だとは思うけど、神格化はするべきじゃない。あの人達もあくまで同じ人間——だから、かつて災魔を倒すことが出来たのも、人が持ちうる知と技を駆使した結果だって私は信じてる」
ヴェルメの弱気な発言にそうではないと、きっぱりと否定する。
「シュテルさん……」
「大体さ。不死身だの無敵だのなんて認めたら、それで話終わっちゃうでしょ? そんなどうしようもない結論の先駆けするなんてヤダよ」
少しおどけたような口調でシュテルはそう口にする。
「残念だけど何の根拠もあるわけじゃない。それでもあいつは倒す——倒せる。心を折らないために私達はそう思わなくちゃダメ。いい?」
……確かにそうかもしれない。
一度トマリ達に負けたことはシャトゥン自身が認めていたことだ。
完全に滅ぼせるかはともかく、少なくとも倒すことは可能であるはず。
「……わかった、気合は入れ直しておく。それで、どうする?」
一同が頷くのを見てからシュテルは改めて話を続ける。
「……シャトゥンを倒せるっていう前提は崩さないけど、それでも勇者一行と同じ方法でっていうのは多分無理だと思う」
それはそうだろう。
そもそも彼らがどうやって倒したかなど確かめようがない。
「私達は私達が持ちうる範囲でなんとかするしかない。で、こっちの手持ちであいつをなんとか出来る方法……思いつくのは————」
「! ぁ……」
ハッとしたようにヴェルメが首に下げたペンダントに目線を落とす。
トマリの力が宿ったペンダント。
あのペンダントの力はもう証明済みだ。
グリューン国では魔族の呪いを解き、マーギアではアシュティンの危機を救い、魔族に致命傷を負わせるに至った。
勇者達が取った方法がわからないとは言ったが、もしかしたら彼らもトマリの力をアテにしたからこそ勝てたのではないか?
確かにあの力であればシャトゥンを打倒できるかもしれない。
——でも、それは。
「いや、ダメだ。それは……無理だ」
まずアシュティンが否定する。ヴンダーも同じだった。
二の足を踏むのも当然だ。あのペンダントの力はヴェルメにしか発現できない。
あの力を頼ろうというのであれば、否が応でもヴェルメ自身をあの怪物の前に晒さなければいけなくなる。
……あまりに危険すぎる。
そうなった場合、ヴェルメを守れる保証などどこにもない。
あの怪物を倒せる可能性が見えるとしても、とても賛同できるものではなかった。
しかし。
「わ…わた、し……やります」
出来ないという空気を割ったのはヴェルメ自身だった。
「ヴ、ヴェルメっ!?」
「私……やる——やらせてくださいっ」
声と体が震えている。
しかしその目には決意の色がはっきりとあった。
「……いいんだね?」
「は……、はいっ」
「ち、ちょっと待て!」
アシュティンが慌ててストップをかける。
「おい、ヴェルメ! わかってんのか!? お前自身がシャトゥンに近づかなきゃならねえんだぞ!?」
「わ……わかってます」
「あいつと戦いになれば俺もヴンダーも、とてもお前を守る余裕なんてねえ! そのペンダントが有効かもってのは俺にだってわかるっ けどこんな作戦、無茶だ……!」
"……ヴェルメ"
ヴンダーがヴェルメを見つめながらくーん、と小さく鳴く。
言いたいことはアシュティンとまったく同じだった。
「……」
ヴェルメは一度だけ深呼吸をし、落ち着いた口調で答える。
「アシュティンさん、ヴンダー……心配してくれてありがとう。でも……お願いだから、やらせてください」
決意はそのままに。
少女の震えは止まっていた。
「"おねえちゃん"……あの人は私のおねえちゃんなんです。私のために苦しんで、死んでしまいそうなのは……誰よりも一緒にいてくれた私の……大事な」
一瞬わずかにうつむくが、すぐに顔を上げた。
「でしゃばりたいわけじゃ、ないんです。見栄を張りたいわけでもないです。ただ……やらなくちゃいけないことだって思うんです」
「ヴェルメ……」
「おねえちゃんを助けることですら一歩も動けないなら、きっと私はもうこの先……誰にどんなことが起きても、何もしないまま終わっちゃう」
そんなのは耐えられないとヴェルメは小さく、しかしはっきりと口にした。
アシュティンもヴンダーも黙ったままヴェルメを見る。
ここまでの覚悟を持った少女の言葉を無下にすることはできなかった。
「……ヴェルメ」
シュテルが最後の確認をするように問う。
「言ったからには私、遠慮なく甘えるからね? 取り消しはなしだよ?」
「っ! は、はいっ! いっぱい甘えてくだ、さい——!」
「……なんだそりゃ」
二人の変なやりとりに頭を抱えるアシュティン。
しかしそれと同時に腹を決めたようで、槍を握るその手に力が込められていく。
「……よし。やろうぜ、ヴンダー」
「——ワンッ!」
一行は影の災魔が待つ戦場に再び足を向けた。




