形影不離
ヴンダーが巨爪を振り下ろす。
シャトゥンはそれを躱し、持った手斧で頭部を狙う。
「!」
しかし間を割ったアシュティンが手斧の攻撃を防いだ。
「さっきの借りを返してやるぜ……!」
「アハハ! もう返してくれるのかいっ?」
スイッチする形でヴンダーが距離を取り、尾の黒棘を発射した。
「星よ、降り注いで——!」
更に後方からシュテルが魔法を発動させる。
縦横を飛び回る三つの玉石が主の合図に合わせて無数の流星を放つ。
追尾する黒棘と星の光弾が味方の攻めを援護し、敵の動きを妨害する。
「いい——ねッ!」
しかし魔族は尚も笑う。
アシュティンの槍を、八方から攻め立てる棘と光弾の雨をかわし、撃ち落とし、切り払う。
もっと高揚させろと玩具を欲しがる子供のようにせがむ。
「——ハ」
ニィ、と怪物が顔を歪める。
シュテルの後ろに置かれた調度品の影から三本の武器が出現し、背後から貫こうと襲いかかる。
「——!」
当然、自分が安全圏にいるなどと少女は考えない。
シュテルは振り向くことなく。
代わりに彼女が身につけたローブのフードから玉石が二つ飛び出すと、飛来する影武器を光弾で撃ち落とした。
それを見たシャトゥンは更に口もとを嬉しそうに歪める。
(攻撃に三つ。防御に二つ——どうにか、これで)
魔法を発動させる"出口"を複数作り、同時に操れるシュテルだからこそ可能な攻防の両立。
しかし。
(——やっぱりダメか)
魔力を絶え間なく行使しながらシュテルは内心で舌を打つ。
圧倒的な力の差。
残念ながら影から作り出した武器を飛ばすだけが能ではないらしい。
近接戦でもしっかり上回っている。
こちらの援護も含めて、ヴンダーとアシュティンの攻撃を軽々といなしてくる。
勝てる気がしない。
粘っても無駄な気しかしない。
魔法を一つ放つごとに嫌でもそんな感覚が全身を包む。
その上、最悪なのはこの男が未だ受け身でいることだ。
つまりまだ全然本気じゃない。
あいつはただこっちの攻めを待って、迎え撃っているだけ。
実感せざるをえないその事実が、気力を端からどんどん削り落としていく。
相手が全力を出した時、こっちがどんな惨状になっているかは正直考えたくもない。
(でも、別にいい——)
むしろ好都合だ。
こっちは真っ向の実力勝負をしたいわけじゃない。
一瞬だけ。
一回だけ付け入らせてくれれば、それで——
「ふ、ぅ……」
息を吐くのに合わせて汗が頬を流れ落ちる。
どうやっても落ち着かない心臓の早鐘がせめて身体を邪魔しないように、シュテルは頭の中で必死に虚勢を張る。
……せいぜい私達に対してワクワクしてろ。
最後バカにして笑うのはこっちだ——くそったれ。
* *
(——素晴らしい連携ぶりだ)
息もつかせぬ相手の攻撃にシャトゥンは素直に感服する。
特にシュテル——あの銀髪金眼の魔法使い。
間隙を突くように。こちらが反撃をする絶妙のタイミングで邪魔をしてくる。
実際、目の前の彼アシュティンを仕留められる四度の機会を全て潰された。
息がぴったりと言うより、彼女が息を合わせているが正しいだろう。
自分を守り、味方を助け、敵を害するを全て同時にそつなくこなす魔法使いか。
事前に示し合わせてきたというのもあるだろうが、なんともまあ器用で優秀なものだ。
ただ。
(彼女の見事さが光るだけに——どうも気になるなぁ)
三つの猛攻を捌きながら、シャトゥンは早くも違和感を感じていた。
(前をアシュティンとヴンダー、後ろで魔法使いが援護)
非常に合理的だ。それぞれの強みで連携をとるなら、自然とそういう形になるだろう。
(とは言え——それにしては、ねぇ?)
シャトゥンはヴンダーを見る。
前衛を一人と一匹とは言ったが、積極的に攻めているのはアシュティンだけだ。
ヴンダーはといえばシャトゥンから付かず離れずの位置を維持しながら、尾の棘を飛ばしている。
時折、隙を見て爪を振るってはくるものの、その役割は後衛のソレに近い。
より増したアシュティンの気迫ぶりは目を見張るものがあるが、それに比べてヴンダーの動きは妙に消極的に思える。
先の戦いでの苛烈さが鳴りを潜めたようだった。
(一体どうしたのかな、ヴンダー?)
魔法使い後衛への被害を防ぐ為の位置取りとも考えられるが、その役割をあの巨獣が担っているということの違和感。
(最大戦力は君だろう、ヴンダー? その君がそういう立ち回りをするってのは妙だよねぇ?)
普通であれば彼アシュティンとあの子ヴンダーの役割は逆で然るべきだ。
連携の定石に沿っておきながら、わざわざ最善の形からずらすのであれば、そこに特別な意図があるからだと……そう考えていいんだよね?
「クッ……、ハッハハ」
ワクワクするなぁ。何をしてくれるんだろう。
僕を滅ぼしきるほどの秘策は——さすがに期待しすぎかな。
* *
(——もっとだ。もっと攻める)
シャトゥンに距離を離されないよう前に、より前に出続ける。
無謀だ。すでに何度か死にかけている。
ヴンダーとシュテルのサポートがなければ、とうに命を落としているだろう。
そう理解しながらもアシュティンは止まらない。
この無謀さは必須だと。自分の役割を全うする為にひたすら槍を振い続ける。
止まるなと、ただ己に鞭を打つ。
多少のミスなら仲間がカバーしてくれるだろう。
だがその安心にあぐらをかく気は毛頭ない。
こちらの存在を無視はさせない。他に意識を割く余裕をわずかでも削ぐ。
捨て身にならなければこの相手には肉薄できない。
「——」
奴の意識がヴンダーに、シュテルに向けられる度にその視線を斧槍の刃先で遮る。
(こっちを見ろ——そうだ、まずは俺を見ろ!)
最初に殺すなら俺だ。それしか選択肢は与えない。
もとよりこの旅についてきたのはその為だ。
あいつらの盾になると決めてここまで来た。
自分の命を投げ捨てる気はない。
その代わり使い潰す。徹底的に酷使してやる。
俺の価値はそれでいい。
勇者のような輝かしい自分は望まない。
死にものぐるいで人の一助になり続ければ、それでいい——!
* *
アシュティン——
前衛として止まることなく、鬼気迫るほどの勢いで攻め続けている。
だけど無茶だ。あんな突進は死にに向かっているようなものだ。
シュテルがなんとか防いではいるものの、あのままではいずれ彼は倒れる。
『——アシュティンはきっと無茶をするね。あいつってば熱くなりすぎるとこあるから……』
ここに戻る直前、シュテルはため息混じりにそう言った。
アシュティンの性格を知るシュテルは彼が自己の犠牲を厭わないことを理解していたのだろう。
『でもアシュティンのそういう"勢い"はきっと必要になる。無茶をやめてなんて言う余裕は私達にはない』
だから、と——念を押すようにシュテルはヴンダーに伝えた。
『いい、ヴンダー? あなたの役目は単純。必要以上にヴェルメを意識しなくていい。シャトゥンに勘づかれたくないからね。アシュティンのことも含めて援護は私に任せて」
全員が無茶に臨まなければ勝機は得られない。
それによって生じるリスクは自分がなんとかすると、少女は決意と共に言い切った。
『あなたは程々に手を出しつつ——タイミングだけ見逃さないようにお願いね』
……タイミング。
出来るだろうか……いや、もう後戻りはできない。
アシュティンもシュテルも、ヴェルメさえも覚悟を決めているのだ。
自分だけ怖気づくなんてことは許されない。
やるしかないと——そう腹を括った刹那。
「やあ、ヴンダー」
いつの間にか、シャトゥンが足下に立っていた。
"ッ! シャトゥン——!"
殴りつけるため振り上げようとしたヴンダーの前足はしかし、まったく動かない。
足のつま先に小さく細い物が一つ置かれている。
これ……指!?
ニコニコとシャトゥンはヴンダーの眼下から見上げている。
ひらひらと、指の千切れた手を見せながら。
「ずいぶん大人しいじゃないか、ヴンダー。様子を伺うなんて君のガラじゃないだろう?」
"こ、の……ッ!"
前足どころか全身が動かない。
シャトゥンによれば体が物影に接着されているのだったか。
更にあの凄まじい圧力が背中にのしかかってくる。
"まずい……!"
このまま動けなくなるわけにはいかない。
ヴンダーはすでに放っていた棘を呼び寄せ、自分の足先ごと拘束具を吹き飛ばした。
急いで飛び退く。
自由を奪われる前にどうにか脱するヴンダー。
そしてそれを眺めるシャトゥンを背後からアシュティンが追撃する。
「逃げてんじゃ、ねえ——ッ!」
「いいや、興味の優先順だ」
そう口にするシャトゥンはすでに、誰の視認も許さないほどの速度で、アシュティンの背後に回っていた。
「!? アシュティ——」
絶え間なく続いていたシュテルの援護が緩んだ。彼女もシャトゥンを一瞬見失ったのだろう。
アシュティンがヴンダーに向かって走り出したことで、彼女もシャトゥンの位置に気づく。
「っ!」
援護を急ぐシュテル。
しかしその瞬間、彼女めがけてアシュティンが投げ飛ばされた。
「わっ……!」
咄嗟に避けることができず、衝突した二人は壁際まで吹き飛ばされてしまう。
"アシュティン! シュテル——"
ヴンダーはすぐに黒棘を撃ち放つ。
距離は10メートル弱。
敵はアシュティンを投げ飛ばした位置から動いていない。
どうして動かない——っ?
シャトゥンは微動だにしない。
迫る三本の棘をただぼうっとその場で見ている。
“っ!? な——っ"
突然ヴンダーは身動きが取れなくなった。
気づくと棘の行き先にはすでに敵の姿はなく。
真下に向けた視線に奴の歪んだ笑みがあった。
"ッ……!"
速いなんてものじゃない。
一瞬たりとも奴から意識を逸らさなかった。
棘が触れる距離に近づくまで、あの男はその場からわずかも動いていなかった。
にも関わらず次の瞬間にはこちらの足下に立っていた。
"どうなってるの——"
いくらなんでもおかしい。
何度破壊しても復活する不死性に対して脅威を抱いていたが、この"速さ"も十分に異常だった。
「クッ、クク——」
動けない。また石片か何かを乗せられた?
いや、そんな感覚はないのに——
「今さら不思議に思うことはないよ。影と物を接着させられると言ったろう? なら、君と君自身の影をそう変えることだって出来るさ」
"……!!"
「一度触れた物のあらゆる影は等しく僕の自由物となる。——"影は付き纏う悪逆である"。この言葉、少しは実感してもらえたかな?」
上機嫌で語る魔族。
その足下は地面に——いや、ヴンダーの影に沈んでいた。
影——やっぱり影だ!
コイツは影から影を使って移動ができる。
あの小屋でリーベをさらった時もそうだった。
先ほどアシュティンの背後へ一瞬で回ったのも同じだろう。
この男は自分や他の物を影の中に潜らせ、影から影へ行き来する。
それも誰の目にも捉えられないほどの速度で。
「うーん……何か手があるような雰囲気を感じてたんだけど、見込み違いだったかな? 少し残念ではあるけど、まあ失望したりはしないよ。十分楽しんでいるからね」
"ッ……"
「それより何度も興の醒めるようなことをしてすまないね。あの二人にも"休憩"してもらっている。互いの闘争を重視したい身としては、相手を動けなくするなんて不本意なんだけど……」
見ると二人の身体は壁に押しつけられているような状態で止まっていた。
"ま、ずい……ッ"
ヴンダーが抗えないほどの重圧など人間の彼らが長く耐えられるものではない。
このままでは圧死は避けられないだろう。
のしかかる重さに耐えながらヴンダーは相手を睨む。
「まあそう怒らずに聞いてよ。僕だって闘争に興じたいのは山々なんだけど、まださっきの問いの答えをもらっていないだろう? 先にどうしても君から得ておきたくてね」
さっきの問い。
何故、人と同じように人の側に立つのか?
"だ、から……そんなの……!"
「……人間の味方をすることが当然と言うのであれば、問いの形を変えよう」
そう言って睥睨するヴンダーを真っ直ぐに見つめるシャトゥン。
「人と魔の違いとは——何かな」
"っ"
一瞬、この魔族が見せた顔に戦慄した。
今まで何がそんなに楽しいのかと思えるほど弾んだ声と笑顔を絶やさなかった男が見せる初めての表情。
虚無とでも言うのか。
突然感情を忘れたかのような無機質な冷たい表情と声。
見る物を全て飲みこんでしまいそうなほど漆黒なその目は。
ヴンダーの奥底を看破するかのように、ただ凝視し続けていた。
"違い……"
シャトゥンは言葉を続ける。
考えこむヴンダーに語り聞かせるように。
あるいは自問と自答を試みるかのように。
「勇者達に敗れて以来、僕はこの問いの答えを求め続けている。僕が僕自身に課した課題のようなものだね」
——それは何の為に?
「どうしてかな……自分でもわからない。ただそうするべきだと思ったんだ。生きながらえてしまったボクはその答えを欲するべきだと」
——何故、その在処をこんな獣に?
「君を特別だと思ったからだよ、ヴンダー。僕はずっとこの問いの答えを人間に求め続けてきた。それが唯一で確実だと考えていたから」
"——"
「だけど、きっとそうじゃないんだ。僕が求めるべきは君だよ、ヴンダー。この問いの解答者は君にこそが相応しい——そう理解した」
そう言い、愛しむようにヴンダーの顔を一撫でする。
「さあ聞かせてくれ、ヴンダー。こっちの言葉は理解できているんだろう? ならそれで十分だ。例え僕が君の声を言語化できなくても問題はない——」
発するその咆哮が、その猛りが、君の奥底にある魂から成るものであれば。
それはきっと言葉よりも雄弁に、明確に。
僕に納得と満足をもたらしてくれるはずだから。
"…………"
ヴンダーは一つの思考にのみ集中していた。
それはシャトゥンの課題とやらではなく、シュテルに言われていた、ただ一つの事。
"…………タイミングだ"
コイツの話も聞いてはいたけど、はっきり言って自分には難しくてわからないし、そんな事を深く考えてる余裕もない。
なにより、知ったこっちゃなかった。
「答えてくれないのかい? このままじゃ君はともかく、あの二人は潰れて死んでしまうと思うよ?」
わかってる。
こっちだってオマエの声はもう聞きたくない。
……体は動かないけど、口だけならなんとかなる。
今なら適してる。
だから後は勇気を出すだけ。
ここでやらないわけにはいかない。
一緒に頑張るって、ヴェルメと約束したから。
「もしかしてまだ脱出を試みようとしているのかい? 力で振り解くのは無理だと実感したはずだろう? それよりもホラ、君の見解を早くくれよ。僕だって君達と闘争の続きをしたいんだから」
そう楽しげに催促してくる。
……ああ、本当によく笑う奴だ。
自分が優位にあることをちゃんと味わっている。
だから考えもしてないんだろう。
オマエが一番注意を払うべきものがなんだったのか。
「! なに——ッ」
* *
『まあいないならどうでもいいかな。ボクとしても水を差されたくはないしね——』
そう。この敵は最初からヴェルメをこちらの戦力として勘定に入れていなかった。
それは当然といえば当然ではあるが、この男の場合は違った意味合いにも見えた。
幼い少女で無力だからというよりは、そもそも彼女の存在自体を嫌がっていたような。
嫌悪感——理由はわからないが、ヴェルメを語るあの時のシャトゥンからはそういう感情があった。
だからオマエは気づかない。
あの小さな人間の女の子が怖さを必死で押さえつけて、ただオマエを殺す機会を狙っていることなんて想像もついてない。
嫌悪感を抱いた故の間違い。
"人間好き"を謳うオマエには例外と言えるほどの排斥思考。
それは油断以上の致命的な失敗となって、今オマエに降りかかる。
"……ッ!!"
ヴンダーの役目は単純。
タイミングを見て、ただ大きく口を開けるだけ。
「! なに——ッ」
食いしばっていた歯をどかし、あくびでもやらないほど全力で口を開き——口内から少女を解き放った。
* *
「——」
唾液に塗れた自分の身体を外に向けて思いきり飛びこませる。
前にかざした両手には眩い光を発するペンダントがしっかり握られている。
「なっ——」
驚愕するシャトゥンに対し、ヴェルメに動揺はなかった。
ヴェルメには外の状況などまったくわからない。
ただ聞こえてくる轟音と衝撃、揺れに耐え忍んでいただけ。
考える必要はない。
我慢した先で外が見えたなら、そういうことだ。
守ってくれる者達を信じ、ただ自分の役目を果たすだけ。
決めたのだから——約束したのだから。
「おねえちゃんを——助けるんだからっ!!」
耀光が災いもろとも戦場を包んでゆく——




