↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/36

決意の咆哮

「はぁ、はぁっ……!」


 森の中を走った。目指すのは自分の村。

 あちこち傷ついた体が痛みを訴えるが必死に我慢をする。


(まだ……まだ間に合って! お願いだから……っ!)


 少女はわかっていた。

 魔族を追い払う力など持っていなければ、状況を打開する策が浮かんでいるわけでもない。


 それでも魔族の狙いが自分だということは気づいていた。

 だから自分が戻れば、きっとみんなは傷つけられないで済むと。


 それが浅はかということは少し考えればきっと理解できたのかもしれない。

 だとしても大切な姉を。優しい村の人達を見捨てて、自分一人が逃げるということは、どうあっても出来なかった。


「おねえちゃん……っ!」


 やがて森を抜け、すぐそこに見える自分の村へ止まることなく走った。


**


 村では変わらず広場の真ん中で魔族の男が退屈そうに目を閉じていた。


「本当に遅いな……この程度の仕事ができぬとは。魔物をアテにするのも考え物か」


 縄で拘束され、地面に転がされている少女を足下に置きながら魔族は独りごちる。


 ゴブリンがヴェルメを追跡してからそれなりに時間は経っている。

 にも関わらず未だ連れ戻されてないのなら、きっと逃げきったはずだ。

 そう考え、少女はわずかに安堵する。


 突然、魔族の傍に立っていたオークが低く唸り声をあげる。


「……どうもまだ腹が満たされていないらしい。ゴブリンどもが戻るまでにもう2、3人くれてやってもいいか」


 男がそう呟くとオークのナタを持つ手に力がこめられる。


「やめて!! 逃がしたのは私よ! 私を殺しなさい! 私を——!」


「自分を大切にしろ。他の人間と違い、キサマは声にも価値がある。場合によっては小娘を呼ぶ為の悲鳴が必要だ」


 男は感情のない声で淡々と語る。


「……どうして妹を……あんな小さい子が一人逃げたところで何の問題があるって言うの? あの子が、なんで……っ」


「小娘はどうでもいい。首飾りをつけていただろう?」


「……首飾り? どうして、あれを」


「その為にわざわざこんな場所へ来た。貴様の邪魔によっていらん手間が増えたがな」


 無機質な声にわずかな苛立ちが混じる。


 妹がいつも大切に身につけているあの首飾り。何のためにアレを狙っているというのか。


 その理由を考えようとするが直後に届いた聞き馴染(なじ)んだ声によって少女の思考は遮られた。


「おねえちゃん——っ!」


 村の入り口からヴェルメが大きな声で叫ぶ。

 そのままこの広場まで真っ直ぐ駆け寄ってきた。


「ヴ、ヴェルメ! バカ……どうして戻ってきたの!?」


「だって無理だもん! できないよ! おねえちゃんを見捨てて逃げるなんて……!」


 ヴェルメは涙目で抗議する。


「っ……!」


 彼女は自分の考えの甘さを悔やんだ。

 妹が自分達を置いて一人逃げることを良しとできない性格なのはわかっていた。

 それでも、そうしてくれることを願うしかできなかった。


「ふむ……」


 魔族の男はヴェルメの姿を認め、一歩前へ近づいてきた。

 ヴェルメも拘束された少女を庇うように前に立ち、魔族の男に話しかける。


「ま、魔族さん……私、戻ってきました。私が目的なら今、そちらに行きます。だからっ 村のみんなにこれ以上ひどいことをしないでくださいっ」


「っ、ダメ! ヴェルメ!! 待って!」


 拘束された少女はなんとか縄を解こうと、もがく。

 そんな動きは意にも介さず魔族の男はヴェルメを注視する。


「……妙だな。全く不可解だ」


 魔族の男が呟く。

 ヴェルメは怖さで崩れ落ちないように小さな体を必死で奮い立たせている。


「キサマがどういうつもりで戻って来たかは今、キサマ自身が語った故にもうどうでもいい。だがその上でも尚、一つ確認することがある」


 そう言うと男はヴェルメに向かって更に一歩近づく。


「小娘。キサマを追跡したゴブリン共はどうした? 奴らが一匹も戻らず、キサマだけが戻ったのは何故だ? この奇妙な経緯を一体どう説明する?」


 その言葉にヴェルメの体は意思に反してビクリと震えた。


「そ……、それは……」


 緊張からか、ヴェルメの声が更に強張る。


 この魔族は常に抑揚のない冷たい話し方をする。

 だがヴェルメに投げた問いの中には“偽れば殺す”という意思が強く含まれていた。


「ゴ、ゴブリンは……死にました。か、怪物に……みんな殺されました」


「……怪物だと?」


 魔族はわずかに驚いたような反応を見せる。


 村人達も皆、呆然としている。

 幼い子どもの口から出た突飛な話にどう反応していいのか誰もわからないでいた。


「くだらん。……と言いたいところだが、ただの虚言と見てもそれはそれで妙か。——何かを隠しているか、小娘?」


「っ……」


「……まあ、いい。一応この件はシャトゥン様に報告しておくか。今は目的の物を回収しなければな」


 そう言うと男はヴェルメの首もとを指差し、命令する。


「小娘。キサマの持つペンダントを渡せ」


「え?」


 ヴェルメにとっても思ってもみない言葉だったのだろう。困惑しているのがわかる。


「ヴェルメ! あいつはあなたじゃなくてそのペンダントが狙いなの! それをあいつに渡して、あなたは早く逃げてっ!」


 そう必死に伝えるがヴェルメは躊躇う。


「だ、だめ……これは、大事な……物で」


「関係ない。——ゴブリン」


 男が命じるとゴブリンが飛び出し、ヴェルメに掴みかかった。

 そして首にかけられたペンダントを奪い取ろうと手を伸ばす。


「ダメ……ッ やめて——っ!!」


「ッ!?」


 その瞬間、ペンダントが強く光りゴブリンは吹き飛ばされた。

 そのまま家の壁に激突したゴブリンは体がボロボロと崩れ、跡形もなく消滅した。


「……え?」


「これは魔法の障壁。……あのペンダントが?」


 魔族はヴェルメとペンダントを観察する。

 ヴェルメ本人も他の誰も何が起きたのか理解できていなかった。


「ただの飾り物でないとは思っていたが……まったく面倒な命令をしてくれる」


 まずは手放させることからか、と魔族は自身の要求を口にする。


「小娘、そのペンダントを地面に放れ。そうすればここでの殺戮は止め、ここから去ってやろう」


「っ……本当、ですか……?」


「二度目は口にしない。それともキサマの身内の血と悲鳴が必要か? 承諾か否か、この場で選べ」


 魔族は簡潔に状況を伝える。


 選択の余地などない。村を助けたいと願い戻ってきたヴェルメにとって、ペンダントを渡せば立ち去る、という提案をそのまま信じるしかなかった。


 しかし少女の姉は知っている。もうとっくに思い知らされている。

 妹の一縷(いちる)の望みを叶えてやる気などあの男には毛頭ない。


 魔族にとって人間という生物は“気が向いた時に食べれる餌”であり、“好きな時に好きな理由で壊していい玩具”でもあるのだと。


「ゴブリン、ペンダントが地面に置かれたら回収しろ」


 魔物にそう命令する魔族の冷酷な目を見て、ヴェルメの姉はより確信した。


 あの男はペンダントを手に入れ次第、村の者を全員殺すだろう。

 特に魔法使いの姉妹は必ず始末する。

 魔族にとって魔法の資質を持っている人間など生かしても面倒でしかないのだから。


「っ……」


 ヴェルメは震える手で首にかけたペンダントを外した。

 そして男の指示通りそれを手放すため、地面に——




 ————置けなかった。

 突然、目の前に黒く大きなモノが落ちてきたからだ。


 その風圧でヴェルメは軽く吹っ飛び、すぐ後ろで転がっていた少女の体をクッションにして倒れこんだ。

 ぎゅぅっ、と間抜けな声が姉から漏れたがヴェルメにそんなことを気にするヒマはなかった。


* * *


 ——大丈夫。もう熱くない。周りはちゃんと見えてる。


 広場に降り立ち、雪は低く唸り声をあげる。

 ただ真っ直ぐに“敵”を睨む。危険なモノが何かはもうわかっていた。


 敵をしっかりと見据えながら、その脳裏にはある記憶が浮かんでいる。


 大切な思い出。テツロウがくれた、あの言葉。




『ヒヒ。待たせたなぁ、雪。武田のばーさんから謝礼をもらってきたぜ。——ほれ、見ろ! スーパーの割引券5000円分だぜっ』


"テツロウ……"


 見慣れた、しわの深い笑顔で白い歯を見せながら自慢するように紙切れをヒラヒラさせている。


 近所のおばあさんがカバンを盗まれたから、テツロウがその犯人を追いかけて捕まえた。

 それでおばあさんからお礼をもらったのだ。これはその時の思い出……


『正直、礼としちゃショボいけどよ。ま、ケチなひったくり一人捕まえた報酬としちゃ妥当か。武田のばーさんもケガはしてねぇみたいだし、よかったってもんだ』


 テツロウの声はホッとしていた。


 そうだ……この人は誰かが怖い目や理不尽な目に合うことをいつだって嫌っていた。


 その本音を表面に出そうとはしないけど、この人は誰かが幸せになることを心から喜んでくれる人だった。


『オメーも覚えとけ、雪。世の中ちょっと外に出りゃ、おっかなくて納得いかねぇ事ばっかりだ。今までひったくりだのカツアゲだのをしばいたことはあるがよ。大抵、何も悪いことしてねぇ連中がそういうクソったれな目にあうんだ』


 哲郎はタバコを吸いながら空を見ている。

 夕日が沈みかけた空にタバコの煙が飛んでいく。


『……オレはそいつが大っ嫌いだ。そんなクソな目にあう筋合いのない奴がひでぇことになんのは我慢なんねぇ』


 そう言い終わるとタバコの火を消し、テツロウが頭を撫でてくれる。


『だからよ、雪。もし誰かがオメーに理不尽をぶつけてくるようなら相手が総理大臣だろうが神様だろうが遠慮するこたぁねぇ。思いきりケツに噛みついてやれ。そん時はオレも一緒に蹴りでもぶちこんでやるからよ、ヒヒっ』


 テツロウは冗談めかした、けれども底意地の悪そうな笑いを浮かべながらそう言った。




 テツロウ……テツロウの言った通り、外は怖くて理不尽だったよ。

 テツロウの傍はあんなにも穏やかで幸せだったのに……今は怖くてしかたない。


 本当は……今すぐあなたの所に帰りたい。


 でも……



"————ッ!!"


 巨大になった体を大きく降り動かし、全力で吠えた。

 怒りと決意をこめた咆哮は夜の大地と空に激しく轟く。


 ——何もわからない世界で孤独になってしまった。

 寂しくて、怖くて、すごく悲しい。

 でも持ってこれたものもある。


 あなたが見せてくれた強さはここにある。

 あなたから得ることができた心はここにある。

 あなたを思うとこんな自分にも力が湧いてくる。


 絶対に帰る。

 時間はかかるかもしれないけど、絶対に帰るから。


“だからテツロウ——どうか勇気を分けて”

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。