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呪詛の祓

 この世界の大陸には、五つの国が——あった。

 そのうちの一つは魔の根城となり、一つは魔王によって滅ぼされた。


 魔王軍討伐という共通意志のもと、それぞれの国が協力をし合ってきた。

 勇者という希望が現れたことで、人類もより団結を強めていった。


 しかし南のグリューン王は魔王軍に降伏した。

 理由は単純なもので勇者一行が魔王に敗れ、それに次いで西の国、ロートが滅ぼされたことだった。


 もともと他の国王と比べ臆病な面のあったグリューン王はその結果を理解した途端、あっさりと心が折れてしまった。


 他の王はグリューン王を責めた。

 裏切り者め! と希望を失ったことによる絶望を全て同胞への怒りに変えて。


 グリューン王は観念の思いを抱えながら二人の王の怒りを愚かと侮蔑する。


「もはや勝ち筋などどこにある。勇者は死に、西の国は焼き尽くされた。希望は失われたのだ。今すべきは命乞いだ。魔の支配を受け入れる故、どうか我が国と……民の命の保証をしてくれ、と」


 無惨な死という結果があるだけの抵抗に何の意味があるのか。

 王でもなく兵士でもない多くの者にそんな運命を強要はできない。


 それが臆病である王が出した最後の結論だった。


 ……後の結果がどうなるかをこの時に想像できていれば、王もまた別の考えになっていたのであろうか。


 もっとも、仮にそうであったとしても何も変わらなかったに違いない。

 降伏も戦いの継続も人類にとってはもはや同じだった。


 どちらの選択がより愚かであったかなど、決められるものではなかったのだから。



* * *



 ——あの親子とは別に親しかったわけじゃない。

 あの店のパンが好きで買いに行くことが多かったからお互いに顔は知ってたけど、せいぜい軽く挨拶をする程度ってだけ。

 だからこうやって体を張って守る理由なんて……


『どうして、私とおかあさんを……助けてくれたの?』


 ……そういやロミーにそう訊かれたな。

 あの時は、なんて答えたんだっけか————


 あの時、本当は……俺は王を助けにいった。

 魔族アンデルの生贄候補に王が選ばれたと聞いて、いても立ってもいられなくなった俺は王宮に乗りこんだんだ。


 別に何か考えがあったわけじゃない。ただ感情で突っ走ってただけ。

 このまま黙ってなんていられない。王を助けなければ。

 俺にも何か手助けすることが……なんとか————


 けど、玉座の間に着いた俺が見たのは。

 自分の胸に剣を突き立てて死んでいる男と涙を流しながらそれを見る親子の姿。

 突然来た俺を見て驚く王族達と近衛の男。


 その後の事は……曖昧だ。

 気がつけばその場にいたのは俺と——俺に称賛を送る魔族。

 そして呆然と俺を見つめるパン屋の親子。

 王とその一族は一人残らず魔族のエサになった。


『だって……仕方ないじゃねえか。お前らを助けてくれる人が誰もいなかったんだから。お前らの親父さんでさえ、お前らのことを助けなかったんだ。だから……仕方ないだろ? 俺がこんな事しちまったのは……仕方なかったんだよ』


 なんだよ、この言い訳……カッコ悪い。


 ……兄貴だったら、どうしてただろう。

 俺の選んだ選択は……兄貴の目にはどう映るだろう————……



* * *



 ——槍を構えたアシュティンがこっちに向かって突撃する。

 跳ぶように一気に距離を詰め、鋭い刺突を繰り出す。


 それに合わせて横に大きく飛び、身をかわした。

 額めがけて放たれた槍の穂先は当たらずに空を切る。

 そのまま距離を離し、アシュティンの動きを窺う。


「様子見ってか? 魔物のくせに、やけに慎重じゃねえか」


 アシュティンは槍を構え直す。

 白い長柄の槍。穂先には斬撃用の刃もつけられている。

 持ち手には金色の模様が描かれており、一介の町民が持つには似つかわしくない高貴さがある。


「こいつは……どうだよッ!」


 アシュティンが再び攻撃を仕掛ける。

 自分の間合いまで詰め、槍を横に凪いだ。


 後ろに飛び退き、それをかわす。


「逃がすかッ!」


 しかしアシュティンはその動きに追いすがり、横に振った槍をそのまま前足めがけて刺突を放ってきた。


“……!”


 思った以上の素早い追撃に避けそこなうが、槍が足を貫くことはなかった。

 変貌したこの頑強な肉体が槍先を弾いてくれた。


「っ……!?」


 今度はアシュティンが距離を取る。


「くそ、硬ぇな……ッ 傷もつかねえとかどういう体してんだよ……!?」


 こっちは開戦直後から逃げることに終始している。

 チョコマカと動けないようにまずは足から奪いたかったのだろうが、出鼻をくじかれたとアシュティンは舌打ちする。

 一方でアンデルはとても興味深そうにこっちを見ていた。


「魔法使いの女の子じゃなかった。そう——エストを殺したのはあなたの方だったのね。あなたみたいな子を見たのは初めて……ねえ、あなたは何者なの?」


 その問いに答えることはなく、ただ睨んで敵意だけを向ける。


「本当にすごい……シャトゥン様はご存じなのかしら? エストのことだから消える前に報告はしたかもしれないわね。それなら私にも伝えてほしかったものだけど……しかたないか」


 するとアンデルは手をパンっと叩きながら交渉を持ちかける。


「ねえ、あなたっ 私の物になる気はない? あなたを連れ帰ればきっとシャトゥン様は喜んでくれるわ! 私の物になれば呪いは解いてあげるし、あの女の子達も助けてあげる。どう? 悪くない話でしょっ?」


 無視をする。あの魔族は後だ。

 今は目の前の相手に意識を向けなければならない。


“……大丈夫。やれる”


 アシュティンの槍は自分に効かない。オークの怪力すらも通らなかったのだ。

 人間の膂力では変化したこの体に傷をつけることは不可能だろう。


 ……リーベは時間を稼いでほしいと言っていた。

 これなら十分可能だ。後はこうして待っていればいいだけ。

 彼女が具体的に何をする気なのかは聞けなかったが、自分が任された事は問題なく出来る。

 

 彼女達を守ると決めた。

 だから彼女達を信じてやれる事をやるだけだ。


* * *


「はぁっ、はぁっ、はぁ————……っ」


 リーベはヴェルメと一緒に王宮の外まで一気に走り抜けた。

 町は変わらず静寂そのものだ。逃げた二人を追ってくる気配もない。


「——よかった。やっぱりあの場所から逃げるだけなら、アザのルールに反することにはならないみたい」


 ロミーの母親から事前にルールを聞いていたとはいえ、やはり逃亡を行動に移すことに不安はあった。


 国の外へ出ないこと。アンデルに危害を加えないこと。呼び出しに応じること。

 そしてアンデルが提示するゲームに参加すること。それらがあの魔族の作ったルール。


 つまり立てた代表者が勝負に参加さえすれば、“景品”がどこに行こうと気にしないというわけだ。


 ……呼び出す時は家族や身内ごと召集するくせに、勝負が始まればその後の行動に何も制限はかけないなんて。


 なんて穴だらけでいい加減な決め事だろう。

 恐らくどう動こうが、どうせ逃げる術なんてないと考えているからこその適当さなのかもしれない。

 それだけこのアザの呪いに絶対の自信を持っているということか。


 でも今はその驕りのおかげで命拾いができている。

 もしもっと厳格なルールで自由を縛られていたらこっちに成す術はなかった。


「はぁ……少し、ペースを落とそう」


「で、でも……急がないと——」


「だからこそ、今のうちに息を整えましょう。これから、あの高い塔を上らなきゃいけないから……ね」


 リーベが指差した先には高く建てられた塔。

 アシュティンの家を出た後に雪はあの塔を警戒していた。

 ロミーの家に行くことになり調べることはできなかったが、今はハッキリした目的を持って塔を目指す。


「本当に、あの塔に何かあるのかな……」


「多分、ね。でももしかしたらこの呪いを消せるかもしれない」


 塔に向かって歩きながら、ヴェルメはリーベに質問をする。


「ねえ、おねえちゃん。呪いってどういうものなの? 魔法とは違うの?」


「不思議を現実化するという意味では似たものだけど……違うといえば全然違う、かな。一番はっきりした違いを言うなら魔法は人間が扱う“不思議”。呪いは魔族が扱う“不思議”なの」


 あまりヴェルメを混乱させないよう似たものという表現を使ったが、魔法と呪いはそもそもの性質からして違っている。


 魔法は術者が魔力を練り、口で唱えるだけで発動ができる。

 燃やしたり斬ったり傷を癒したり——その内容のほとんどは普通の人間ができる行いの拡大版と言えるもの。


 一方、呪いはというとその発動に一定の条件を必要とする。

 その条件は術者である魔族や扱う呪いの種類によって様々ではあるが、いずれも前(・)も(・)っ(・)て(・)の(・)準(・)備(・)が必要となる。


 例えば呪具として使う何かの物品を用意する。

 または時間帯。または場所。または相手の名前を知ること——など。


 そういったひと手間ふた手間の条件を整えて初めて発動が可能となる。

 その手間を嫌い、使わない魔族も中にはいるようだが。


 しかし手間を要する分、魔法以上にあらゆる不可解と理不尽を相手に押しつけることが可能となる。

 今回のアザの呪いはまさにその例と言える。


「そんな怖い力、本当に消せるのかな……」


「……そうね。一度条件が満たされれば本当に恐ろしい力よ。でも反面、その発動に必要な要素を特定して、その条件を崩すことができれば呪いは解呪ができるはずなの」


 あの塔に行けばそれが出来ると賭けてリーベは行動に移した。

 本当に呪いを消せるかに関わらず、最早やるしか選択はない。


「——ここね」


 塔の前に到着した。

 国のシンボルとして建てられたはずのソレは明かりもなく闇の中で巨大な影のように佇んでいる。


 扉に鍵はかかっていない。

 目でヴェルメに合図を送り、リーベは扉をゆっくりと開いた。


 途端、中から黒い瘴気が煙のように漏れてきた。


「っ!?」


 その空気は毒気を帯びており、少し吸うだけで肺に焼けるような痛みが走った。

 いつまでもここで止まれないが、かといってこれでは中に入れない。


「ヴ、ヴェルメ……ペンダントを……!」


「う、うん……!」


 ヴェルメは首に下げたペンダントを握りしめ、祈るように目をつぶる。

 すると手の中でペンダントが光りだした。


 ヴェルメを守るように放たれた光は彼女を中心に周囲から瘴気を徐々に晴らしていき、やがて塔の中を覆っていた空気まで清浄な状態へと変えた。


「っ…ケホッ! ケホッ! た、助かった……ありがとう、ヴェルメ」


「う、うん……ちゃんとできて、よかったっ」


「塔への侵入を阻むためにアンデルが作った瘴気か……こんなもので妨害するなんて」


 ……それなら塔に入るなとアザのルールに組み込んでしまえば手の出しようもなかったのに。

 ルールを一つ付け加えるのにも手間がかかるのだろうか?


 魔族の持つ呪いの事細かなシステムまでは知る由もないが。

 わざわざアザのルールに加える気はないけど、念のため妨害の仕掛けを別に施していた……ということだろうか。


 ……まったくなんて適当さなのか。

 でも事実としてこの国は魔族の手に落ちている。

 今だってペンダントの力がなければ他に対処のしようがあったかは怪しかったかもしれない。


 これだけ雑な管理をしてても支配を成立させてしまえるのが呪いの恐ろしいところだとも言えるか。


「これで中に入れるよね? おねえちゃんっ」


「ええ。行きましょう——!」


 とにかく改めてわかったことは二つ。


 最初に期待していた通り、このペンダントは持ち主の防衛意思に反応する。

 そしてその力は魔性の力を祓うことができるということ。


 もう一つは、やはりこの塔には呪いを機能させている元(・)がある。

 それを取り除くことができればアシュティン様もこの国も、きっと助けられるはずだ。


「もう少しだけ待ってて……必ずなんとかするからっ」


 二人は塔の一番上を目指して階段を駆け上がった。


* * *


 ——殺し合いが始まって数分。アンデルは苛立った表情で戦いの様子を見ている。


 理由はわかっている。自分が逃げ回ることに終始して、まったく手を出さないからだろう。


 一方的に攻めているのはアシュティンだけ。

対して自分はそれを避けて凌ぐだけで反撃もしないのだから、あの魔族にとっては期待外れもいいところだ。


 もちろんそんな事は知ったことじゃないし、なにより——奴は気がついていない。

 リーベとヴェルメが今、何をしようとしているのかを。

 今、アンデルの関心は自分に向いており、逃げた二人の人間のことなど完全に眼中になかった。


 目の前に現れた自分の好奇心を満たすことに比べれば他は些末事——それでいい。オマエはただ、そうしていろ。



 ——アシュティンの攻撃を躱し、距離を取る。


「くそっ チョコマカ逃げ回りやがって……なんなんだよ、テメエはッ」


 アシュティンは攻めあぐねている様子だった。

 "魔物"が反撃もせず、ただ逃げ回るだけなんて彼にとってみれば異質でしかないだろう。


 わずかに息を切らし始める。いくら攻撃を振っても避けられ、当てても刃が通らないという状況が彼の気力を削り始めたか。

 それはこっちにとって思い通りの展開ではある。


「ふー……」


 むやみに攻めても無駄と認めたか、アシュティンは追撃の手を止めた。


「ア、アシュティンさん……」


 ロミーが不安に震えた声で彼の名前を呼ぶ。


「……不安にさせて悪いな、ロミー。もう少しだけ待っててくれよ」


「こらーっ そこの怪物さん! もっとまじめにやってよーっ! 私はあなたの力が見たいのよ? これじゃああまりに盛り上がらないわっ」


 アンデルはぷんぷんと怒りだす。

 両手で握りこぶしを作り、頬を子どものようにふくらませ、見た目だけなら可愛らしい仕草でヤジを飛ばす。


「私の気持ちとしてはあなたを応援してるのよ。あなたに勝ってほしいのっ だからお願い——ちゃんとやる気を出して、あなたの力で彼を殺して?」


 ……うるさいな、アイツ。


 アンデルの声に苛立たせられるがすぐに思考を戻す。


 ……大丈夫。ちゃんと時間は稼げてる。

 彼の動きが思った以上に素早くて避けきれない時もあるけど、当たっても効かない。あの槍はこの体に刺さらない。

 これなら村で戦った魔族の方が怖かった。


 だから大丈夫だと安心しようとした時——アシュティンの変化に気がついた。


 先ほどまでより構えの体勢が低い。

 槍を構えた姿勢のまま、体を深く沈めている。


“……何か————”


 さっきまでとは違う雰囲気を感じ取り、警戒を強めようとした——



 ——瞬間。アシュティンの姿が視界から消えた。

 気を引き締めにかかった刹那にできたわずかな隙。


 だが、姿を見失ったのもまたほんの一瞬。

 自分の体の下に潜りこまれたのだと気づき、全力でその場から飛び退こうとする。


「………ッッ!?」


 しかし、それは叶わず。


 全身に凄まじい衝撃が走り抜け、自分の巨体が真上へと高く打ち上げられた。



* * *



 リーベはヴェルメと共に螺旋(らせん)状に伸びた階段を上っていた。


「は、ぁ……っ! 頑張って、ヴェルメ!」


「う、うん……!」


 ……この呪いは国一つを丸ごと覆うほど広範囲に及んでいる。

 しかも中にいる全ての人間には例外なくその呪いが刻まれる。

 こんな大がかりな術を常に自己操作で管理しているとは思えない。


 つまりこれは自動的だ。

 アンデルの意識から離れていても、国の人間全てを等しく勝手に呪えるような仕組みが施されている。

 この国に足を踏み入れた途端、三人がまとめて呪いを受けた。

 あの時にそれは確信していた。


 ただ、それを機能させている元(・)がどこかわからなかった。

 もしかしたら魔族が物という形で手元に保管しているのではという可能性も考えてはいたが。


 だが、塔を睨んで唸っていた雪を見たことでリーベはどうすべきか決めた。


「着いた! てっぺん……!」


 上った先の扉を開け、入った部屋はとても狭く暗い。

 リーベとヴェルメの二人が入っただけでもいっぱいいっぱいの狭さだ。


 小さな窓が一つあり、わずかな月明かりが差してはいるがこの空間では気休めにもならない。

 持ってきたランタンの灯りがなければ歩くこともままならなかっただろう。


 ロミーの母親が言ったように本来、この塔はただのシンボルで特に何かの機能があるわけではない。

 長い螺旋階段を上りきった先にもただ狭い小部屋があるだけ。


 しかし、小部屋の奥に設置された台の上には小さな人形が一体置かれていた。


「おねえちゃん、この人形……っ」


「うん。……これだわ」


 それは女の子の姿を象った人形だった。

 長く黒い髪に黒いドレスを身に着けて、ニコリとした表情を作っている。恐らくアンデル自身の姿を表現しているのだろう。


 デザインだけを見れば可愛らしくも見える。

 だが人形の周囲には目に見えるほどの黒い瘴気が漂っており、わずかに抱いた好印象もすぐに取り除かれていく。


「これを壊せば——」


 しかし人形が纏った瘴気は塔の入り口に仕掛けられていたもの以上に色濃く、危険なものに見える。

 ペンダントがあるとはいえ、これをヴェルメに触れさせるのは避けたいとリーベは考えた。


「ヴェルメ、ペンダントを貸して。私がやるわ」


「う、うん。気をつけて……」


 ヴェルメからペンダントを受け取り、人形の前に一歩踏み出す。


「ふ、ぅ………っ ふー……」


 緊張を誤魔化すため、深呼吸を数度繰り返した。


 ……以前、雨を降らせることが得意な魔法使いに出会ったことがある。

 その魔法使いに呪いの力について教えられた時のことを思い出す。


『一度で広い範囲に水を降らせるには高い所から下に散布するのが一番簡単じゃ。私の場合、雲を作ってさえしまえば後は自動で雨をもたらせる』


 だが広範囲に影響を与えるような力は得てしてデリケートだと言う。

 空気の環境次第で雲が消えてしまうように。

 一つ条件を崩されるだけで、その存在の維持が難しくなる。


『見つけやすく、崩しやすい。広げすぎた力というのは恐ろしいようで存外、脆いものじゃ』


 呪いのカタチや効力は様々で、モノによっては条件を特定できたとしても一度発動されてしまえば止めようがないものもある。


 だが、今回に限って言えば——


 まだ止められる。高所から呪いを振り撒くために設置された人形。

 これを破壊することができれば……!


 リーベはペンダントを握り、人形に向かって手を伸ばした。


「っぁ……!?」


 しかし手が瘴気に触れた瞬間、腕が焼けつくような激しい痛みに襲われる。


「!? おねえちゃん、手をさげてっ!」


 ヴェルメの言葉よりも早く無意識に手を引っ込めていた。

 すぐに離れたおかげか、痛みはあったもののそれ以上の影響は出ていない。


「そんな……ペンダントが反応しない?」


 強い意思を持って瘴気に立ち向かったリーベだったが、ペンダントは応えることなく沈黙している。

 

 塔の入り口の瘴気には反応していたのに何故?

 まさか自分が持っていてもダメということなのか。


 誰でもその効力を発揮できるわけではなかった。

 持ち主はあくまでヴェルメ。どれだけ強く祈ろうと、そこにヴェルメの意思が乗っていない限りペンダントが脅威を祓うことはない。


「そうは言っても——」


 ヴェルメをこの人形に触れさせるのはどうしても躊躇われた。

 入り口にあったものより濃い瘴気を纏った人形。

 もしヴェルメがやってもペンダントが反応しなければ……


「……っ!」


「あっ……ヴェルメ!?」


 逡巡していたリーベの手からヴェルメがペンダントを取り上げる。

 そしてその勢いのまま飛びこむようにヴェルメは人形に手を伸ばした。


「ヴ、ヴェルメ————っ!!」


 次の瞬間、ペンダントが眩い光を放ち、ヴェルメを包んだ。



 ……少しの間、眩しさで目がくらんだ。

 しかし光が徐々に弱まっていき、リーベはゆっくりと目を開け状況を確認する。


 すると瘴気に包まれていた人形はボロボロと灰のように崩れ、やがて完全に消えてなくなった。


「や、やった……!」


「ヴ、ヴェルメ! 大丈夫!?」


「う、うん。おねえちゃん、やったよ! 人形が消えたっ!」


「それはよかったけど——無茶しないで! もし失敗してたらどうするの!?」


「ご、ごめんなさい。でも……私がやるしかなかったでしょ?」


 どうやらヴェルメもペンダントの力が発動する条件に察しがついていたらしい。


「そ、それはそうなんだけど……で、でも! こ、心の準備くらいさせてよっ! 今、すごく怖かったんだから……!」


「だ、だって……そういう時のおねえちゃん待ってたら、日が昇っちゃうんだもん」


 涙目で訴えるリーベに対し、ヴェルメは困ったように笑う。


 リーベは安心したように息をついた。

 元々、自分一人だけで動くつもりだった。

 しかし姉を一人で行かせたくなかったヴェルメがどうしても一緒に行くと聞かなかったため、二人で行動をした。


 初めは本当に連れてきてよかったのかと不安になっていたが、結果的にヴェルメが一緒だったことが功を奏したようだ。


「……よくやったわ。ヴェルメ。これで——」


「待って、おねえちゃん! アザが——消えてないっ」


 そう言われ、二人は互いの首を確認する。


 ——確かにまだアザが残っている。消えそうな様子もない。


「どうして? あの人形を壊したら呪いは消えるんじゃ——」


「————まさか」


 リーベはロミー親子の話を思い出す。


『あれは国の強さを顕示する為のものよ。グリューン王はそういうことにあまり興味を持たれていなかったから最初は一本だけだったんだけど——』


『リヒト様が勇者と認められた記念としてもう一本が建てられたの——』



 ——塔は二本。

 より広範囲に呪いを撒くために置かれた人形。


「おねえちゃんっ?」


「……呪いの元は一つじゃなかった。まだ、もう一つある……!」

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