第三話 僕を優先しないなら、婚約破棄だぞ
三度目の読書会では、互いに本を貸し合った。
四度目には、読書会の後に図書館の中庭で少し話した。
五度目には、好きな作家を三人挙げて、そのうち一人を容赦なく批判し合った。
会を重ねるごとに、アルは少しずつ表情を緩めるようになった。
最初はどこか張りつめていた背中も、クレアの前ではわずかに力が抜ける。
クレアもまた、肩の力を抜いて笑えるようになっていった。
自分がどれほど、婚約者の機嫌や予定に合わせて生きていたのか、離れてみて初めてわかった。
「最近、顔色がよろしいですね」
侍女にそう言われ、クレアは鏡を見た。
頬に、以前より少し血色が戻っている。
目元も重くない。
「そうかしら」
「はい。お嬢様は、笑っている方がずっと素敵です」
クレアは返事に迷い、照れ隠しに本を開いた。
心地よい時間だった。
ジョルジュと過ごす時間よりも、ずっと。
そんな変化に、ジョルジュがようやく気づいたのは、三ヶ月後のこと。
「クレアが最近、妙な男と会っているらしいわ」
それを告げたのは、元恋人のイレーヌだった。
ジョルジュは最初、意味がわからなかった。
「妙な男?」
「ええ。図書館の読書会で、親しげに話しているそうよ。身分もよくわからない男ですって」
「クレアが?」
「あなたの婚約者でしょう?放っておいてよろしいの?」
イレーヌは白い指先で、紅茶のカップをゆっくりとなぞった。
その仕草に、昔の甘えた気配が残っている。
ジョルジュは一瞬だけ懐かしさを覚えたが、すぐに苛立ちが勝った。
クレアは、自分の婚約者だ。
理解のある女性だ。
わがままを言わず、待つことができる。母も認めている。妹にも優しい。結婚すれば、家をよく支えてくれるだろう。
そのクレアが、別の男と親しげにしている。
そんなことが、あっていいはずがない。
「誤解だろう」
「そうかしら。社交界では、噂になるのは早いわよ」
ジョルジュは立ち上がった。
「場所は」
「王都図書館の読書会。今日もあるはずよ」
その日の午後、ジョルジュは図書館へ向かった。
閲覧室では、ちょうど読書会が終わったところだった。
数人の参加者が立ち上がり、本を抱えて談笑している。その中にクレアがいた。
そして、その隣に、見知らぬ男がいた。
クレアは笑っていた。
ジョルジュの前では、いつも控えめに微笑むだけだったクレアが、その男には自然に笑っている。
肩の力を抜き、目元を柔らかくして、楽しそうに言葉を返している。
それを見た瞬間、ジョルジュの中で何かが熱く弾けた。
「クレア!」
大きな声が閲覧室に響いた。
会場に居合わせた人々が、一斉に振り向く。
クレアもこちらを見た。
驚きはあったが、怯えはない。
それもまた、ジョルジュを苛立たせた。
「ジョルジュ様。ここは図書館です。声をお控えください」
「そんなことを言っている場合か!」
ジョルジュはクレアの前まで歩み寄る。
「お前、僕という婚約者がいながら、こんな男と――」
周囲が静まり返る。
誰も彼を止めない。
止める間もなく、ジョルジュはアルの方を向き、吐き捨てた。
「お前、何者だ。身分もわからん男が、僕の婚約者に気安く近づくとは……いったいどういう育ちをしているんだ」
その瞬間、クレアの指先が冷えた。
自分に向けられた言葉なら、まだ耐えられたかもしれない。
けれど、アルを侮辱された。
この場所で、彼が守ろうとしていた平穏を、踏みにじられた。
クレアは静かに口を開いた。
「ジョルジュ様」
「なんだ」
「あなたのおっしゃる通り、物事には優先順位があります」
「今さら何を」
「ですから、私も優先順位をつけたまでです」
ジョルジュの顔が歪んだ。
「ふざけるな。僕を優先しないなら、婚約破棄だぞ!」
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




