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【7/10ざまぁ後日談追加】「物事には優先順位がある」が口癖の婚約者に後回しにされ続けたので、私も優先順位を変えました【完結】  作者: 木風


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第二話 明日はこの本を読まれてはどうでしょう

 初めて参加した日は、よく晴れていた。

 図書館の閲覧室は高い天井に、窓辺には磨かれた木の机が並んでいる。

 古い紙の匂いと、革表紙の乾いた匂いが混じっていた。窓から差し込む光の筋の中で、細かな埃がゆっくり舞っている。


 そこに、ひとりの男がいた。

 年の頃は、クレアより少し上だろうか。


 身なりは上品だが、ひとりの従者も連れていない。濃紺の上着は質がよく、袖口の刺繍も控えめだが、よく見れば職人の手が込んでいる。

 姿勢はまっすぐで、椅子に腰かけているだけなのに、妙に人の目を引いた。


「初めての方ですね」


 男が声をかけてきた。


「はい。クレア・モンテールと申します」

「アルです」


 短い名だった。

 家名を名乗らない。

 けれど、クレアは何も言わなかった。


 立ち振る舞い、視線の配り方、言葉を発する前に相手をよく見る癖。

 何より、周囲の人々が彼に向ける、隠しきれない緊張。


 おそらく、この人は王太子殿下だ。

 だが、アルはその正体に触れられることを望んでいないらしい。だから、クレアも気づかなかったふりをした。


「本日は、こちらの作家の作品でしたね」

「ええ。読まれましたか?」

「読みました。正直に申し上げても?」

「ぜひ」

「比喩が少々、回りくどいと思いました」


 アルは一瞬だけ目を見開き、それから口元を押さえた。


「……それを言ってくださる方を、待っていました」

「そうなのですか?」

「皆、名作だからと褒めるので。私には、三行で言えることを一頁かけて語っているように見えました」

「わかります」


 クレアは思わず身を乗り出した。


「しかも、肝心なところほど曖昧にするのです。読者に委ねるのと、作者が決めきれていないのは違うと思います」

「まったく同感です」


 アルは楽しそうに笑った。

 その笑みは、最初に見た端正な印象より、ずっと年相応に見えた。


 読書会は、思っていた以上に楽しかった。

 本の好み、物語に対する考え方、好きな終わり方、苦手な展開。

 話せば話すほど、クレアは自分の中にあった言葉が、次々と形を持つのを感じた。


 ジョルジュといるとき、クレアはいつも聞き役だった。

 母の話。妹の話。幼馴染の話。友人の話。元恋人の話。

 彼の周りには、いつだって自分以外の誰かがいた。


 けれど、アルは違った。

 彼はクレアに尋ねる。


「あなたは、どう思いましたか」

「どの場面が一番嫌いでしたか」

「逆に、残すならどの一文ですか」


 好きなところではなく、嫌いなところまで尋ねられるのが面白かった。

 綺麗な感想だけを求められていない。正しく褒める必要もない。誰かの顔色を見て言葉を選ぶ必要もない。

 クレアは、久しぶりに自分の声で話している気がした。


 二度目の読書会の日、ジョルジュからの使いが来た。

 会の始まる少し前だった。


「申し訳ございません。ジョルジュ様はリリー様のお買い物に付き添われるとのことで、明日の散策は延期してほしいと」


 使いの者はそう告げた。

 以前なら、クレアは頷いて、明日の予定を空白のままにしていただろう。

 けれど、その日は違った。


「わかりました。では明日は、予定を入れます」

「予定、でございますか?」

「ええ。こちらからも、ジョルジュ様にお伝えください。次にお会いできる日は、あらためて調整しましょう、と」


 使いの者は困惑した顔をしたが、クレアはもう気にしなかった。

 そのやり取りを、少し離れた場所でアルが聞いていたらしい。


 会が終わった後、彼は静かに尋ねた。


「明日は、婚約者との約束だったのでは?」

「そうでした」

「よろしいのですか」

「延期だそうですので」

「あなたは、怒らないのですか」


 クレアは少し考えた。


「怒っていないわけではありません。ただ、怒るより先に、疲れてしまいました」

「それは、随分と長く後回しにされてきた人の言葉ですね」


 その一言に、クレアの胸が小さく鳴った。


 ずっと認めるのが怖かったこの状況。

 誰かに、そう言ってほしかったのかもしれない。

 かわいそうに、でもなく。

 我慢強い、でもなく。

 ただ、後回しにされてきたのだと。


「……そうかもしれません」


 クレアが答えると、アルは何か言いかけて、やめた。

 そして代わりに、手元の本を差し出した。


「では、明日はこの本を読まれてはどうでしょう」

「おすすめですか?」

「ええ。比喩は少なめで、結末も逃げません」

「それは期待できますね」


 クレアが笑うと、アルもほっとしたように笑った。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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