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わがまま姫と天才王子  作者: 真白ユウキ


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6. 番狂わせの魔法

 

 なぜ、彼女が会いに来てくれなくなったのか、理由は今の今まで知らない。

 こちらから連絡をしても、会えないの一点張りだった。


 裏切られたと思った。


 それからまたしても一人ぼっちで思い悩む日々が続いた。


 一緒にいた日々は何だったのか。

 友達だと言ってくれたのは何だったのか。

 俺をみんなのところに叩き落としてくれるんじゃなかったのか。


 あの日々は嘘で、あの言葉も嘘で、実はずっと嫌われていたんじゃないか。


 それとも、今みたいに傷つけられ、血を流すことを彼女は予期してしまったのだろうか。


 だとすれば会いに来なくなったことは正解で。

 だとすれば再びここに来たことは間違いで。


 だから彼女は傷ついてしまっていて。

 俺が傷つけて。

 あの時のようにまた傷つけて。


 俺はやはり、これからもずっと。


「落ち着きなさい!」


 強い力で肩を押さえられ、現実に引き戻される。


 そこは、雨が降り出していた。


 見ると、アリアに馬乗りにされていて、目の前には、彼女の顔があった。

 バッサリと切れた頬からは血がボタボタと流れ落ち、彼女の綺麗な顔の半分が血塗れになっていた。白いドレスはもう元の色がわからないくらいだった。


 彼女の見るも無残な姿に、カイルは唖然とした。


 しかし、逆に言えば、それだけで済んだとも言える。

 幼いころに魔法を暴走させた時は、母以外の全てを切り裂いた。あの頃よりも成長したカイルが、咄嗟にブレーキをかけたのかもしれない。


 そしてアリアは、まるで自分の傷など気にしていないかのように、カイルの肩を握りしめている。

 彼女の力は想像よりもはるかに強くて、痛かった。


「ゆっくり、息をしなさい」


 促されてやっと気づく。

 カイルは、はっ、はっ、と荒い呼吸を繰り返していた。


 意識をすると、徐々に徐々に呼吸が戻ってくる。

 アリアはカイルが落ち着くのを静かに待ってくれていた。

 彼女のきつい香水の匂いが近かった。


「落ち着いた?」


 かろうじて頷く。


「そう。良かったわ。それで、あなたの願いは?」


「は?」


 衝撃だった。


 まだ聞くのか。

 意味がわからない。

 それを聞いて、血まみれになったんじゃないのか。

 そんなことより、早く治療をしなくていいのか。

 頭にはたくさんの言葉が浮かんだ。


 しかしそれ以上に、彼女の青く燃える瞳から目が離せない。


「私に教えて」


 教えたら何か変わるのだろうか。

 カイルは彼女の目をみながら、小さく首を振った。


「何を怖がっているの」


 怖いに決まっている。口に出すと、戻れないかもしれない。


「大丈夫よ。大丈夫」


 何が大丈夫なのだろうか。


「私も協力するから」


 そう言ってお前はいなくなったではないか。


「今度こそ、絶対に。だから、言って」


『望みくらい言ってもいいのよ。口にした上でどうするかは、その後に考えればいいのよ』


 幼い彼女に背を押された。


「…………………自由が欲しい」


 言った。


 孤独な天才王子が願ったものは、自由だった。


 ありきたりだと笑うだろうか。


 しかし、一国の王子にとって、それは決して願ってはならないもので、最も手の届かないものだった。


 国のために生きて、国のために死ぬ。

 それが父から教えられ、生まれた瞬間から決められていたカイルの運命なのだ。


 それが、彼がどれだけ天才だろうと、彼がどれだけ強く願おうと、決して変わることのない不変の義務なのだ。


 それにも関わらず、彼は自由を欲してしまった。

 両親、そして死んだ兄、この国の民から失望される愚かな願いだった。


 しかし、アリアは違う。

 彼女は笑ったのだ。


 肩を抑えていた力が弱くなり、その顔には安堵と慈しみがあった。

 それは、愚かな願いを否定されるのが怖くて、怯えて萎縮していた心を優しく包み込む。


「やっと、教えてくれた。それが聞きたかったのよ」


 思えば、彼女はずっとカイルの願いを聞いていた。

 それを聞きにここに来て、そのためだけに話をしていたのかもしれない。


 それでもカイルが話さないから、糸口を見つけるために、わざと怒らせたようにすら思えてくる。


「それで、具体的にどうしたいの?」


 具体的に?

 そんなこと考えたこともなかった。

 考えてはいけないことだと思っていたから。


 しかし、すぐにたくさんの理想が思い浮かぶ。

 もしも王子をやめて、自由の身になったのなら。


「世界中の色んな本を読みたい」


 カイルは昔から好奇心旺盛な子供だった。

 何でも学びたいし、知りたいし、理解したい。しかしもう、王城の書庫にある本は全て読み終わってしまっている。


「珍しい本がたくさん置いてあるお店を知っているわ。この国にない本は、他の国に貸してもらえるよう頭を下げに行きましょう。その時に、お土産があると交渉も捗りそうだから、この国の特産品を作りましょうか。あなたなら何がいいかすぐに思いつくでしょう?」


 彼女が語るのは、カイルが王になった後の話。


「演劇もしてみたい」


 アリアと初めて見た演劇が、ずっと頭から離れない。

 彼らと同じように、自分の作った劇が、音楽が、人々を喜ばせ、感動を与えることができたなら、どれだけの幸福感を得ることができるのだろうか。


「ずっと、は難しいかもしれないけれど、息抜きも兼ねてたまにならいいんじゃないかしら。立派な劇場を作って、世界中から演者を募って何かイベントみたいなものを開催してもいいかもしれないわね。それで王城を空けている間は、あなたの代わりになる人を使いましょう。有能で信頼できる人を味方につけたいところだけど、あなたにできるかしら」


 その優しい声色は、カイルの愚かな願いを否定せず受け入れる。


「何にも縛られることなく、生きたい」


 生まれた時から背負っている王子という肩書きを捨てて、何の義務も責任もない、自由な存在になりたい。


「私よりもわがままね。……そうね、少し年老いて、あなたが王座を引退した後ならそれも可能だわ。それまでは我慢できるかしら? 早く引退できるように色々なものを前倒しで計画しましょう。そのせいで周りの人の負担が増えないように、制度を見直すところから始めるのはどうかしら?」


 カイルの願いに、アリアは思いつくだけの代案を提案した。


「やりようはいくらでもあるわ。あなたはあなたが思っているよりも、自由に生きていいのよ」


 ハンマーで殴られたような気分だった。


 しかしそれは、痛みなど全くなく、これまでの悩みを吹き飛ばしてくれる魔法のハンマーで。

 狭いところに閉じ込められて、どこにも行けないと思い込んでいた、憐れな王子の目の前にある壁を易々と砕いた。


 それは決して、彼を完全に自由にする魔法ではなかったけれど、視界が開け、確かに光が差した気がした。


 アリアを見る。

 カイルの魔法に切り裂かれ、左頬から夥しい量の血を流していた。そんな目に遭っても、彼女はカイルに光をくれた。


「なんでだ?」


 腑に落ちない。

 アリアがここまでしてくれる理由は何だ?


 カイルが願いを言うことを拒否した時点で諦めても良かったのだ。

 喧嘩になって、酷いことを言われた時点で怒って帰っても良かったのだ。

 理不尽に傷つけられた時点で、見捨てても良かったのだ。


 なぜ彼女は。


「なんでそこまでする?」


 彼女は優しく笑う。


 あなたのことが好きだから。

 甘い言葉を想像した。


 婚約者だから仕方なく。

 冷たい言葉が頭をよぎった。


 辛い目にあっている人を放っておけないでしょ。

 薄っぺらい正義心と、同情を帯びた言葉が浮かんだ。


「昔、約束したから」


 彼女の口から出てきた言葉は、そのどれでもなかった。


『いつか私が、あなたを天上から叩き落としてあげるわ! そうすればあなたは、一人じゃなくなるでしょう? カイルを一人ぼっちのままにはしないと約束するわ』


 それは過去に幼い彼女が堂々と宣言したものだった。


 アリアは、カイルが願いを胸の中に一人抱えたまま、孤独な王になることを許さなかったのだ。


「遅くなってごめんなさい」


「あ……」


 わがまま姫と罵られ、拒絶され、傷つけられ大量の血が流れても、アリアは約束を守るために、カイルのためにここにいるのだ。


 そんな彼女だ。ここに来られなくなった理由はまだ知らないけれど、それは確かにあったのだろう。


『叩き落とすって具体的にどうするんだ?』


『それは、……そうね。えっと、例えば何か一つでも、私があなたに勝つというのはどうかしら?』


 最高レベルの権力も、莫大な財力も、天から与えられた頭脳も、卓越した魔法技術も、全てカイルが優っている。

 アリアに何かで負けることなど、本来はありえない。


 しかし、人として敵わない。


 強い意志で、血まみれの顔でこちらを優しく見下ろす彼女を見て、カイルはそう思った。


 その日、友人が戻り、追いつきたい人と、目指すものができた。


 天才王子は天上から叩き落とされたのだ。




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