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わがまま姫と天才王子  作者: 真白ユウキ


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2. 一家団欒


 夜、昨日とは違い、何の予定もなくカイルが夕食の場に現れたので、準備をするメイドは大慌てだった。

 迷惑な権力者である。


 そして、カイルがこの場に顔を出した時の、父と母の驚きっぷりといったらない。普段あまり顔色を変えない父ですら、目を見張っていた。


 まさか二日連続この気まずい場所にカイルが来るとは夢にも思っていなかったのだろう。

 その予想は正解だった。アイボに言われなかったら、カイルとてもう二度とここには来なかったかもしれないのだから。


 昨日と同じ席に座ると、すぐに食事が運ばれてきた。

 不測の事態にすぐに対応ができる、有能な人たちである。

 準備が終われば彼女らはすぐに部屋を出ていった。


 食事中は、家族水いらずの空間にするのが慣習だ。

 これは確か、兄が気兼ねなく話したいからと言って、皆を追い出したことから始まったはずである。


 カイルの隣にはアイボがいた。どうやら、自分以外には見えないらしい。なんともまあ便利なことだ。


 そんなこんなで始まった食事会であるが、相変わらず会話はない。

 アイボも空気を読んでか読まないでか、ただ静かに見守っているだけで、話を振れみたいな指示もして来なかった。


 父と母に会えと言ったのはアイボであるが、こんなことでいいのだろうか。


「なんか、空気が重いね。いたたまれなくて疲れてしまうよ。主に僕が」


 アイボがなんか言っている。誰のせいでこうなっていると思っているのか。カイルは恨みがましい目でアイボを睨んだ。


 そもそも、兄抜きでこの食事会が楽しく賑やかな空間になる訳がない。だからこれまでカイルはこの場に顔を出さなかったのだ。


 いなくなったはずの誰かの存在感が、この場の誰よりも大きいことを如実に表していた。


 しかし、ふと視線を感じ、顔を上げると母と目が合った。

 母は少し固まり、そしてぎこちなく笑った。


 その笑顔と瞳を見ると、胸の奥にある陽だまりの温度が少し下がった気がして、カイルはたまらず視線を逸らした。


 目を逸らすカイルに、母はショックを受けたのか、また下を向いてしまった。


 何か言いたいことがある、そんな雰囲気をカイルは正確に感じ取った。

 それが何なのか心当たりがない、などと言う気はない。幼い頃に、母とカイルに溝ができてしまった出来事があった。


 きっと、そのことだろう。




 カイルは、好奇心旺盛な子供だった。


 忙しそうに動き回っている母、アネットについてまわり、これは何か、これはなぜなのかと聞いて、納得するまでそこを動かなかった。

 そのくせ、身体が弱いものだから、すぐに高熱を出して心配をかける始末である。


 そのせいで、母の時間はほとんどカイルが独占していた。

 兄には悪いことをしたかもしれない。


 今思えば手のかかる面倒な子供だっただろう。

 そんなカイルに母は嫌な顔一つせずに、付き合ってくれた。

 一緒に遊び、知恵を授け、たくさんの愛情を注いでくれた。


 カイルはそんな母が大好きだったのだ。


 そして、何でもすぐに覚えてしまうカイルは、五歳の頃には大人顔負けの知識を持つようになった。

 さらには魔法も剣術も、他に何をやらせても他者とは違う非凡な才もあった。


 周りはカイルのことを神童だと持て囃(はや)した。

 そう言われてカイルは喜んだものであるが、母だけは困った顔をしていたのが印象に残っている。


 その理由は、今なら少しは想像できる。


 そして、そんな平和な日常の中、事件が起きる。

 王族の暗殺未遂である。

 父が気を緩めるなと言っていたその意味を、カイルは身をもって知ることになった。


 いつもと変わらない日常だった。

 母とカイルが一緒に勉強をしていると、部屋に見慣れない男が入ってきた。

 そして、部屋の中の人間が状況を理解するよりも先に、男は鋭く尖ったナイフを突き出し、こちらに走ってきた。


 母はすぐにカイルを庇う態勢に入ったが、近くにいた侍従やメイドの制止は間に合わないように見えた。


 大好きな母が殺されてしまう。

 そんな思いが強く出たのかもしれない。


 カイルは、得意なはずの魔法を暴走させてしまった。


 一瞬の出来事だった。

 結果、カイルと母は助かった。


 二人以外の全てを犠牲にして。


 目を開けると、部屋中が切り裂かれていた。窓は割れ、ベッドから羽が舞い、机やソファは真っ二つで、本は色々な角度から切られている。


 暗殺を試みた男はバラバラに切り刻まれていて、その近くにいた侍従やメイドも同様である。


 カイルと母は、その返り血を全身に浴びていた。

 見るに堪えない惨状だった。

 何が起きたのか、すぐさま理解したカイルは、放心している母に手を伸ばして、息が止まった。


 母にも傷ができていた。

 確認する限り、腕と、お腹の辺りから、血が流れていた。


「母上………」


 大丈夫かとは聞けなかった。その資格がないと思ったから。


 母の目を見ると、その瞳には確かに怯えを宿していた。

 そして、その瞳にはカイルが映っていた。


「あ………」


 それは、どちらの声だったのか。

 しかし、すぐにはっとした母はカイルを抱きしめてくれた。


「大丈夫よ、カイル」


 母の声と身体は震えていた。


 その日を境に、カイルは母から逃げるようになった。

 かつて、無償の愛を注いでくれた母が、今カイルをどんな目で見ているのか確認するのが怖かった。

 そこに少しでも怯えが混じっていたら、立ち直れない気がした。


 それに、また同じことが起きてしまったら、今度こそ自ら母を殺してしまうかもしれない。それだけは嫌だった。


 カイルは怖かったのだ。


 その後、幼いカイルは一人、自分のしたことが正しかったのか思い悩む日々が続いた。

 もしかしたら、自分が手を出さなければ、全員無事だったのではなかったのか。余計なことをしてしまったのではないかと。


 暗い部屋の片隅で、身体を丸めているカイルに、その答えをくれる相手は当時誰もいなかった。




 そんなこともあり、今の今までカイルと母の関係はぎこちないままなのだ。


 今思えば、あの時の母の反応は仕方のないことだったと思う。

 むしろ、あの惨状を作り出し、己も傷つけた人物を前にして、すぐに抱きしめてくれただけでも凄まじい胆力である。


 記憶では、その後も母はいつも通り接してくれようとしていたはずだ。

 逃げたのはカイルである。


「和解するのは今なんじゃないかな?」


 それまで黙りこくっていたアイボが声をかけてきた。


「アネットに君が思っていることを伝えてあげなよ」


 カイルだってこの蟠(わだかま)りをそろそろなんとかしたいと思っていた。

 それに、アイボの言うことを聞くと言ってしまったのだから、仕方がない。


 うん、仕方ない。


「母上、私は母上から逃げたことを後悔しています」


 思っていることをそのまま伝えた。回りくどい言葉を使うほど、カイルは気を使えない。


 一瞬の静寂の後、母は食事をしていた手を止め、ぱっと顔を上げた。


 目が合う。

 音が消えた部屋で、親と子が視線を交わし、数秒。

 その見開いた目が徐々に赤く染まっていく。


 これまで顔を合わせることは何度もあったが、久しぶりに、本当に久しぶりにしっかりと母の顔を見た。


 カイルの記憶よりも、痩せ細り、皺が少しだけできていた。

 年老いたなと、感慨もなく思った。


「カイル、ごめんなさい。そんなつもりなかったの」


 本当に母のものかと疑うくらい弱々しい声だった。

 発せられた言葉も、カイルが幼い頃の、母が大人になったばかりの少女の時のものだった。


 本当は、その言葉は、あの時に言いたかった言葉なのだろう。言えないままここまできてしまったのだ。


「ずっとカイルに謝らなければと思っていたの」


 この言葉で、母はカイルに対して怯えてしまったことを、ずっと後悔していたのだと知った。


「カイルが後悔する必要はないのよ。逃げたカイルを、私は追いかけるべきだった。何度でも追いかけるべきだったのよ」


「それは怖いですよ、母上」


 元より、母の目が怖くて逃げ出したのだ。それが追いかけてくるなんて、幼いカイルにはトラウマものだろう。


「その通りね。でも、そうするべきだったのよ。そうして、カイルを捕まえて、抱きしめて、一緒にいてあげるべきだった」


 だから、二人の間に溝ができたのは、逃げたカイルではなく、母に責任があるのだと言う。

 母の言っていることが正しいのかどうかカイルには判断がつかなかった。


 だからといって、母を責める気にはならないが。


「それとね、遅くなったけれど、助けてくれてありがとうね、カイル」


 思わず、口元が歪みかけた。


 それは幼いカイルが言って欲しかった言葉ではないだろうか。

 長い年月を経て、広い部屋の隅っこで一人思い悩んでいた幼いカイルに、手を差し伸べられた気がした。


 今になって正しかったのだと教えてくれた気がした。


「………ああ」


 短く返事をすると、母は大粒の涙を流した。

 すかさず、父が母にハンカチを渡していた。


 大人になると、涙もろくなるのは本当のことらしい。カイルももう少し歳を重ねていたら涙を流していたのだろうか。


 それからまた、会話がなくなり、しばらくは母のすすり泣く声だけが聞こえていた。

 父は気まずそうにしていた。先程までの沈黙とは違い、母が泣いているのは慣れていないのだろう。


 王の威厳も形無しである。

 この場には三人以外誰もいないのだから、それでも特に問題はないのであるが。


 とはいえ、カイルも何となくもう食事に手をつける気は起きなかった。後でお腹がすくだろうが、今日はもうさっさと寝てしまおう。

 長年の胸のつかえが取れたのだから、さぞ気持ちよく眠れることだろう。なんて考えていると。


「体調は問題ないのか?」


 父は話題を変えてきた。


「昔よりは良いですよ。医師も快方に向かっていると言っていました」


 カイルはいつも額に脂汗を浮かべている専属の医師を想像しながら言った。


 言葉通り、カイルは昔から身体が弱かった。

 ことあるごとに倒れ、高熱を出し、一週間は寝込むことが当たり前であった。


 その度に、父や母、周りの人間が悲しそうにするので、いつしか、多少体調が悪くてもある程度は我慢をするようになってしまった訳であるが。


 今でも、定期的に医師に診てもらっている。慣れたもので、自分ではもう必要ないと思っているが、周りがどうしてもというので仕方なく従っている。


 面倒だが、診てもらうだけで納得と安心を提供できるなら安いものである。


「そうか」


 父からの返事はたった一言。

 快方に向かっているのだから、良かったくらいのことは言ってくれてもいいのではないだろうか。


「そんなことよりも、私に何か話があるのではないですか?」


 今度はカイルの方から話を変えた。

 確か今日も、マルクがカイルを探していたはずだ。おそらくまた父の呼び出しだと当たりをつけた。


「………いやなに、婚約者のクラリスのお嬢さんと久しく会っていないと聞いたのでな」


 誰から聞いたのだろうかと思ったが、そもそも自分と婚約者の関係が冷え切っていることは有名な話である。

 とっくに知っていたが、話を出すタイミングが今の今までなかったのだろう。


「その通りです」


 実際は久しくどころではない。カイルとその婚約者はもうずっと会っていない。


「………一度会ってやってくれぬか?」


 少なからずカイルは驚いた。あの父の口から、こんな言葉が出てくるとは。

 母を見ると、父の言葉にコクコクと頷いていた。


「どうしてですか?」


 本当はアイボの提案で明日会いに行くことになっているが、それは伝えなかった。

 会えと言う理由を知りたかったからだ。


「………早いところ、今後について話し合っておくべきだと思ってな」


「特にそんなに急ぐこともないでしょう」


「そういうわけにもいくまい。フィンだって、突然死んだではないか。同じようにならないと言えるのか」


 フィンとは、兄のことだ。


「………それは、そうですね」


 突然死ぬことはないとはもちろん言えない。

 しかし、兄のように、若くして死ぬ可能性の方がはるかに低いというのに、そんなことを心配してどうするのか。


 もしかしたら父は、カイルが思っているよりも兄の死に堪えているのかもしれない。


「ねえ、カイル。私からもお願い」


 今度は母からもお願いされた。

 どうやら、俺の婚約者は両親から好かれているらしい。


 二人は、彼女がわがまま姫と言われているのを知らないのだろうか。

 それとも、両親にそう言わせる何かが、彼女にはある?


「………そこまで言うなら、わかりました。時間を作ります」


「ありがとう」


 母は笑い、父は安心したようだった。

 カイルとしては、父が自分と婚約者との関係を心配をするなんて意外だった。


 カイルが知らないだけで、もしかしたら、父はずっとこうだったのかもしれないが。


「もともとその予定だったのに、白々しいね」


 アイボという名の部外者がうるさい。


「それでは、本日のところはお先に下がらせてもらいます」


 十分両親と話しただろう。アイボも大満足なはずだ。

 そう思い返事を聞いた後、カイルはその場を後にした。




 カイルが退出し、ドアが閉まった。その場に残された二人はしばらく沈黙していた。

 その沈黙を破ったのはカイルの母、アネットだった。


「さすがにもう、カイルに病気のことを伝えてあげるべきではないでしょうか?」


 問われた父、ロデスは苦渋の表情を見せた。


「わかっておる。わかってはおるのだが……」


「……もう少し、見守ってみますか?」


「ああ、最後くらい、やりたいようにさせてあげよう」


 そんなやり取りをする二人を、アイボはじっと見つめていた。




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