推しリアルイベントへの参加を決意する
推しとの生活が始まって三週間が過ぎようとしていた。
母さんが推しに料理を教えてから、推しは料理にハマったらしい。
テレビで昼時に放送している『三分くらいでできるかもしれないクッキング』という番組を見て、料理を作ったり、俺のスマホでレシピを調べて料理を作ってくれる。
おかげで美味しいご飯を毎日食べられている。
最近推しの美味しいご飯が待ち遠しくて、帰るのが楽しみになっている。
そんなことを思いながら、学校の屋上で霧島と昼ご飯を食べていた。
「篠節・・・なんで最近手作り弁当なんだ?」
「えっ!? まぁ気分の変化というか・・・考えを改めたというか」
霧島が俺の弁当を不思議そうに見つめていた。今日は推しが弁当を作ってくれた。
弁当箱にはおにぎりと卵焼き、トマト、生姜焼きが入っている。母さんから教わっていた料理と恐らくテレビで見たものを作って弁当に入れたのだろう。
なんでもアニメに影響されて作りたくなったとか。余った食材も推しのご飯になるからいいのだが、流石に毎日コンビニ弁当を食べているから怪しまれるよな。
「ふーんまぁお前が自炊するようになったならそれは健康的でいいが・・・・・・お前料理できたんだな」
「アハハ・・・まぁな」
「それよりお前にいい情報持ってきたんだよ」
「なんだよ、いい情報って?」
霧島はスマホを取り出し、画面を操作すると自信満々に笑みを浮かべてスマホの画面を見せてきた。
そこに映し出されていたのは、『アニメワールドフェス』というリアルイベントの公式サイトだった。
そこにはステージイベント情報のタイムテーブルがある。
その中のタイムテーブルに書かれたイベントの一つに目が止まった。
「明鏡刀花のイベントステージ!?」
「そう。しかもこのステージになんと!! お前の大好きな東雲桃の声優、西木凛が出るんだ!」
「え、まじで!?」
画面を確認すると、西木凛以外にも名前の聞いたことのある声優の名前が書かれていた。
不死神朱蓮の声優、北山淳介。夕紅光の声優、翔南遙などステージに出る声優の名前が書かれている。
その中にゲームデザイナーと書かれた人物の名前が目に入った。
「朝霞透?」
「あぁその人結構有名なゲームデザイナーだよ。俺が好きなゲームにも名前あった」
「へぇーゲームデザイナーか・・・」
「そんなことより、このイベント篠節はいかないのか?」
「金ないし、一人じゃなぁ・・・桐島は?」
「俺はいけない。今月の下旬にやるんだけど、その日は親戚の集まり。お前の従兄弟の桃子さんが出ればコスプレイヤーとして有名になれるのにな」
「このイベントコスプレいいんだ・・・てか桃子さんって誰?」
「お前の従兄弟だろ!? この前学校まで来てただろ」
「・・・・・・あ! そうだった」
思い出した、推しが学校に来た時咄嗟に嘘をついて偽名を名乗ったんだった。
推しとの生活が楽しくて、忘れていた。
「東雲桃の声優がイベント出るってことは東雲桃の新衣装か新イベントあるかもしれないのにな」
「なんだって!?」
霧島の言葉に俺は驚いて声を上げた。推しの新衣装か新イベントが出るだって。
世紀の大イベントじゃないか。
「声優がイベントとかに出るってことは担当キャラの新情報が出るかもしれないってことだから・・・絶対じゃないからな」
「何日なんだ? このイベントがあるのは!?」
「今月の二十八日」
「よし! その日はバイト休みだし絶対にいく!」
「お前金は? チケット代と交通費払うお金あるのか? 場所は東京だぞ」
「・・・・・・あ!」
確かにお金がない。給料日を過ぎた日ではあるが、学生のバイト代なんてたかがしれている。チケット代をスマホの画面で調べると一枚三千円する。
交通費もここから東京だと、往復で五千円かかる。
推しも話したら行きたいというだろうし交通費とチケット代、二人合わせて一万六千円。
しかも、バイト代から推しの生活費を差し引かなければいけない。
「・・・・・・いや待て、行ける」
母さんから貰った十万円があった。
余裕で行けるじゃないか。
「よし、アニメワールドフェス行くぞ!」
「俺の分まで楽しんできてねぇ」
アニメワールドフェスに行く決意を高らかに屋上で宣言するのであった。
***
勢いよく宣言したのはいいものの冷静になって考えてみれば推しはイベントに行くのだろうか。
というか行かせていいものだろうか。
自分の声を担当している人に会うって、もう一人の自分と会うに等しいのではないか。
それにゲームデザイナーもステージに出るし、いわば自分の生みの親と中の人と会うことになる。
自分がゲームの中の存在と認識しているのか怪しい推しが、自分が作り出された存在だと知ったら。
こんなことを一人で考えていても仕方ないと思いながらも、答えが出すにいた。
ゲームの制作者に会えば、もしかしたら推しがゲームの中に帰れる手がかりが何か見つかるかもしれない。
だが推しが帰るということは、推しがいない孤独な生活が始まるということ。
いや元の生活に戻るだけじゃないか、それに推しだってもしかしたら帰りたがっていたら引き止めるわけには行かない。
そんなことを考えていたらアパートの玄関前に立っていた。
鍵を開け、ドアノブに手をかける。
ドアノブを開ける手の感覚が重く感じる。
ドアを開けたら、推しにどう話を切り出そう。
ドアを開けられずにいると、ドアノブが下に下がりドアが開いた。
「あれ? 奏殿何をしているのですか? 鍵を開けたのに入ってこないから見に来てしまいましたよ」
推しが玄関のドアを開けて、出迎えてくれた。
栗色の髪を揺らしキョトンとした瞳を俺に向けていた。
「あ、あぁ・・・ちょつと考え事してて・・・」
「考え事ですか・・・それよりご飯できてますよ。今日はテレビでやっていたタイのアクアパッツアなるものを作ってみました」
恐らくまた『三分くらいでできるかもしれないクッキング』でも見て作ったのだろう。
レシピ通りに作るから美味しいのは保証されているからよいのだが。
ご飯を食べている最中にもアニメワールドフェスの話ができぬまま食事を食べわ終わってしまった。
食べ終わった食器を推しが洗い、俺が洗った食器を拭く。
いつ話を切り出そうか悩んでいると、推しが口を開いた。
「奏殿。何か悩んでいますか?」
自分の心が見透かされたようだった。推しは台所の手拭きで濡れた手を拭くと、こちらを真っ直ぐと見つめた。
「・・・いや悩んでいるというか。なんというか」
「私でよければ悩みを聴きますよ奏殿」
俺は皿を拭き終え皿を食器棚にしまうと、スマホを操作してアニメワールドフェスの公式サイト画面を推しに見せた。
「・・・これは?」
「アニメワールドフェス・・・一緒に行かない? 桃」
推しは一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに何かピンときたように目を見開いた。
「なるほど・・・これはリアルイベントとというものですね! テレビで見ました。季節の大きな変わり目に行う本を売る即売会なるものと同じですね!」
推しは何故かやる気満々に闘志を燃やしていた。テレビで偏った変な知識をつけたのだろうか。
「奏殿は私とこの合戦に参加しようか迷われていたのですか! 心配しないでください。この東雲桃、どんな合戦でもお供しますとも!」
「・・・合戦じゃないし、解釈が違うけどじゃあいこうか」
「久しぶりに闘志が湧き立ちますよ」
誰に対して闘志を燃やしているのかわからないがどうやら推しは行く気満々のようだ。
明鏡刀花のイベントステージについて話し損ねてしまった。
だけど話していいものだろうか。もしかしたらゲームの中に帰れる方法が見つかるかもしれないが。
「・・・ねぇ、桃」
「どうしました? 奏殿」
「桃は・・・元の場所に帰りたい?」
俺の言葉を聴いて、張り切っていた推しが急に静かになった。
推しは顔を下に向け、顎に手を当ててしばらく考えると真っ直ぐに俺を見た。
「・・・・・・はい」
「ここよりも向こうの世界がいい?」
「・・・確かにこちらは楽しいし、退屈はしません。ですが、私の仲間が向こうで待っているのです。ここにいつまでもいるわけにはいきません」
「・・・そうか。そうだよな」
改めて言われるとキツイな。ここにいる存在ではないことはわかっているつもりだけど、正面から言葉に出して言われることがこんなにも辛いとは。
複雑な思いが俺の胸を締め付けているように感じた。
「まぁいつ帰れるかもわからないのですがね。それよりその合戦に参加する準備をしようではありませんか!」
推しはそういうと俺の部屋に入って行った。
そして何かを手に持って俺の部屋から出てきた。
「あ! それは『緋桜』!」
推しが現実世界に来た時に一緒に持ってきた日本刀『緋桜』だった。
「はい! 合戦とならば奏殿から貰った装備で望まねば」
貰った装備で、ということは和桜の着物と水蓮の草履も着ていくつもりなのか。
目立つし銃刀法違反で捕まってしまう。そう思い止めようとするが、ふと霧島が言っていたこと思い出した。
「そうか・・・コスプレしていいんだっけ」
このアニメワールドフェスはコスプレイヤーも多く参加する。
それならこちらの世界に持ってきた装備を推しが身につけていても問題ないのでは。
「わかった。その服着ていっていいよ」
「本当ですか奏殿!」
「ただし、刀は絶対に抜かないこと!」
「・・・・・・はい」
推しは不満そうに返事をした。
俺のあげた緋桜をそんなに見せびらかしたっかのか。
公式サイトからアクセスしてチケットを二人分買った。チケットアプリからダウンロードし、スマホに二人分のチケットが入ったことを確認した。
アニメワールドフェスまで残り二週間。
明鏡刀花の新情報や、推しである東雲桃の情報が楽しみなのもあるが、推しがゲームの世界に帰れる手がかりが見つかるといいが。
楽しそうにアニメワールドフェスの準備をする推しを見て、俺は帰ってほしくないというわがままな気持ちを自分の心に押し殺すのであった。
東雲桃の秘密その1
こちらの世界に来た時に身につけていた着物や刀はアパートのクローゼットにしまってある。
来てから数日は刀の手入れを半日に一回していたが、こちらの娯楽にハマってからは一日に一回手入れしている。
着物はとりあえず皺を伸ばしてしまっているが、洗濯方法を二人とも知らないため洗わずにクローゼットに保管してある。




