推し担当声優に会う
アニメワールドフェス当日。
俺と推しである東雲桃はアニメワールドフェスの会場に来ていた。
開場は朝の十時だというのに、長蛇の列ができていた。
今の時刻は午前九時、一時間早く来たというのに人の列で入り口がどこかもわからない。
どれほど人気があるリアルイベントなのかを会場に入る前から実感する。
「おぉ! すごい人の数ですね奏殿」
現実世界に持ってきた課金装備に身を包んだ推しは長蛇の列を眺めていた。
桜柄の着物と藁でできたような草履。そして圧倒的存在感を放つ日本刀を腰に下げた姿は現代日本に似つかわしくない姿だ。
しかし、今日だけはこの似つかわしくない姿でも大丈夫。
なぜなら周りにもコスプレしている人達が沢山いるからだ。
流石にマイナーキャラである東雲桃のコスプレをしている人の姿は見えないが、有名なキャラや人気キャラのコスプレをしている人がいる。
本当にゲームやアニメの中から出てきたようなクオリティだ。
「うん。まさかこんなに人がいるとは思わなかった」
「私達もこの列に並ぶのですね。はやくならびましょう!」
一般入場口から並ぼうとする推しの肩を掴むと、推しはキョトンとした顔を向けてきた。
「どうしたのですか? 奏殿。早く列に並びましょう」
「俺達が入るのは一般入場口じゃないの。こっちの列から入るよ」
俺は推しを連れて別の列を作っている場所に来た。
そこにはコスプレをした人ばかりが並んでいた。
「奏殿ここは?」
「このアニメワールドフェスに入るにはコスプレ登録が必要なんだ。料金がかかるけど登録して別の入り口から会場に入るの」
「なるほど・・・攻め入るにも経路は複数確保した方が良いですからね」
「全然違うけど説明するのは大変そうだからそれでいいや」
アニメワールドフェスはコスプレイヤーは千五百円の料金を払ってコスプレ登録をして別の入り口から入ることになる。
事前に調べておいてよかった。もし調べてなかったら一般入り口の前で追い返されていたことだろう。
しかし、コスプレイヤーの列も入り口が見えないほど並んでいた。
周りにはコスプレをした人しか並んでおらず、中世の鎧の騎士や悪魔のような化け物の姿をした人。
さらには明らかにロボットだろと言いたくなるような完成度の高いコスプレをしている人までいる。
正直コスプレしていないせいでこの中で一番浮いている。
でも推しを一人にしたら会場の中に入れるかわからないし、入ったら絶対に好奇心が勝って歩き回るため合流はできないだろう。
居心地が悪い俺とは対照的に推しは周りのコスプレを見て、目を輝かせていた。
「見てください奏殿! 『怪獣総殲滅』に出てきたガリアジョーがいますよ」
推しが指を指した方向を見ると、機械に侵食された恐竜のような怪獣が列に並んでいた。
後ろに並ぶ人の邪魔にならないように長い尻尾を前に回し手に持っている。
「まさかガリアジョーがこの合戦に参戦するとは・・・激しい合戦になりそうですよ奏殿」
どうやら推しはテレビの中に出てきたガリアジョーが本当に列に並んでいると思っているようだ。
本当のことを告げるべきか悩むが、子供の夢を壊すようで言うのがやだな。
「む! あれは『三分くらいでできるかもしれないクッキング』で料理を教えてくださる明野ママ殿ではありませんか! まさかこの合戦でも料理を教えてくださるつもりなのでしょうか・・・」
推しがエプロンをつけたメガネのおばさんを見て解説し始めた。
恐らく服装を真似たそっくりさんだろう。というかコスプレって現実世界の人間でもいいのか。
そっくりさんコンテストとかに参加した方がいいような気がするがここにいるってことはアニメワールドフェス的にはコスプレ判定なのだろう。
コスプレって奥深いな。
どれくらい似てるのか『三分でできるかもしれないクッキング』を調べてみる。
「この料理番組、ブイチューバーが料理解説してるのか!?」
スマホの検索画面には推しが言っていた明野ママというブイチューバーがアナウンサーと一緒に写っており、動画を見てみるとアナウンサーがほとんど料理していた。
ブイチューバーは隣で指示出したり、応援したりしていた。
昼時のテレビ番組だから料理研究家が料理してるのかと思ったらブイチューバーの番組だったのか。
ブイチューバーってテレビまで進出してたのに、時代の進歩を感じる。
まぁ隣に二次元から出てきた推しがいるのだが。
「この熱気! 皆合戦に闘志を燃やしているのですね!」
恐らくコスプレイヤー達のやる気と熱意を感じているのだろうけど、一番本物に近いのは間違いなく俺の推しだろう。
なにしろ本人なのだから。
「奏殿! 楽しみですね。早く中に入りたいです」
推しは満面の笑みを向けて俺に笑いかける。
自分を隠さないその純粋な笑顔と、普段の日常と変わらない自由奔放さに安心感を覚える。
「あぁ・・・そうだね」
推しに笑顔を返すように俺も笑い返した。
こんなに推しの楽しむ姿を見られてリアルイベントに本当に参加してよかった。
そう思っている最中推しは、周りのコスプレイヤー達に目移りしていた。
「あぁ! あれは不死神殿。こちらの世界に来ていたのですね」
「違う! あれは偽物だから!」
やはりコスプレの説明はちゃんと推しにしておいたよさそうだ。
***
会場に入れたのは午前十時半。
手の甲に入場者判別用のスタンプを押して会場入りした。
スタンプを押された時何かの妖術だと思ったのか推しが剣を抜こうとしたが説明して何とか剣を納めた。
スタッフからはキャラに入り込んでいると思われたようで、クスクス笑っていた。
会場に入るとそこは別世界のようだった。
見上げないと全体像が見えない巨大なモニュメントやアニメの世界から持ってきたような展示物が飾られており、まるで異世界に迷い込んだようだった。
「すごいですね奏殿。まるで別の世界に来たようです」
「・・・うん。完成度が高すぎて目が奪われるよ」
俺と推しの心はあっという間に会場に奪われた。
コスプレイヤーも周りを歩いており、入場口からまだ押し寄せてくる。
ここでじっとしていたら、人の波に飲まれてしまう。
俺は推しの手を掴むと場所を移動するため会場の奥へと歩み出した。
「桃、ここは人が多いからもっと奥に行こう」
「わかりました。奏殿」
推しは嬉しそうに手を握り返し、二人で会場を見回る。
俺と推しははぐれないように手を繋いで出展品や展示物が飾られたブースを見て回った。
何かのゲームの展示物なのか、色々な剣や魔法の杖が岩に突き刺さった物や魔法少女の衣装が飾られたブース。
今にも火を吐きそうな巨大な怪獣が口を大きく開けている展示物などを見回った。
「おぉ! あれはさっきのガリアジョーですよ」
巨大な怪獣の展示物の下に先ほど並んでいたガリアジョーがいた。
まるで本物のように周りのお客さんを威嚇している。
みんな写真を撮ったりしているしファンサービスというやつなのだろう。
目を輝かせてガリアジョーを見る推しに俺はスマホを振って見せた。
「ガリアジョーと写真撮る?」
「写真撮れるのですか? ぜひ!」
俺と推しはガリアジョーに近づくとガリアジョーは大きな口を開けて威嚇してくる。
近くで見ると迫力がすごい。
本当に食べられてしまいそうだ。
「あの・・・ツーショット一緒にいいですか?」
ガリアジョーは大きな口を閉じると、短い手を握り親指を立てて見せた。
「いいですよ」
機械に侵食されたような恐竜から爽やかな男性の声がした。
見た目がかっこいい怪獣なのに人間の声で喋ると違和感がすごい。
推しはガリアジョーの隣に立つとピースサインをカメラに向けてきた。
和風少女と怪獣。時代背景や世界観が明らかに違う異色のコラボが成立するのもこのイベントの醍醐味なのだろう。
写真を撮り終わると、推しと一緒にスマホの写真を確認する。
写真に写る推しは楽しそうな笑顔を見せており、心の底から楽しんでいることが写真を見ただけで伝わってくる。
「綺麗に撮れましたね。次はどこを見ましょうか奏殿」
「もう少し見たいけどそろそろ時間だから」
「時間?」
「そう、十一時からやるんだよ。『明鏡刀花』のイベントステージ」
俺と推しは人混みを抜け明鏡刀花のイベントステージが開催されるブースの前まで来た。
始まる十分前だというのに、ブースの前は人が溢れかえっていた。
イベントステージには巨大なモニターと四人分の椅子、そして司会席が用意されていた。
周りにはちらほら明鏡刀花のコスプレをした人がおり、不死神朱蓮や夕紅光のコスプレをした人が何人かいる。
やはりというかマイナーキャラの宿命なのか東雲桃のコスプレをした人は見当たらない。
やはり人気キャラの二人には勝てないからか。
「奏殿何が始まるのですか?」
「桃が元いた場所のお話。もしかしたら元の世界に帰れる手がかりが見つかるかも」
「本当ですか! ならば心して望まなければ」
希望に満ち溢れた目でステージ見つめる推しの横顔を見て、密かに帰ってほしくないと思ってしまう。
でもここまで来たなら何かしらの成果を出して帰らなければ、例え帰る方法が見つからなかったとしても。
突然ステージのモニターに映像が映ると、会場が拍手に包まれた。
推しと俺はわけもわからず、周りの空気に合わせて拍手をする。
すると会場の端からスーツを着た司会者が出てきた。
「皆さんお待たせ致しました。これより明鏡刀花イベントステージを開催致します。司会は本晴蓮が勤めさせていただきます」
司会の人が挨拶すると、推しはこれから何が始まるのかわからず楽しそうにしていた。
「奏殿何が始まるんですかねぇ」
「それではキャスト陣の登場です。拍手でお迎えください」
司会者の言葉に会場が拍手で包まれた。
ステージの端から明鏡刀花のキャスト陣が出てきた。
白い歯を見せて笑顔を会場のお客さんに見せる爽やかなイケメン、不死神朱蓮役の北山淳介さん。
長い髪をたなびかせ、元気よく会場の人に手を振ってくる夕紅光役の女性声優、翔南遙さん。
明らかに緊張しているのか、なれない様子で会場にぺこりと挨拶するショートヘアーの女性がステージ端から出てきた。
東雲桃の担当声優である女性、西木凛さんだ。
そして最後にステージ端から出てきたのは、皺のないスーツを見に纏った男性。ゲームデザイナーの朝霧透さんだ。
「まずはキャストの皆様自己紹介をお願いしまーす」
「はい、不死神朱蓮役の北山淳介です。皆さんよろしくお願いしまーす」
北山淳介さんが元気よくお辞儀すると拍手共に女性の黄色い声援が聴こえてきた。
さすがは人気のイケメン声優、事前調べたけどアニメやゲームも主要キャラや主役を複数出演しているようだ。
「夕紅光役、翔南遙です。皆さん今日は楽しんでいってください」
氷のように透き通った声で挨拶した翔南遙さんは最近売れ始めている声優で、明鏡刀花のメインキャラである夕紅光役で売れ始めたらしい。
「東雲桃役、西木凛です。あまりリアルイベントにはなれていませんが皆さんと楽しめたらと思います」
隣にいる推しの声と同じ声で挨拶した西木凛さんは新人声優で明鏡刀花がデビュー作らしい。少しずつだが出演作も増えてきている。
「奏殿。あの西木凛という方、私と同じ声がしますよ。何故ですかね?」
それはそうだろ。なんせ自身の声を担当している人が目の前にいるのだから。
「あの人は桃の声優さん・・・桃の声を担当してるの」
「私の・・・声・・・」
推しは自分の喉元に手を当てた。
顔を見ると、考え深そうな顔をしていた。
普段見せない表情に何故か心に一抹の不安を覚えた。
「続いてゲームデザイナー朝霧透さんです」
司会者の声に視線がステージに戻った。
ステージ上では朝霧透さんが軽く会釈していた。
「ゲームデザイナーの朝霧透です。今日はゲームの最新情報をお届けします」
ステージ上の朝霧透さんと目があった気がした。
朝霧透さんはこちらにニコッと笑みを送ると口元にマイクを近づけた。
「今日は私がキャラをデザインするにあたって思い出深いキャラの情報が発表されます・・・ぜひ皆さん楽しんでいってください」
朝霧透さんの言葉に会場は盛り上がり歓声が上がっていた。
この時に目があった意味と発表されるキャラの情報が誰なのかわかったような気がした。
しかし、心にある一抹の不安をその期待と喜びで拭い去ることはできなかった。
この時に桃と一緒にこの場を離れるべきだったと思い返すたびに考える。
この後ステージで発表される情報と推しに起こることを知っていれば――。
予測できていれば――。
あんなことにはならなかったのに。
東雲桃の秘密その2
彼女の製作者が徹夜でキャラデザインを考えている時デザインは完成したが、中々名前が決まらなかった。
考えている最中に寝落ちしてしまい目が覚めると外は夜明け前の陽射しが差し込んでいた。
桃色に染まった美しい空を見て名前を思いついたらしい。




