推し料理に挑戦する
なんで作る料理がこれなのかというと、書いた時食べたかったのがこの料理だから。
あっという間に時間は過ぎていき、土曜日の午前十時。
チャイムの音が鳴ると共に玄関のカチャリとドアの鍵が開いた。
すると母さんがドアを勢いよく開けて入ってきた。
手には大量の食材が入ったエコバッグを持っており、料理を作る気満々だ。
「来たわよ! 奏」
「ドアの鍵開けるならチャイム鳴らすなよ!」
「いやね。チャイムの音にビビって変なもの隠してないから見るためよ」
「本当に母さんは趣味が悪いな」
「失礼ねぇ。思春期の高校生が年齢不相応な物を持っていないか確認するのが親の役目でしょ」
「持ってるわけないだろ!!」
俺の母、篠節咲夜はいつもこんな調子で行動力の化身のような人だ。考える前に行動に移している。そのくせ観察眼は凄まじく、少しの言動で隠していることなどを見抜いてしまう。
さすがは現役看護師というところだろうか。
「あ! 咲夜殿お久しぶりです」
「あら、東雲さん一週間ぶりね」
チャイムの音に反応したのか推しが玄関まで出てくると、母さんと嬉しそうに話し始めた。
一回会っただけなのにいつのまにこんなに仲良くなったんだ。
「うちの奏が迷惑かけてない?」
「奏殿は迷惑などかけておりませんよ。むしろ私が奏殿に迷惑をかけていますし」
「東雲さんは可愛いからいいのよ」
この一週間で推しから名前で呼ばれることに慣れてしまった。
最初は名前を言われるだけで胸が締め付けられるほど嬉しさと照れ臭さがあったが、今はなくなった。
今は名前を呼ばれるだけで少し頬の筋肉が緩みそうになる。
「ほら、見なさいよ東雲さん。奏ったら名前を呼ばれただけで嬉しそうよ」
母さんに顔を見られていた。推しもこちらを不思議そうに見ている。
そんな顔で見ないでくれ、名前を呼ばれただけでニヤけている変な奴だと思わないでくれ。
「母さん! 料理教えるんでしょ。早くキッチンいくよ」
「あらまぁ照れちゃって」
母さんの言葉を無視して逃げるようにキッチンへと向かった。
キッチンに立った母さんはエプロンを着けると、買ってきた食材を並べ始めた。
六個入り卵、米、ネギ、チャーシュー、タマネギ、ピーマン、胡麻油。
食材を見る限り炒飯でも作るのだろう。
いきなり炒飯なんて俺や推しに作れるのだろうか?
「卵焼きを作ります!」
母さんがキッチンで腕を組みながら堂々と宣言した。
「そこは食材的に炒飯にしとけよ」
「料理初心者に炒飯なんて作れるわけないでしょ。最初は卵焼きぐらいがちょうどいいのよ」
そう話しながら母さんは、卵を割りボウルに入れて混ぜるとフライパンに溶いた卵を半分ほど入れた。
液体だった卵は熱で固まり始める。母さんは菜箸で卵をフライパンのはじに寄せると残った溶き卵をフライパンに入れた。
そして入れた卵が熱で固まり始めると、くるりと巻くようにひっくり返すと卵でできた黄色の長方形が完成した。
それを切ると、見覚えのある卵焼きが完成した。
「さぁ、あなた達も作ってみなさい」
「わかりました。咲夜殿」
推しは卵を割り、丁寧に混ぜると気合いを入れてフライパンを握った。
そして溶いた卵を入れて、熱で固まった卵を綺麗に折り返していく。
まるで今見た母さんの動きを模倣しているように見えた。
「できました!」
推しは自信満々にできた卵焼きを見せたが、焦げ目はないし綺麗に形を保っている。
正直母さんが作った卵焼きよりも美味しそうに見える。
さすがは俺が最も愛する推し、東雲桃だ。料理を作る姿も可愛い。
「東雲ちゃん料理じょうずね」
「えへへ、咲夜殿に褒められると嬉しいです」
照れている推しの頭を母さんが撫で回している。
一回会っただけなのに、なんでこんなに距離感近いのだろうか。
「次は奏の番よ」
「・・・わかったよ。やるよ」
二人の真似をして、卵を割ってみるも殻がボウルの中に入ってしまう。
卵を混ぜても溢れるし、フライパンで卵を焼いてみると。
「奏焼き過ぎじゃない?」
ダークマターのような真っ黒の卵焼きが完成した。
これが料理をしない理由だ。作り方とか、見本を見ても何故かうまくいかない。
不器用だとか、コツを掴めないとかそういう問題じゃなくもっと根本的に料理に必要な何かが抜けているような気がする。
「ほら・・・もうお小遣いとかいいから作るのやめようよ」
拗ねたように泣き言を言っていると、真っ黒に焦げた卵焼きに推しが手を伸ばした。
推しは俺が焼いた卵焼きを掴むと口の中に放り込んで食べ始めた。
「な!? 美味しくないぞすぐ吐き出せって」
推しはしっかりと味わうように咀嚼すると、嫌な顔をせずに卵焼きを飲み込んだ。
「いや美味しいですよ奏殿。奏殿の努力の味がしてとても美味しいです」
「・・・・・・桃」
失敗した卵焼きを食べても不味そうな顔をするどころか、太陽のような笑顔を俺に向けてきた。
気を遣って食べたなら本当に申し訳ないのに、そんなことを考えさせないと言わんばかりに、推しの笑顔が眩しく見えた。
そんなことを思っていると突然、パンッと母さんが手を叩いた。
俺と推しは母さんの手の音にビクンと身体を震わせ、現実に意識が引き戻された。
「イチャつくのは母さんが帰った後にしてください」
「別にイチャついてない!」
「思春期の息子にはまだイチャつくって言葉は難しいかったかしら?」
「うるさいな。早く料理するんでしょ」
母さんは俺を揶揄いながらニヤニヤ笑っていた。俺は母さんの口車に乗せられたと理解しながらも、否定するしかなかった。
「そうね。じゃああとは母さんが炒飯作るからあんたら休んでなさい」
「結局炒飯作るんかい!」
母さんはテキパキと料理をこなして、炒飯を作りテーブルに並べた。
推しと母さんが作った卵焼きも一緒に炒飯と一緒に並んでいる。
「「「いただきまーす」」」
三人で手を合わせて、ご飯を食べる。母さんの作った炒飯は悔しいがうまい。
お米もパラパラだし、卵と混ざり過ぎていない。調味料の味付けも良く塩気が効いている。
具材もお米より少し大きいぐらいの大きさで食べやすい。
「やはり、咲夜殿のご飯は美味しいです」
「あら、東雲さんありがとね。炒飯の作り方もあとで教えてあげるわ」
「わーい! ありがとうございます咲夜殿」
「それと引き換えと言ってはなんだけど・・・・・・桃ちゃんって呼んでいいかしら?」
母さんめ、俺が桃と呼び捨てにしたのを覚えていたのだろうか。推しの下の名前を呼んでいいか確認すると推しは嬉しそうに首を縦に振った。
「良いですよ咲夜殿。ぜひお呼びください」
「嬉しいわ。よろしくね桃ちゃん」
「はい!」
二人が嬉しそうに会話する様子を見て、何故かモヤモヤした気持ちになった。
俺の推しが自分の母親と仲良さそうに話している。
微笑ましい風景なのに、なぜか心の中に寂しさを感じた。
ご飯を食べ終わり、食器を洗うと片付け終わると、推しはテレビを付け夢中になって見ていた。
テレビに映っているのは恋愛ドラマのようで、会社の同僚のラブロマンスを題材とした物語だ。
「桃ちゃん恋愛ドラマ好きなの?」
「はい! 毎回物語の続きが気になって面白いです」
「あらそう。なら私のおすすめのドラマも教えてあげるからあとで見ましょう」
「咲夜殿のおすすめですか! ぜひ見たいです」
「フフッ、わかったわ時間がある時また来るわね」
「また来るのかよ母さん」
「当然よ。あんたの生活も心配だし、桃ちゃんにも会いたいしね。娘ができたみたいでお母さん嬉しいわ」
推しと二人の生活をもっと楽しみたかったが、仕方ないか。俺は料理できないし、推しに栄養の偏った食事ばかり摂らせるわけにはいかないしな。
「そろそろお母さん帰るわね・・・あぁそうだ。忘れてたわね」
母さんはカバンから茶色の封筒を取り出すと俺に手渡した。
封筒の中身は僅かにだが、厚みがあった。
「なにこれ?」
「何って? 十万円」
「はぁ?」
「あんた料理覚えたでしょ。失敗したけど約束は約束だから」
「いや・・・でも料理覚えてないし」
十万円の入った封筒を母さんに突き返そうとすると、母さんは封筒を俺の手に握らせて推しに聴こえないように顔を俺に近づけた。
「また料理教えに来るからこれで桃ちゃんに美味しいもの食べさせなさいな」
「・・・母さん」
「それに桃ちゃんとの二人暮らしじゃ入り用なものもあるでしょう?」
「母さん!? もしかして初めから!」
声を荒げる俺を見て、母さんは静かにしろと人差し指を鼻に当てると小さい声で俺に囁いた。
「お父さんには桃ちゃんのことは黙っておくから。そのお金は桃ちゃんの為になることに使いなさい」
その言葉を聴いて、手に持った封筒の重みが増したように感じた。
今までゲームに課金していたお金のように、軽い気持ちで使おうという考えは浮かばなかった。
推しのためにお金を使う。今までと同じことをやろうとしてるのにこんなにも責任を感じるのは何故だろう。
これが誰かの為にお金を使うということなのだろうか。
母さんは俺の顔を見て、無駄遣いしないと確信したのか笑みを見せると俺から離れ推しに手を振った。
「じゃあね桃ちゃん。また来るわね」
「帰ってしまうのですか? 咲夜殿」
「えぇ、奏も元気そうだったし、桃ちゃんの元気な姿も見れたからね」
母さんは推しの頭に手を置き、優しく推しの頭を撫でた。
母さんは推しに優しげな眼差しを向けながら、ゆったりとした声で語りかけた。
「桃ちゃん・・・奏をお願いね」
推しは頭を撫でられながら、母さんの顔を見て決意を固めたように凛々しい顔で母さんの言葉に元気よく返事した。
「はい!」
「じゃあね。奏また来る時連絡するわね」
「うん・・・母さん気をつけてね。あと・・・ありがとう」
母さんは手を振ると、玄関のドアを開けて外に出ていった。
なんだかんだいって俺のことを心配して会いにきたのだろう。
母さんから貰った十万円の入った封筒を見つめ、決意する。
このお金は推しの為に使おうと。
「大変です! 奏殿。この人たちキスしてますよ! しかも周りに人がいる真ん中でですよ!」
推しがテレビドラマのキスシーンを見て興奮した様子で俺に実況してくる。
手で目を覆うが、指の間からしっかりテレビ画面を見ている。
本当に子供みたいだなと思いながらも、こういう推しの切り替えの早さも魅力の一つだとも思う。
「それは大変だね。ちゃんと最後までドラマ見なきゃね」
推しは元々ゲームの中の存在だし、いつか帰らなくちゃいけないかもしれないけど、今はこの時間を大切にしよう。
推しとの日々はまだ続いていくのだから。
東雲桃 ゲームプロフィールその5
彼女にとっての好きなことは勿論、未体験や未知への探索だがそれは誰かと一緒にすること前提である。
誰かと一緒に喜びを分かち合い、体験するからこそ彼女の心は満たされる。
逆に一人で過ごす時間は彼女にとっての弱さそのものである。




