推し親バレする
日曜日の夕方のことだった。
いつものようにバイト終わりの帰り道、バイトで疲れ切った身体で自転車を漕いでいた。
しかしいつもと違うことが一つある。それは推しである東雲桃が家で待っていることだ。
そう考えると自転車を漕ぐ足がいつもより軽い。
バイト中も推しのことで頭がいっぱいで店長の愚痴とかどうでもよかった。
アパートに着くと鍵を解錠し、ドアを開いた。
「ただいま〜」
「あ、主殿お帰りなさい」
私服姿の推しが玄関まで走ってきて出迎えてくれた。
家に帰ったら推しがいる。なんて幸せなのだろうか。
「聴いてください主殿! なんと今日の午後の映画は『怪獣総殲滅』でした。空を割ってでてきた妖怪がほかの妖怪にバラバラにされてしまいました」
「すっかりテレビに夢中になったのね」
昨日の買い物から帰ってきてから、推しはテレビやネットの動画に夢中になってしまった。
ドラマやアニメ、映画に特撮、目に映るものを片っ端から再生し視聴している。
テレビでやっていた午後の映画は昨日の特撮怪獣の映画だったらしい。
昨日から推しは自分が見た内容を楽しそうに話してくれる。
まぁ怪獣を妖怪と言ったり、アニメの魔法やネット動画の編集を妖術と言ったり自分なりの解釈はあるようだが。
推しが楽しいならそれでいい。何故なら一生懸命俺に説明してくる姿が可愛いから。
推しの話を聴いていると、ズボンのポケットから振動と共に電話の着信音が鳴り始めた。
「あ、ごめん。ちょっと電話でるね」
「電話? なんですかそれは?」
キョトンとする推しを、置いといてスマホの画面を見るとそこには発信相手の名前が映し出されていた。
「ゲェ!? 母さん」
「なんと!? 主殿の母上はその板だったのですか!」
「違うよ! これは声をつなぐ道具にもなるの。後で説明するから静かにしててね」
もし推しの声が入ってしまったら、変な誤解をされる。推しが興味津々にスマホを眺める目の前でとりあえずスマホの通話ボタンを押した。
「もしもし、母さん。どうしたの?」
『もしもし、奏? お母さんあんたが連絡よこさないから心配になってこっちからかけたわよ』
「あぁーごめん。ちょつとバイトとかで忙しくて」
『ちゃんとご飯食べてるの?』
「うん、食べてるよ」
『そう、ならよかった。ところであんた今家にいる? この前の休日の昼間に家に行った時いなかったけど』
「あぁバイトしてたからかな? 今は家にいるよ」
『本当? なら今から家にいくわ』
「は?」
『今あんたのアパートの近くに来てるのよ。あと五分ぐらいで着くから』
「ま、待って今日はやめて! てかしばらく来ないで!」
『なんでよ? お母さんあんたのこと心配なのよ。夕飯の材料も買っちゃったし』
その時だった、横にいる推しが母親の声が聞こえてくるスマホが気になったのか話しかけてきた。
「主殿の母上と私も話したいです」
通話に推しの声が入ると通話している母さんから嬉しそうな声が聞こえてきた。
『あらあら、彼女ができたのね。なら今から行くから彼女さん紹介してね奏。じゃあ』
「ま、待って母さん!」
静止する頃には通話が切れていた。
まずい俺の推しを彼女だと思っている母親が今からここにくる。
そもそも彼女ではないが、異性と同棲しているとか、親に知られたら恥ずかしい。
それに親になんて説明する。画面から出てきた俺の推し東雲桃と同棲してるなんて、信じてもらえない。
看護師の母さんから見たら息子がおかしくなったと思われて、精神病院に連れてかれるかも。
「まずい、非常にまずい」
「わぁ、主殿の母上と会えるのですね。楽しみです」
俺の推しは呑気に母さんに会えることを喜んでいる。
推しには外で遊んでいてもらう、いや母さんに会うことを楽しみにしてるし、土地勘もないのに外に出すのは危険だ。
家の中で隠れてもらうにも、好奇心旺盛な推しが静かに隠れてくれるとは思えない。
「今から母さんがここにくるけど、絶対にゲームから出てきたことは言わないで! あと俺たちは同級生っていう設定で話を合わせよう」
「設定? 同級生?」
「学校の仲間ってこと」
「よくわかりませんが主殿とは元から私の大切な仲間ですよ」
「そうなんだけどそうじゃなくて!」
詳しく説明しようとしたその時。ピンポーンという玄関のチャイムが家の中に鳴り響いた。
「奏〜来たわよ。彼女さん紹介しなさい〜」
「早いよ! 母さんまだ五分経ってないよ!」
「五分経ってるか経ってないかなんて誤差よ。早く開けなさいな」
「待って! あと五分待って!」
俺は推しの背中を押して、寝室の奥に連れて行こうとするが、ガチャリという音がドアからした。
「合鍵で開けるから別に待たなくていいわよ」
「なんで合鍵持ってんの!?」
「このアパート私と父さんで借りたのだから合鍵ぐらい持ってるわ。それよりも彼女さん紹介してよ」
短い黒髪を揺らしながら、母さんが玄関から声をかける。推しである東雲桃の姿が母さんの視界に収まってしまった。
「あら、可愛い子! お名前は?」
母さんは靴を脱ぐと一瞬で距離を詰め、推しの手を握っていた。
「東雲桃と申します」
「東雲さんよろしくね。私は篠節咲夜よろくしね東雲さん」
「咲夜殿よろしくお願いします」
「あら古風な喋り方ね。いいところのお嬢様なのかしら? 奏あなたも隅に置けないわね」
「うるさいな・・・様子見に来ただけじゃないのかよ」
「様子見に来たのよ。あんたがちゃんと生活してるかどうか。あんた昔から夢中になると、お金も時間も全て注ぎ込むから心配なのよ。だけどこんなちゃんとした彼女がいるなら心配いらないわね」
「・・・というか彼女じゃないから」
「え? 彼女じゃないの。ならどんな関係?」
「主と家来の・・・むぐぅ!?」
俺は咄嗟に推しの口を塞いだ。恐らく昨日服屋の店員に言った主と家来の関係とでも言おうとしたのだろう。
母親にそんな関係だと言ったら、息子が彼女でもない女性に変なことを強制させているように勘違いさせてしまう。
それだけは避けなければ。
「クラスメイトの友達だよ。今日は遊びにきてたの」
「ふーんそうなの。その割に距離が近いように見えるけど?」
「今の子なんてこんなものだよ」
「へぇー最近の子って進んでるのね」
母さんは怪しむように目を細めて見てくるが、何とか納得したのかそれ以上関係性を追求してこなかった。
「こんな時間だし、ご飯作るわね」
「・・・よろしく母さん」
俺と推しの横を通り過ぎてリビングに向かう母さんを見送った後、推しに耳打ちするように小さい声で話しかける。
「母さんがいる時は俺のこと篠節って呼んで」
「なぜですか?」
「なぜって・・・主とかだとややこしいから」
「なるほど主殿の母上も家来の私から見れば主も当然。わかりました! では篠節殿とお呼びいたします」
「お願いだから普通に篠節さんって呼んで」
「わかりました。篠節さん」
苗字呼びになったて距離感を感じるが殿と呼ばれるよりはましか。
その後母さんは買ってきた食材で手料理を作ってくれた。
野菜炒めと味噌汁、スーパーで買ってきた刺身など久しぶりに母さんの料理を食べたが、とても懐かしく感じる。
一年近く食べていなかったけど、数十年ぶりに口にしたような感覚がする。
「ごちそうさま。久々の母さんのご飯美味しかった」
「ごちそうさまです。さすが篠節さんの母上ですね。大変美味しゅうございました」
「あらあら、ご丁寧ににどうも東雲さんは丁寧ね」
「コンビニ弁当? なるものも美味でしたが、ある・・・篠節さんの母上の食事はとても美味でした」
「あら、東雲さんコンビニ弁当食べてるの? 栄養偏るわよ?」
本当はコンビニ弁当以外食べさせてあげたいが、俺は料理できないし当然こちらの世界に来た東雲桃も料理なんてできない。必然的に食事はバイト先の売れ残りの弁当かコンビニの弁当になってしまうわけだ。
推しにもっと美味しいご飯を食べさせてあげたいが、貯金なんてしてないためお金がない。
「東雲さん、なら私がご飯の作り方教えましょうか?」
「良いのですかぁ!?」
「え?」
「奏。ついでにあんたにも教えてあげるから来週の土曜空けておいてね」
「土曜日はバイトないけど・・・ここでやるの?」
「当然! 東雲さんもその方がいいわよね?」
「はい! ぜひ教えてください」
推しは意外とノリノリだった。そんなに母さんのご飯が美味しかったのかな。
「というかなんで俺まで」
「一品作れるようになったらお小遣いあげるわよ」
「お小遣いって・・・小学生じゃないんだからそんなもので釣られるわけないじゃん」
「十万円あげるわ」
「・・・お小遣いって大金渡すことじゃないよ母さん」
「いやこれは元々貴方のお年玉を管理してたお金よ。あんたが成長したら渡そうと思ってたけど、今必要なんじゃないの? 彼女とのデート代も必要でしょう?」
「・・・くっ! 痛いところを」
確かにバイト代を全額課金していたため、貯金なんて一銭もない。この前のバイト代も推しの服や食費にもまわせばすぐにそこを尽きてしまう。
「どうするの? 奏」
「お願いします。母さん料理を教えてください」
「よろしい!」
その後母さんは食器を洗い片付ける終わると、時刻は午後八時を過ぎていた。
「じゃあ来週ね」
「わかった。待ってるよ」
「お待ちしております。母上殿」
「あ、そうそう東雲さん」
「何でしょうか?」
「奏を頼むわね。あとこの子は下の名前で呼んだ方が喜ぶわよ。じゃあね」
「な!? 何余計なこと言ってんだ」
母さんは逃げるようにドアを開けて帰っていった。
数秒の間俺と推しは沈黙に包まれた。
「・・・・・・奏殿」
推しが呟くように名前を口にした。
背中にゾクゾクとした感覚が伝わってくる。
確かに苗字で呼ばれるよりはこちらの方が、呼びやすいし、誤解されずにいいのかもしれない。
「・・・わかったよ。これからは下の名前で呼んでいいよ・・・桃」
お返しとばかりに推しの名前を口にすると、推しは嬉しそうに明るい表情になった。
「えへへ・・・奏殿」
「やっぱり恥ずかしいからあんまり呼ばないで」
「えぇどうしてですか? 奏殿」
推しは嬉しそうに照れる俺の顔を見ながら名前を呼んでくる。
それが恥ずかしくも嬉しくて、何とも言えない気持ちになった。
一週間の間に推しとの関係についての言い訳を考えなければと思いながらも、母さんが置いていった爆弾によりそれを実行することはできなかった。
なぜならその後一週間推しから下の名前で呼ばれ続ける日々を過ごすはめになったからだった。
東雲桃 ゲームプロフィールその4
東の国の生まれだが故郷は幼い頃に滅びており、寺で育てられた。育ててもらった寺も裕福ではなく、これ以上寺に迷惑はかけられないと旅に出る。
そのため彼女は幼き頃に押し殺していた感情が溢れ出し、初めて見た物に好奇心が抑えられない。




