推し外の世界を満喫する
土曜日の朝。
推しが外の世界を見たいというので約束通り、外に出かけようと準備しているとあることに気がついた。
それは推しの姿だ。
和服に草履を履いた衣装と日本刀を下げた姿はタイムスリップしてきた武士か、コスプレそのものだ。
昨日の学校はコスプレイヤーと無理矢理誤魔化したが、普通に買い物や散歩にいくならそうはいかない。
「どうするかな? 服は・・・俺のしかないしな」
女性物の服なんて持っているわけない。
ましてやこちらの世界に来たばかりの東雲桃が別の服など持っているはずがない。
「どうしました? 主殿」
東雲桃が俺の顔の近くに現れた。
悩む俺をみて顔を覗き込んだのだ。
「うわぁ!!」
突然推しの顔が目の前に現れたため、びっくりしてよろめいてしまった。
昨日家にいる時は、考えないようにしていたが近くで見るとやはり可愛いな俺の推しは。
「大丈夫ですか?主殿」
「大丈夫・・・いやさ、服どうするかなって」
「服? このままではダメなのですか? 主殿からもらったお召し物なのですが」
「うん。外では目立たない服を着なきゃいけないんだ。そういう決まりなの」
「なるほど・・・なら主殿のお召し物を貸してください」
「・・・え?」
「主殿の服を着れば目ただなくてすみますし、問題解決です」
それはそうなんだけど、男物の服しか持っていないんだけどなぁ。
数分して寝室から推しが出てきた。
安い服屋で買った黒の半袖と茶色のデニムで着飾り、長い茶色の髪を頭の横に縛りサイドテールにしている。
ボーイシュな衣装で似合っているし、これはこれでありだ、しかし――。
「刀は置いていこうか」
腰の脇に下がっている日本刀が目につくし、圧倒的存在感を放っている。
「えぇ! 主殿から頂いた大切な刀ではありませんか。これがなくては主殿を守れませぬ」
別に外には襲ってくる敵も、暗殺してくる刺客もいない。
ていうか誰かに守られるほど俺は狙われてない。
「大丈夫だよ。外でそれを使うことないから」
「しかし、武士として刀を手放すわけにはいきませんよぁ」
おもちゃを取り上げられそうな犬のようにうるうるとした目で俺を見てくる。
そんな同情を訴えるような目を俺に向けないでくれ、つい許してしまいそうになってしまう。
しかし、許可してしまったら銃刀法違反で警察のお世話になることが確定してしまう。
「・・・大丈夫だよ。なんかあれば主である俺が命に替えて守るからさ」
「主殿・・・」
とりあえず推しを納得させるにはこの程度の言葉しか思いつかなかった。
推しは目を輝せてこちらを見ているが納得してくれただろうか。
東雲桃は腰に下げた刀を外すと、両手で大切そうに持ちながら俺に差し出してた。
「私の命とも言える私の刀、主殿にお渡しいたします」
「・・・ありがとう、って重い!?」
初めて日本刀という物を持ったが重い。
よく俺の推しはこれを簡単に振り回していたな。
ていうかこんな重い物どうやって腰につけてたんだ。
鞘が抜けないように慎重にゆっくりと刀を机の上に乗せた。
あまりの重さに手が震え、落として刀身が剥き出しになったらという恐怖で手が汗で濡れている。
家に帰ったらすぐに推しに刀は返却しよう。
「それよりもそのサイドテールはどこで覚えたの?」
刀のことを誤魔化すように東雲桃のサイドテールの話題に逸らす。
明鏡刀花にサイドテールのキャラはいないし、どこで髪型の勉強をしたのだろうか。
「この髪のことですか? 主殿の絵巻に出てきた者の髪を真似して結いました」
推しは本棚の漫画を指差した。
指の先を目で追うと『サイドテール魔王』という本に目に映った。
「あーそれか」
女性の魔王が、人間世界に降り立ち一人の人間に恋をする漫画なのだが好きな人間がサイドテールフェチであるため振り向かせようとサイドテールの髪型にする恋愛漫画だ。
中学の時に恋愛漫画にハマって全巻衝動買いしたんだっけな。
「この髪型・・・変ですか?」
推しはサイドテールの髪に手をあてながら、首を傾げる。
変かどうかだって、愚問だろうその質問は。
「めちゃくちゃ似合ってるよ」
ボーイシュな衣装だけでも新鮮すぎて目が焼かれそうなのに、サイドテールというレア姿はゲームの中では絶対に見られない。
本当に産まれてきたよかった。
神様、推しをゲームの中から出してくれて本当にありがとう。
目の前の推しは嬉しそうな顔をすると満面な笑みを見せて、俺の手を引っ張った。
「早く外に探索に行きましょう。主殿」
俺の推し東雲桃は玄関に向かって、俺の手を引っ張り外の世界に連れ出そうとしてくれている。
その花のような可憐な笑顔と柔らかな手の感触を感じながら、推しとのお出かけが始まった。
***
街に出た推しは目を輝かせていた。
視線に映る物全てに興味津々で、これは何かと指を指して訊いてくる。
「主殿! 薄くて黒い板に人が入っています!」
「それはテレビ、家にもあったでしょ。その中に人は入ってないよ」
商店街の電気屋の売り物のテレビを見て、驚く推し。
「主殿! 巨大なタコがいますよ。あれを仕留めましょう!」
「あれはたこ焼き屋さんの飾り。たこ焼き買ってあげるから仕留めないで」
たこ焼き屋の看板に飾られた巨大なタコの飾りを見て、闘争心を燃やす推し。
「ふぁるじほの! ふぁぞのひせきが!(あるじどのなぞのいせきが)」
「それはなんかよくわからない商店街のモニュメント? あとたこ焼き食べてから話しなよ」
たこ焼きを頬張りながら、変なモニュメントを遺跡と誤解する推し。
こんなに楽しそうにする推しを見ていて、なんだが俺も楽しくなってくる。
バイト代が昨日入っていて本当によかった。
四万円ほどの所持金があるため、推しが楽しむのに困ることはなさそうだ。
ゲームに課金しなくなった分、現実世界にいる推しにお金を注ぎ込むことになるとは想像していなかった。
課金以外でお金を使ったのはいつぶりだろう。
「主殿、主殿! 画面の中の空が割れて、中から巨大な妖怪が!」
「それは怪獣映画だよ。家帰ったら見せてあげるよ」
「本当ですか! やったぁ!」
無邪気に喜んでいるところを見ると、まるで子供のようだ。画面の中の東雲桃ならゲームでこんな反応はしなかっただろう。
外に出かけてみるものだな。
そう思いながら推しを見ているとあることに気がついた。
「あ、服買わなきゃ」
男物の服、もとい俺の服を着てはしゃぐ推しは正直かなり目立っている。
いや十後半の女性がテレビや、建造物を見てはしゃいでいたら目立つのは当たり前なのだが男物の服を着ているのは明らかに目立つ。
認知度は低いかもしれないが、ゲームに出てくるキャラ東雲桃そのものの顔と、担当声優そのままの声をしているのだから気がつく人は気がつく。
「えっと・・・東雲さーん」
「なんですか主殿。改まって?」
「服を買いに行かない?」
俺の提案に東雲桃は目を輝かせ、首を大きく縦に振った。
「行きます!!」
商店街から離れたところにあるチェーン店の服屋に来た。
女性物の服というのはよくわからないが、店員さんに訊けばいい服を見繕ってくれるだろう。
「すいませーん」
店の中を歩いていた女性店員話しかけると笑顔でこちらに近づいてくる。
正直店員さんと話したことはないから、慣れないのだが今回は仕方ない。
「どうしました? お客様」
「彼女に合う服を選んでいただきたいのですが」
「彼女さんですか? 彼女さんに合う服をお探しなんですか?」
「か、彼女!?」
「あら、違いましたか? 失礼致しました」
自分の顔が火照って熱くなるのを感じる。
店員さんは丁寧に頭を下げて謝ってくれているが、謝罪しなくても別に怒っていないのだが。
横にいる推しである東雲桃は何故か胸を張っていた。
「いいえ、主と家来の関係です!」
その訂正の仕方はやめてほしい。
変な誤解を生みそうだ。
「ふふっ失礼致しました。まだそういうご関係なのですね。お詫びを兼ねまして家来様に似合う服を見繕わせていただきます」
女性店員さんはくすくす笑いながら服を探しに行った。
絶対変な関係だと思われた。めちゃくちゃ恥ずかしい。
「どうしたのですか主殿? 顔が真っ赤ですよ」
「・・・なんでもない」
俺は真っ赤に染まった顔を見られないように、手で顔を覆い隠した。
店員さんは数十分すると女性物の服を持って戻ってきた。
推しに持ってきたもらった服を渡して、試着室で洋服を着てもらう。
「・・・お待たせしました・・・主殿」
推しの声がして、試着室のカーテンが開いた。
カーテンが開いた瞬間に目に入ったのは、女性らしい服を着た推しだった。
冬から春に移り変わり暖かくなってくる今の時期にぴったりな半袖のティーシャツと、短めだが一目で女性らしさを与えるミニスカート。
着慣れていないせいか推しは恥ずかしそうにスカートの端を手で押さえているが、それを含めて可愛い。
「うぅ・・・下に何も履いていないから、涼しいし恥ずかしいです」
顔を赤くしながら恥じらっているが、正直俺の服を着ているよりも女性らしくてこちらのほうが似合っている。
俺的にはこちらが好みなのだが。
「もう一着あるからそっち着てみれば?」
俺の言葉を聴くとすぐにカーテンを閉めてしまった。
もっと見ていたかったが、推しが恥ずかしがっているなら仕方ないか。
先ほどのスカート姿を頭の中で思い出していると、再びカーテンが開いた。
「どうですか? 主殿」
今度は自信満々な声が聴こえてきた。
カーテンの奥には、スポーティな服に身を包んだ推しが立っていた。
さっきのスカートとは違い動きやすそうなジーンズを履いており、上は白のシャツを着た休日にスポーツしていそうな女子高生に見える。
「うん・・・似合っているよ」
「えへへそうですか? やったぁ」
推しはくるりと嬉しそうに回転すると、試着室の姿見で自分の服を眺め始めた。
とても気に入ったのか笑顔で服を見てポーズを取ったりしている。
こんなに喜んでくれるならここに来て本当によかった。
その後服を購入して、店員さんに選んでもらったスポーティな服を着たまま帰った。
新しい服に身を包んだ推しは嬉しそうに踊るようにくるくる回ったかと思えば、服を見てニヤニヤして歩いている。
まるで欲しかった物を買ってもらった子供のようだ。
日も落ち始め、夕日が俺たちを明るく照らす。
夕日に照らされた栗色の髪をなびかせながら、推しは夕日にも負けない美しい笑顔を俺に向ける。
「主殿。また二人で探索に行きましょうね」
屈託のない笑顔を見て、俺も本心をそのまま口に出した。
「あぁ、また行こう。何度でもどこへでも」
夕日に照らされながら、二人でアパートに帰る。
誰かと一緒に買い物に行くことが楽しいと思ったことは人生で初めてだった。
画面から出てきた推しに、誰かと一緒に出かけることがこんなにも楽しいことだと教えられるとは、普通なら考えもしないだろう。
推しである東雲桃の隣を歩きながら、こんな日常が永遠に続けばいいと思うのであった。
東雲桃 ゲームプロフィールその3
宝物は主から頂いた物全て。大切に手入れして保管している。




