推しはいつもあなたの側に
栗島瞬鬼が元の世界に帰り、月日は流れた。
六月に入りテレビのニュースでも梅雨入りしたことを告げ、外では連日のように雨が降り続いている。
雨ばかりであるため、湿気が多い日が続いていた。
六月三日の夕刻、学校から帰った俺はリビングでニュースを見ていた。
別にやることがないとか、暇だからだとかではない。
何となく気まずいからだ。
「桃さん! このレシピの少量って塩何グラム入れればいいの?」
なぜなら、秋月生徒会長が桃に料理を教わるついでに夕飯を食べに来ていたからだ。
「少量なんて勘でいいんですよ霞殿。適当に少し入れれば」
「あぁー!! 多すぎるんじゃない。これ絶対少量じゃないでしょ!」
「料理なんて勘でいいんですよ。大切なのは愛情ですよ」
「・・・愛情」
謎の理論で無理矢理丸め込まれているだけで、結局少量の答えが帰ってきていない。
というか調味料適当なのによくあんな美味しい料理が作れるな。
さすがは俺の推し。
ちなみに今作っているのは野菜炒めだそうだ。
『続いては絶賛放送中のアニメ、不良探偵栗島くんの作者、紅葉風先生に取材しました』
「不良探偵栗島くんの作者か・・・」
ニュースでは不良探偵栗島くんの作者の仕事現場に取材しにいくニュースキャスターの姿が流れていた。
あの栗島瞬鬼の生みの親がどんな顔をしているのか少し気になる。
『こちらが不良探偵栗島くんの作者、紅葉風先生です。先生今日はよろしくお願いします』
『こちらこそよろしくお願いします』
テレビに映った不良探偵栗島くんの作者は女性だった。
顔はモザイクで隠されているが、高い声や身体つき、立ち振る舞いから女性だと一目でわかる。
あの男らしく、義理堅い栗島瞬鬼の生みの親だから男性の作者だと思っていたなのだが。
『ここで不良探偵栗島くんが作られているのですね』
『えぇ散らかっていますけど、毎週頑張って描いてます』
テレビには漫画の原稿や漫画を描くためのペンなどな置かれた机が映し出されていた。
栗島瞬鬼の漫画が作られているところを見ると、つい最近まで本物が目の前にいたことが信じられなくなる。
本当は夢だったのじゃないかと疑いたくなってしまう。
「・・・瞬鬼様の作者さん」
後ろから声がしたため、振り返るとエプロンを身につけた秋月生徒会長が立っていた。
秋月生徒会長は真剣な顔つきでテレビを見ていた。
俺も話しかけず、テレビに目線を戻した。
『これは最新話の原稿ですか?』
ニュースキャスターの質問に合わせてカメラが机に置いてある漫画の原稿を映し出した。
背景はなく線画だが、栗島瞬鬼が大和撫子のように長く綺麗な黒髪の女性を優しく抱きしめていた。
『はい、まだ描きかけなんですけど何故か急に筆が乗っちゃって』
『これ栗島瞬鬼が長い黒髪の女の子を抱きしめているように見えるのですけど、こんなシーン最新話にもないですよね』
ニュースキャスターの言葉に紅葉先生はどこか照れくさそうに後頭部をかいた。
『そのシーン・・・なぜか頭の中に突然浮かびまして、ストーリーとか考えていないんですけど、そのシーンだけ描いちゃいました』
『謎の新キャラと栗島瞬鬼の関係はどうなるのでしょうか!? 今後の展開も見逃せませんね! それではスタジオにお返しします』
テレビはニューススタジオへとカメラが切り替わった。
テレビに映った描きかけの原稿に描かれた姿は秋月生徒会長に見えた。
顔や表情は見えなかったが、黒髪の女性を抱きしめる栗島瞬鬼の表情はどこか穏やかで、幸せそうに描かれていた。
「・・・秋月生徒会長、栗島瞬鬼はあっちにいても秋月生徒会長のことを思ってるみたいだよ」
振り返ると秋月生徒会長の目からは涙がポロポロと溢れていた。
まるで今までずっと我慢していたものが溢れ出したかのように。
「・・・ごめんなさい。なんでかな、涙が止まらなくて」
涙を流す秋月生徒会長を桃が優しく抱きしめた。
桃は何も言わずに秋月生徒会長が泣き止むまで抱きしめ続けた。
俺も秋月生徒会長が落ち着くまで何も話さなかった。
秋月生徒会長は息を整えると、目から溢れてくる涙を手で払った。
「ありがとう桃さん・・・もう大丈夫」
秋月生徒会長は目元を真っ赤に染めながらも、笑顔を作って見せた。
「さぁ、夕飯できたしご飯食べましょ」
「秋月生徒会長・・・」
「篠節くん・・・私は大丈夫」
秋月生徒会長の細く小さかった声は段々とだが、元の声量に戻っていった。
悲しみを少し残すその声色には覇気があった。
「だって推しに変えてもらった人生ですもの、楽しんで生きなきゃね」
秋月生徒会長の表情は雲一つのない快晴のように晴れやかだった。
たとえ自分の推しが現実世界にいなかっとしても、側にいなくても、秋月生徒会長の心の中には栗島瞬鬼との思い出が残り続けている。
それがある限り、秋月生徒会長が人生において何事も諦めることはないのだろう。
そう、不良のように何者にも縛れることなく、探偵のように思慮深いアニメ中から出てきたあの男のように。
栗島瞬鬼の秘密その5
元の世界に帰った栗島瞬鬼に現実世界の記憶があるのかはわからない。栗島瞬鬼が現実世界にいた時間にも漫画の世界やアニメの世界に栗島瞬鬼は存在していたからだ。
戻った後、元の世界の栗島瞬鬼として記憶が消去されたのか、それとも統合されたのか・・・
それを知る者は現実世界にはいない。




