推しに人生を変えられる
クローゼットの隙間から見える秋月生徒会長の母親は長い黒髪を揺らした美女だった。
秋月生徒会長とよく似ているし、秋月生徒会長をそのまま大人にしたような顔つきをしている。
ただ一つ違うところがあるとしたら、それは目つきだ。
目の前に立っている栗島瞬鬼に向ける視線もそうだが、娘である秋月生徒会長にも同じ冷たい目線を向けている。
まるで壊れたおもちゃや、育成を失敗したゲームのキャラに向けるような冷徹な視線で二人を見ていた。
「霞の一番の推し・・・何を言っているの?」
「俺は霞のためにあんたと話に来た」
「霞のために? 不法侵入してきたのに何言っているのやら・・・・・・あなたショッピングモールで霞と一緒にいた男ね」
窓から差し込む月明かりで栗島瞬鬼の顔が見えた瞬間、秋月生徒会長の母親も栗島瞬鬼と秋月生徒会長の関係に気がついたらしい。
「なるほど・・・霞が転校するという話を聞いて霞を奪いに来たというわけね」
「まぁ・・・そんなところだ。だけどそれは霞が決めることだ」
「無理よそんなこと・・・その子にできるわけないわ」
秋月生徒会長の母親は簡単に栗島瞬鬼の言葉を嘲笑混じりに否定した。
「その子は轢かれたレールしか歩けない。自分でそのレールから外れようとする勇気もない・・・所詮言いなりになってるだけの人形のようなものなのだから!」
秋月生徒会長の母親の言葉を聴いて、俺の隣にいる桃がクローゼットから飛び出しそうになったが、俺は桃の身体を抑えてそれを止めた。
「なぜ止めるのですか奏殿!」
「・・・大丈夫だよ。桃が言いたいことは全部あいつが言ってくれるさ」
桃がここで飛び出して秋月生徒会長の母親に想いをぶつける必要はない。
ましてや秋月生徒会長の想いを代弁して伝える必要もない。
なぜならそれは今は目の前にいる秋月生徒会長の推しの役目だからだ。
「それが霞を縛りつける理由か? 親の言いなりだから何をしてもいいと?」
「自分で決められない、自立もできないのに誰が道を示すの?」
「暴力や圧をかけてしたがわせてもか?」
栗島瞬鬼の言葉に秋月生徒会長の母親は黙り込んだ。
「人は正しく生きようとしても生きられない・・・正義や価値観は人それぞれだからな」
栗島瞬鬼は秋月生徒会長に目を移すと、秋月生徒会長に手を差し伸べた。
「霞・・・お前が何をしたいのか言ってやれ」
「瞬鬼様・・・でも・・・私・・・」
「大丈夫だ・・・お前には俺がついてる」
差し伸べられた手を取ると、秋月生徒会長はゆっくりと立ち上がった。
栗島瞬鬼は秋月生徒会長を縛っている者から解放したいと言っていた。
だけどそれは栗島瞬鬼の役目じゃない。
それは栗島瞬鬼ではなく、秋月生徒会長がやらなければ達成されないからだ。
「・・・お母様・・・私は転校したくないです」
秋月生徒会長は震えながらも小さい声で自分の想いを口にした。
秋月生徒会長の母親も、栗島瞬鬼もその想いに口出しはしなかった。
ただ静かに今にも消えそうな灯火のように小さい秋月生徒会長の言葉に耳を傾けていた。
「私は学校で同じ趣味を共有できる友達ができたし、女友達もできたの・・・それにここには私を想ってくれる推しがいる」
秋月生徒会長は胸の前で拳を握った。
まるで自身の決意をーー
目の前にいる男からもらった勇気をーー
その手に握りしめるようにーー
「私はお母様の言いなりになりたくないし、秋月家も継ぎたくない! 私は自分のしたいことを自分で見つけたいの!」
こんなに声を張って喋る秋月生徒会長を初めて見た。
アニメを語る時の早口で興奮した様子でもなく、学校の校則に厳しい真面目な生徒会長でもない。
自分の意思をちゃんと親に対して想いを口にできた。
「・・・そうですか。それがあなたの答えですか・・・」
秋月生徒会長の母親は娘の言葉を聴いて一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに真顔に戻った。
「なら自分の言ったことを証明してみなさい。来週から一人で暮らしをなさい」
「え!? は、はい」
「一ヶ月は仕送りしてあげるわ」
秋月生徒会長の母親は優しい笑みを見せた。
まるで秋月生徒会長のその言葉をずっと待っていたように見えた。
「・・・お母様ありがとうございます」
「瞬鬼さんでしたっけ?」
「おう、そうだ」
「ファンの娘のためにここまでしてくださるとは情に厚い人ですねあなたは・・・アイドル活動も忙しいでしょうに」
どうやら秋月生徒会長の母親は栗島瞬鬼のことをストリート系のアイドルだと思ったらしい。
そりゃ秋月生徒会長も推しとか言ってるし、栗島瞬鬼もいかにも厳つい見た目してるしそう思うのも仕方ないよな。
アニメとかみてなさそうだし。
「・・・ん? うん、あぁ・・・そうだな」
栗島瞬鬼も秋月生徒会の母親の言葉に意味を理解できずポカンとしていた。
「明日には引越し先も手配しときます。準備しておきなさい霞」
「は、はいお母様」
「あと・・・ぶってごめんなさいね・・・霞」
そう言うとドアを閉めて秋月生徒会長の母親は部屋から出て行ってしまった。
それを見て俺と桃もクローゼットの中から出てきた。
「よく頑張りましたね霞殿!」
「ありがとう桃さん」
桃が霞に抱きつき、二人で喜びあっていた。
「お疲れ様。栗島瞬鬼」
「・・・あぁ」
栗島瞬鬼は何やら浮かない顔をしていた。
まるで自分の役目を終えたことを悟ったように、先程までの元気がない。
「・・・篠節奏・・・ありがとうな。お前のおかげでここまで来れた」
「急にどうしたのさ。お礼なんて」
「・・・いや何となくな」
栗島瞬鬼は何かを察したかのようにそれ以上のことは喋らなかった。
栗島瞬鬼の活躍もあり、秋月生徒会長は秋月家から解放された。
そしてその次の日から秋月生徒会長の一人暮らしが始まったのだった。
栗島瞬鬼の秘密その4
不良と呼ばれている栗島瞬鬼だが、人を困らせることや迷惑行為などはしていない。
栗島瞬鬼にとって不良とは何者にも縛られない自由な生き方を表す言葉だからだ。
その信念が推理や事件を調査するのに生かされている。




