推しに相談する
夕陽が沈み外が暗闇に包まれる頃、俺はやっと家に帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい奏殿!」
ドアを開けると明るい声が響いてきた。
リビングのドアが開くとエプロン姿の桃が出迎えにきてくれた。
栗色の長い髪を揺らして、嬉しそうな柔和な笑みをむけてくれる。
「うん・・・ただいま」
「ん? なにかありましたか奏殿?」
さすがは俺の推しキャラだ。
俺の仕草や表情の変化で、なにかあったことを察してくれる。
「ご飯食べてゆっくり話すよ・・・たぶん桃も驚くし」
「それはそれは楽しみです。夕飯の後の楽しみにしますね」
「ちなみに今日のご飯何?」
「酢豚です。今日も明野ママ殿がテレビで教えてくれました」
「酢豚か・・・久しぶりに食べるなぁ。楽しみ」
「腕によりをかけて作りましたから、ぜひ召し上がってください!」
桃が作った酢豚はとても美味しかった。
久しぶりに酢豚を食べたが、こんなにも味が深い酢豚は初めて食べた。
正直美味しすぎて感動した。
ご飯を食べ終え食器を片付けると、桃は机を挟んで俺の目の前に座った。
「で、私が驚く話とはなんですか? 奏殿」
「実は・・・桃と同じようにこっちの世界に来たキャラがいたんだよ」
「な、なんですって!! でそれはどちらの方なのですか?」
あからさまに大袈裟に驚いた後、急に冷静になった。
またどこかのアニメかバライティで学んできたのだろうか。
「不良探偵栗島くんの主人公、栗島瞬鬼ってキャラ」
「栗島瞬鬼・・・まだ拝見していないアニメですね」
桃は首を傾げているが、それもそのはずだ。
不良探偵栗島くんの放送時間は深夜帯だ。
見るには深夜の放送時間まで起きているか、ネット配信を見るしかない。
桃は日中にやっているバライティやニュース、映画やキッズアニメしか見ていない。
知らないのも当然だろう。
実際俺もアニメを見ていない。
「しかし・・・私以外に現実世界に出てきているキャラがいるとは驚きですね」
「うん。俺もビックリしたよ」
桃以外にも現実世界に出てくるキャラがいるとは考えもしなかった。
もしかしたら現実世界に出てくるには何か条件があるのだろうか。
栗島瞬鬼が出ているアニメ、『不良探偵栗島くん』を見れば何かわかることがあるのかもしれない。
スマホを操作し、インストールしているアプリを開く。
見逃しのアニメを配信しているアプリであり『不良探偵栗島くん』を検索した。
「あ、あった」
十四話まで配信しており、一話約三十分なので大体七時間あれば見れる。
「一緒に見る? 桃」
「もちろん見ます!」
推しは嬉しそうに俺の隣に座ると、二人でスマホの小さい画面に視線を移す。
スマホの画面は小さいため、アニメを見るためか自然と桃の身体が俺にくっついている。
アニメに集中できない。
隣にいる桃は何故か上機嫌に嬉しそうだった。
不良探偵栗島くんが面白いからではないように見える。
もっと別のことが嬉しいように感じているように俺には見えた。
***
不良探偵栗島くんも七話まできた。
半分まで視聴したが、とても面白い。
秋月生徒会長も栗島瞬鬼夢中になるわけだ。
不良ゆえの栗島瞬鬼の正義感の強さや、筋を通すための生真面目さが事件解決に結びついている。
事件のトリックもよく考えられているし、動機もぶっ飛んだものや切ないものまで幅広い。
それにサブキャラクターも事件解決のヒントを偶然ながらも与えてれるのが作品の面白さを際立たせている気がする。
しかし、栗島瞬鬼に好きな幼馴染キャラがいることは意外だった。
空神雷音、栗島瞬鬼と同じ学校に通う幼馴染であり思い人。
こっちの世界に残りたいと言っていたから、栗島瞬鬼にとってあっちの世界は嫌なのかと勝手に思っていたのだが。
思い人がいるのになぜこっちの世界に残りたいのだろうか。
アニメを見ていると話は終盤に差し掛かってきた。
三話かけて事件を解き明かし、犯人をついに追い詰めた。
名門の家系に生まれたお嬢様が自由を手にするために家族を殺していたというのが話の大まかな流れだ。
栗島瞬鬼はそのお嬢様を追い詰め、テラスで事件の種明かしをしていた。
『これが真相だろう? さぁ罪を償って公正するんだな、お嬢様よぉ』
『あなたに何がわかるの? 事件が解決しても私の気持ちまでわかるの?」
『わかるわけないだろ。犯罪者の気持ちなんて・・・』
『フフッ・・・そうよね。だからあなたには私が何故こんなことをするのかもわからないわよねぇ!」
『な、待て!』
犯人のお嬢様はテラスから身を投げ自殺した。
栗島瞬鬼は止めようとしたが間に合わず、頭から真っ赤な血を流したお嬢様が画面に映し出された。
事件は解決できたものの、犯人を追い詰めた栗島瞬鬼は犯人を自殺させてしまった。
この話のラストの栗島瞬鬼は事件が解決したのに浮かない顔をしていた。
ここまでの話の中で犯人が自殺してしまったのはこの話のみだった。
「なんで栗島瞬鬼はこっちの世界に残りたいんだろうね・・・ねぇ桃?」
横にいる桃を見ると、俺の肩に寄りかかって眠っていた。
スゥースゥーと小さな寝息を立てて安心したように眠っている。
時計を見ると時刻は深夜の二時を過ぎていた。
アニメに夢中になって時間を忘れていた。
寝ている桃を起こさないように布団に運ぶと毛布をかけて部屋を出た。
そして自分の部屋にいくとベッドに横になり、目を閉じる。
明日も学校があるし、睡眠時間が少なくなってしまったが俺も寝なければ。
そう思い眠りにつこうとしたが、肩に残った桃の感触と体温が忘れらない。
さっき見た桃の寝顔が頭に浮かび、眠りにつけない。
「やっぱり『不良探偵栗島くん』最後まで見よう」
俺は開き直ったように『不良探偵栗島くん』の続きを視聴し始めた。
寝ることを諦めた俺は結局一睡もできず、朝を迎えるのだった。
秋月霞の秘密その2
不良探偵栗島くんはリアルタイムで視聴している。家にあるテレビはリビングにしかないため、深夜の一時に部屋を抜け出し家族にバレないように音を小さくし、電気をつけずに視聴している。




