推しがいない日
春休みが終わり新学期が始まる。
四月になり、俺は高校二年生になった。
新入生も入学し、俺は先輩と言われる立場となり新たな春が始まった。
「よぉ篠節! 今年も同じクラスでよかったな」
「霧島! 今年もよろしく」
「おう! よろしくって、なぁ・・・なんか篠節ちょつと変わったか?」
「え? そうかな」
「うん、なんか少し明るくなったな」
「そうかな、気のせいじゃないか?」
東雲桃がゲームの中に帰ってから、月が変わるまで落ち込んでいたが気持ちをなんとか切り替えられた。
いつまでもなくなったものを追い続けても仕方がない。
夢のような生活を送ったとしても、夢はいつか醒めるものだ。
夢から醒めて現実を受け入れることも必要なのだから。
「篠節。今日暇か? 映画見に行こうぜ」
「いいよ。今日バイトないし」
「じゃあ約束な。お金はあるよな?」
「あぁ、あるよ」
「最近羽振りがいいけど、どうした?」
「臨時収入があったからな」
「毎月推しに課金してるのに珍しいな。じゃあ放課後な」
「・・・あぁ」
毎月のバイト代を明鏡刀花に課金していたが、先月のバイト代は明鏡刀花に課金しなかった。
ゲームの中にいる推しに課金しようという気持ちが湧かなかったからだ。
心の中にはまだ満たすことができない穴が空いている。
だがそんな心の穴もいつかは埋まるはずだ。
時間が経てば日々の生活が心の穴が塞がり、東雲桃との思い出もいい思い出に変わるはずだ。
そうーーいつかきっと。
学校が終わり、放課後霧島と映画を見て帰路についた。
外に吹く春風は暖かく、季節の変わり目が来たことを教えていた。
帰り道の途中、桜の木と桃の花が咲いた木が並んでいる場所を見つけた。
東雲桃に見せてあげたら喜ぶだろうなと頭の中で考えてしまう。
アパートにつき階段を登り、ドアの鍵を開ける。
ドアを開けて家の中に入ると、暗い部屋が迎えてくれた。
「ただいま」
誰も返してくれない言葉が部屋の暗闇に消えていく。
部屋の電気をつけリビングのソファに腰掛ける。
「そういえば、今日は明鏡刀花開いてなかった」
明鏡刀花のログインボーナスをもらっていなかったことを思い出し、スマホの明鏡刀花のアイコン画面をタップする。
『明鏡刀花』
東雲桃の声でタイトルを読み上げられると、タイトル画面がスマホに映し出された。
タイトル画面のキャラの集合絵には東雲桃の姿はない。
タイトル画面をタッチすると刀を納刀したようなカチャンという音と共にホーム画面に移行した。
そこには長い茶髪の髪を後ろで縛った女性がいた。
俺が課金して装備させた桜柄の着物を纏ってこちらに可愛らしい笑みを向けていた。
『主殿お待ちしておりました。鍛錬に行きますか? それとも素材を集めに探索にいきますか?』
ゲームの中の東雲桃が俺に語りかけてくる。
ゲーム内で決められたセリフをしゃべり、決まった設定に準じて動いている。
現実世界にいた東雲桃はもっと色々な表情を見せてくれた。
外の世界に興味深々で見たものすべてに目を惹かれていた。
だがそんな東雲桃はもういない。
ゲームの中で画面の外に向けて可愛らしい笑みを向ける東雲桃こそ本来の彼女なのだから。
気がつけばスマホの画面に水滴が落ちていた。
いや、水滴ではない。
俺の目からこぼれ落ちた涙だ。
「・・・やっぱり君がいないと寂しいよ・・・桃っ」
気がつけば心の中に押し込めていた想いを口に出していた。
彼女を現実に引き止めないために、言えなかった言葉をゲームの中の東雲桃にぶつける。
今さらこの言葉に答えが返ってくるはずがないのに。
『・・・私も奏殿がいないとやっぱり寂しいです』
突然聴き覚えがある声がどこからか響いてきた。
部屋を見渡すが、部屋には誰もいない。
手に持ったスマホに視線を落とすと、ゲーム画面の東雲桃はニコリと笑って見せた。
それはゲームに組み込まれたプログラムでも、バグでもない。
彼女の意思でこちらに微笑みを送っている。
「うわっ!?」
突然スマホの画面が光り輝き始めた。
スマホの画面から出る光に混ざり、桜の花のようなピンクの花弁が部屋を舞う。
光は収束し人の形を形成していった。
後頭部で結んだ長い髪、女性の細身の体。
そして時代に似つかわしくない日本刀。
光の中に確かに存在するシルエットは見覚えがあった。
何回も、何十回も、何百回も、何千回も見たシルエット。
そして懐かしさを覚えるその姿を見た時、僕の心は確かに喜びで満ち溢れていた。
光から出てきたその姿は桜柄の着物を着た茶髪の女性だった。
画面の中にいたそのキャラは、ゲームの中では見せないような優しい表情を俺に向けていた。
「東雲桃、だだいま戻りました!」
「・・・え! な、なんで?」
「やっぱり奏殿と一緒に居たくてこちらに出てきました」
「ゲームの中のことはいいの?」
「仲間には話してこちらに残ることに了承は得てきました。それに今回は私が自分の意思でこちらに来たのです」
「桃の意思でこっちに?」
「えぇ、帰り方がわかるなら行き方もわかりますから」
あっさり答える東雲桃に空いた口が塞がらなかった。
じゃあこの前の別れはなんだったんだ。
泣いてた自分が恥ずかしい。
「確かにゲームの東雲桃は皆から愛されるキャラになるべきなのかもしれません。ですが私は・・・東雲桃は奏殿だけに愛されるキャラでいたいのです」
東雲桃は俺に顔を近づけた。
そして可愛らしい花のような笑顔を俺に向けた。
俺に向けられたその表情はゲームの中にいた東雲桃よりも美しく感じた。
「これからもよろしくお願いしますね。奏殿」
一度は完結したと思われた東雲桃と俺のキャラストーリーは再び動き出した。
推しとのキャラストーリーはまだ紡がれていくのだから。
東雲桃の秘密その5
東雲桃はいつか篠節奏に桃の花を贈りたいと考えている。




