39【姉は万能でないと妹は困る】
先程までの確認の間、どの聖女も何かを抑えていたのだろう。
何かって表現も漠然過ぎるとは分かっているのだが、聖女の力なんてよく知らないので、ざっくり何かとしか言い様がない。
取り敢えず、立っているだけで光を放ちそうな人間というのは初めて見た。
「ユリア様、どうしてここに?」
「聖女としての仕事です」
神官と話す声も透き通り、実に心地よい。
常人とは異なる雰囲気は王族のものによく似ているようで、何というか根本的に違う。もっとこう……世俗から切り離された神聖な感じだった。
これがユリア様の真の聖女としての姿か。
つまりは聖女としてのスキルが発動する条件が揃ったと言う事である。揃ってしまう事自体はあまり良い事ではないのだが、何だか有り難い気持ちになってしまうのはやはり……何か光りそうだからか。
何処かで耳にした『女神から分け与えられた奇跡を持つ女性達』なんて言い回しも、あながち過剰ではなかったらしい。
この国の神官達は明らかに格上の存在であるこの方々を、自分の都合良く使えるなんてよく思ったものだ。
その発想の方が、実は余程神秘な気がして仕方ない。
今、議場で席に着いたままなのは、私とルディウスだけだった。そもそも私とルディウスは神殿関係者ではなく、護衛の仕事がある神殿の騎士達と同じく、いちいち降臨した聖女に礼を取る必要がない。
眺めの良くなった席からだと、ユリア様の姿は実によく見えた。
ついでに、本物の聖女が近くに立ってしまったので、ミルディリアが紛い物ですらない事が丸わかりになっている。実に滑稽だ……元身内として悲しい程に。
私が色々複雑な気持ちでユリア様を見つめていると、徐にユリア様が私の方を振り返って微笑んだ。
「クラリスさんと仰いましたね?」
名乗る前から私の名前を言い当てる、これぞ聖女。いや、出席者名簿見たら直ぐ分かるか。もしくは前の聖女から何か聞いたのかも知れないが。
私と目を合わせたユリア様は小さく首を傾げた。
「あらあら……その顔は私に色々聞きたい事があるようね。折角だし、今なら一つくらいなら聞いても良いわよ」
「では、よりによってあの方を恋人にした理由をお聞かせ下さい」
「……それは一日じゃ語り尽くせない愚痴も入るから、数日時間が取れるまたの機会で良いかしら」
どうやら聖女ユリアは第三王子との関係を死ぬ程後悔されているらしい。
隣から「私が隣にいて聞くかな……」なんて呟きが聞こえたが、機会があれば一番聞きたかったのがこれなので仕方ない。
議長役の神官が咳払いをした。
「……ユリア様、会話を楽しまれるのは後にして頂ければ」
「分かっているわ。私の用事はそこの聖女になれなかった子だから」
再びミルディリアに視線が集まった。
……あれ? 静か。
泣いたり怒ったり喚いたり色々やったミルディリアが、顔を真っ赤にして口をパクパクさせているだけだった。
「少し、体の動きと声を奪ったから。まな板の魚だと思えばいいわ」
捌くのか、裁くのか?
私はちょっとばかりドキドキした。
「この罪人が更なる罪を犯していたと言う事でしょうか?」
「そう言う意味ではありません。女神はこの子を破門した者と同様に扱う事を望んでおられません。私はそれを伝えに参りました」
「……つまり、即刻死刑にせよと」
「戒律を破った者に殺意高めなのは隠した方が宜しいでしょう。ここには普通の方もおられますから」
誰、一般枠!?
私は思わずキョロキョロ周囲を見てしまい、ルディウスに思い切り袖を引っ張られた。
「神殿関係者ばかりのこの場で、どう考えても普通の括りに入るのは君だけだ」
「急に普通に入れるのね……」
逆に納得がいかない。
最早理不尽だろうと私が思っている間にも、ユリア様達の話は続いていた。
「女神は怒りを解かれたという事ですか」
「違います。とてもお怒りで、お許しになる事は決してあり得ないでしょう。ただこちらの女性は他の神々の加護の種……スキルのなり損ないを持っています」
聞いた事のない単語に私は神殿用語なのかと思ったら、議場内から小さく「知ってるか」「聞いた事ないぞ……」などとあちこちから呟きが聞こえてきたので、何か珍しい事が起きているという事か。
「なり損ない? スキルは普通に体内に宿るものでしょう。それがなり損なうとはどういう事なのです?」
「体内に宿るからと言って、スキルとして芽が出るかどうかは別と言う事です。まさにスキルは種として人間に宿り、それが人間の成長と共に発芽して、開花する。神々がその人間に合うように選んだ種ですから、基本的には開花までいくものなのです。稀に種のままで終わる程度」
何となくユリア様の言わんとしている事が分かった私や他の何人かの神官がミルディリアに哀れむ目を向けた。
神々から与えられたスキルという名の加護がなり損なうなんて……妹よ、よりによって何をしたらそんな惨状になるんだ。
「女神が仰るには、『なり損ない』とは発芽したスキルが開花に至らず種ごと腐り果てたという意味だそうです。世にも珍しく、不完全なスキルになったと言っても良いでしょう」
「……スキルが正常に作動しない、もしくは中途半端にしか発揮出来ないという認識で良いのでしょうか?」
「開花する前に腐ったスキルなので、スキルではありません。正常に作動しないという意味では正しいのですが」
一応ミルディリアはスキルを持っていない事は、今さっき確認したばかりだ。
ただ、スキル持ちと言うだけでも珍しいのに、元々持っていたスキルが二つあって、一つが剥奪され、もう一つは腐っていたかの人間なんて他にいるのだろうか?
ユリア様の世にも珍しい発言さえもオブラートに包んだ発言だったようにしか思えないのだが。
「腐ったスキル……」
隣のルディウスの呟きが聞こえてきた。
やっぱりそれはパワーワードじゃないかと私も思っていた。
スキルのある場所が体内と言っているのは基本的に比喩表現なのだが、それでも腐った何かが体の中にべったりと悪臭を放ちながらこびり付いている様子を想像をして、寒気がした。
「では、改めて伺いますが、ユリア様はこの罪人をどうされるおつもりですか?」
「神殿で監禁する予定です。野放しには出来ませんから」
スキルという神の慈悲を文字通り『腐らせている』時点で、私達の誰もが非常に危険な香りを嗅ぎ取っていた。だから、誰もどういう風に危険かは聞けなかった。
腐った果実が腐敗で発生するガスで爆発するように、ミルディリアも迂闊に扱うと正真正銘大爆発しそうな気がして、躊躇したとも言える。
「……ただ、聖女様がどうあれ、問答無用に処分を決めるというのは、私は神殿側としてはどうかと思います」
「その建前は私も理解しております。ですが、この女性はそこに存在するだけで周囲の人間の心に悪影響を与えます。速やかに処分を決めるべきなのです」
いるだけで悪影響を与える?
思い出したのは、真っ先に両親だった。幼い頃からミルディリアを常に傍に置いていたあの二人は言動全てが無茶苦茶で、多分悪影響を一番受けていた…………と思う。伯母達が昔から両親はあんな感じだったとも言っていたような、気もする。
「腐った果実が放つ悪臭が人間に不快感を持たせるように、腐ったスキルは効果が届く範囲の人間の感情を悪い意味で揺さぶり、荒ぶらせます」
……そう言われると、私もミルディリアの近くにいたりすると、怒るだろうと分かっていても正論で殴ったりしていた。
あの日、馬車から突き落とされるほど怒らせたのも、ひょっとしてミルディリアの腐ったスキルの影響だった?
自分の事だけでもあれこれ出て来るのだから、色々恐ろしい事である。
「では、これを連れていきます」
ユリア様が踵を返し出て行こうとしたのだが、ミルディリアはついて行かない。護衛騎士が仕方なく押すのだが、ミルディリアはビクとも動かなかった。
あ、まだ体の動きも奪われているのか。
振り返ったユリア様がしばらく考えているので教えようかと思ったが、本人が先に気が付いたようだ。
「……連れていくので術を解きますね。ちょっと五月蠅いかも知れませんが」
私達に心の準備をさせる間もくれず、ユリア様はミルディリアにかけていた術を解いた。
「クラリス様、助けて下さい!」
解けたと同時にミルディリアは叫んで私の傍に駆け寄ろうとして、詰まった席と大勢の神官に阻まれて私に近付く事も出来なかった。
入室したとき周囲を見渡していたのだから、中央の席には近寄れないって分かるだろうに。
「クラリス様! 私は……姉に嵌められたのです! スキルが腐ったなんて、間違いなく姉の陰謀です!」
ここにきてそんな事、ではない。私は呆然としてしまった。
確かに長年被っていた鬘は取ったけれど、私は顔は変えていない。化粧だって別人に見えるほどしている訳もない。
大体お互い十年以上一緒に暮らした家族なのだから、普通ではなくても姉の顔ぐらい覚えているものだろう。
「姉という存在はそこまで万能じゃないのよ……」
震える声で私は応えるしかなかった。
いやほんと、どうするべき話だよ。




