38【混迷の議場に百合が咲く】
ここで間違えてはいけないのは、ミルディリアは『聖女』の資格の剥奪で罪人になったのではなく、罪人になったから『聖女』の資格を剥奪された事だ。
要するに、ミルディリアは女神の逆鱗に触れる程の罪を犯している事が露見したと言う事である。
スキルの判定機でそこまで分かるものなのかと私は疑問に思ったのだが、最初のミルディリアの聖女判定が間違っていない前提ならば、今聖女ではない理由はそれ以外にあり得ないのだろう。
『聖女』の資格の喪失に茫然自失となっているミルディリア本人には、そこまで理解出来ていないのは良い事なのか悪い事なのか。
一般的な常識と信心を持った他国の神官達がミルディリアに向ける目は、先程よりも遙かに厳しく冷たいものになっていた。
まさに四面楚歌という状況下で更に、
「そこの女の家族は姉娘を殺そうとしたと専らの噂だな」
「違うだろう。その女は家族と一緒に何の罪もなかった姉を殺したという話だ」
「街道で置き去りにして魔物か何かに殺させたと聞いたな。何という酷い殺害方法だ……」
議場の神官達はミルディリアが資格を剥奪された原因と思しき事件を口々に話し出す。
『クラウディア』が街道の途中で置き去りにされた件は、今や王都で大半の人が知っている話となっている。他国の者であっても知っている事自体は何ら不思議でもなく、先日の劇場のような仕込みではないと思う。
「そんな事をやれば女神もお怒りになるだろうよ……」
ただ、殺されかけたのは間違いなくとも、現実には私は死んでいない。
本来はペナルティ付きである筈の剥奪が、ミルディリアの場合はどう見てもスキルの喪失だけで済んでいるのは、その辺りが関係しているのだろうか。
「ち、違うわ! 姉さんが悪かったからちょっと罰を与えただけなのよ。家族内の話だから!」
正気に戻ったミルディリアが慌てて叫んだのだが、ある種正気とは思えない発言に、神官達はただただ蔑みの目を向けていた。
不利なだけの空気の中でもメンタル頑強なミルディリアが、自分は悪くないと持論を展開しようとしかけたが、
「双子王子殿下がそれは罰ではなく殺人だと結論づけた事を忘れたか? 他の場所でも君は同じ発言を繰り返しているようだが、君達が姉を街道に置き去りにした結果、君の姉は死んだのだ。現実を受け入れろ」
言い切ったのはルディウスだった。……尚、私がその姉の『クラウディア』だと教えた記憶はない。あれ、教えたっけ?
まあ……単に理解に苦しむミルディリアの話にこれ以上付き合いたくなかった可能性も高く、私は口を挟まず様子を見る事にした。
「でも……」
「それで、死ぬような罰を与えられる程の事を君の姉はしたのか?」
「はい! 私を馬鹿にしてきました。聖女の私が結婚するのは王族とかなのに、姉はモテないし無理って言ってきたんですよ!」
言葉はちょっと違う。でも、内容は一緒のような。いや、私があの時何を言ったのかはどうでもいい。
ミルディリアがあの年で幼稚な願望を持っていただけでなく、無知である事を自分ではっきりと告白した事に、姉として恥ずかしくて穴があったら入りたかった。
私はそれはないって、ちゃんと止めたのに!
「……双子王子殿下は既に婚約者がいらっしゃる。君が選ばれる事は万が一にもない」
「は? それって聖女を邪魔する存在ですよね。なら、その婚約者は聖女を苦しめた罰を受けるのですよね?」
議論は必要ない。今すぐミルディリアを殴って落とせと私の奥が主張するのだが、私の席からミルディリアは遠かった。
代わりに俯いて奥歯を噛みしめるが、私はこの苦行に耐えきれるだろうか……。
「……君は自分が聖女ではないと判定された事を忘れたのか? その上に平民である。王家に嫁げる身分でもない」
私が会話している訳ではないのだが、ルディウスとミルディリアの会話を聞いているだけでもげんなりした。
こんなにミルディリアは話の通じない人間だっただろうかと疑問に思う反面、こんなものだったと懐かしく感じる部分もあった。ただ、懐かしいは嬉しい感情ではないと言っておく。
「えー……でも、王子殿下達は私の事が好きですよね? 両親がそう言ってましたし」
「何の根拠がある話なんだ。後、君の両親は王族とは一度も顔を合わせていないだろう。何がどうなったら、そう思うんだ」
「だって、私可愛いから」
もう止めて、妹!
姉のライフがゼロだから!
人目も気にする事なく私は泣き伏したかったが、そんな事をしたら気付いた二人がそれを話し出してまた時間をそこで取る。私はただただ我慢するしかなかった。
私のライフ、残量はゼロなのよ……。
私がつい恨めしげな視線を向けたミルディリアの方は、私とは対照的に言いたい事が言えて非常に満足そうだった。
……さっきまで『聖女』の資格が剥奪されてショック受けていたのに、あっという間にそれを忘れられるなんて幸せな人間である。もうここまで行くと、私はミルディリアが羨ましかった。
頑張って何とかミルディリアに分からせようとしていたルディウスも、言葉の通じなさに遂に口を閉ざした。
周囲の変な空気など意に介さず、ミルディリアは笑顔で、
「元聖女でも選ばれますよね? あ、剥奪されたのなら聖女の仕事をしなくても良いから、私の方がお妃様として選ばれる優先順位が高いですよね。寧ろ当然?」
「女神が許さぬ罪人が王族と結婚出来るか! 身勝手な罰で姉を殺した事を反省もしない血の通わぬ女が王族と縁を結びたいだと? そもそもお前は既に聖女ではないのだから、王侯貴族に対する不敬罪にも何だって問えるんだぞ!」
ミルディリアを怒鳴りつけたのは、神殿側の騎士だった。
前に破滅した神殿の暗部としての騎士ではなく、高位神官の警護をする騎士で、職務上沈黙を続けなければならない筈なのだが、ミルディリアの態度には我慢が出来なかったようだ。
調子に乗って話していたミルディリアも、大柄の男性に怒鳴りつけられては涙目で口を噤んだ。
騎士の行為は恫喝になるので神殿としては好ましからざる手段なのだが、ミルディリアに疲れ切った神官達は騎士に怒る事はなかった。
「こんな女、まともに取り合おうとしないで下さい! 自分の欲求が満たされる事しか頭にないのですから」
「君の怒りは分かるよ。ただ……」
何故か議長役の神官は言葉を途切れさせたまま、そこで口を閉ざした。
ただ?
その後も議長役の神官の沈黙は続いた。
ただ?
その後に続きそうな言葉を考えてみたのだが、私には出て出て来なかったので、ルディウスの腕をつつくと、
「どうしたんだろ?」
「多分……彼女の話を聞く必要がなかった事に気が付いたのだろう」
そう言えば、この場はただの『聖女』スキルの確認だけだった。ミルディリアの異様な話を理解しようと必死だったので、すっかり前提を忘れてしまっていた。
私達は一体全体何故こんな無駄な時間を取っていたのだろうか……。
しばらくすると他にも状況に気が付いた何人かがため息をつき、ばつの悪そうな議長役の神官が、
「平民ミルディリア、用が終わったのですから速やかに退室しなさい」
用事が終わったミルディリアがさっさと退室していたら、こんな事にならなかったのに。
疲れ果てた私もため息をついた。
案内係の神官がミルディリアを促して、これで確認の茶番も終了と思っていた時、何を思ったのか中央の席に走って戻ったミルディリアが外にも聞こえるくらいの大きな声で、
「でも、これだけは言わせて貰うわ! 姉さんが死んだのは当たり前の事よ。だって聖女を蔑ろにする者は罰を受けるんですよね。なら、あれだけ私の嫌がる事をしてきた姉さんが死んだのは女神の罰に決まっているのよ。姉は死んで当然だわ!」
一気にせり上がった気分の悪さに視界が一回転しそうだった。
ミルディリアと私は確かに仲の良い姉妹ではなかった。だが、死んで当然とまで言われるのは流石にショックだった。
たとえ私が魔物に襲われて死んでも、盗賊に殺されても、私の事が嫌いだったミルディリアにはそれが『嬉しかった』のね……。
泣く事はなかったが、私は顔を覆って俯いた。
私だって家族を『捨てた』のだが、本当に身内から死を望まれていた現実はあまりに辛かった。
「聖女は人の死を望む存在ではあり得ません」
その声は闇を払う光のように、異様な雰囲気になっていた議場に響き渡り空気を変えた。
同時に私の中の気持ち悪さも不思議に軽減し、私は声の主を振り返った。
音もなく開いていた議場の扉。
そこから議場に入ってくる聖女は、私の隣にいる人物によく似た容貌で。
「聖女ユリア……」
ルディウスの母親は、誰よりも気高く美しく。
神官の多くが席を立って慌てて膝をつく中、私は「何でこの人は第三王子なんて問題物件を選んだんだろう」と明明後日な事を思っていた。




