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代筆屋クラリスは伝わらぬ秘密を記す  作者: 夏見颯一


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37【聖女はハーレムを築かない】


 この国の神殿はたくさんの嘘をついていた。

 自分達の都合良くなるようにとの嘘もあるのだが、意味が分からない嘘もいくつかあった。


「私、聖女は結婚出来ないって聞いた覚えがあるのよ」


 ウォーゲル子爵領にいた頃、領地の神官が確かにそう言っていた。なので、聖女が子供を産んだと聞いたとき、かなりの不祥事だと思ったのだ。

 しかし、周囲の様子を見てきた限り、そんな事を気にしている様子はなく、


「聖女は結婚出来る。しかも自分で相手が選べるそうだ」

「……よりによって」


 私は頭に浮かんだ人物の事を正直に口にしてしまい、慌てて口を手で塞いだ。

 ルディウスは肩を竦め、


「私だってよりによって父を選ぶかと思った。だが、それも含めて自由なんだ」


 話に聞く限り、第三王子が結婚相手にシェイシルを選んだ事への聖女ユリアからの抗議はなかったそうだ。

 明らかにその辺りでユリア様は見限っていると思われる。


「ついでに言っておくが、如何に相手を自由に選べる聖女とは言え、結婚せずに子供を産む事は流石に相当な不祥事となる。私を産んだ時も母は神官達に苛烈なくらいに糾弾されたそうだ」

「……殿下はユリア様を庇われたの? 何か神官達に言うとか」

「何もしなかった」


 つい最近まで恋人だったと誰がどの口で言った?

 何度も繰り返し思った事だが、第三王子は本当に意味が分からない。

 シェイシル達が可哀想と言う前に、ユリア様の置かれていた状況の方が余程気の毒だろう。しかも、どちらも何故か第三王子の所為で悲惨な状況になっているのが、何とも理解しがたい気持ち悪さを感じる。


 頭悪いね、とは最早私の口からは出て来ない。


「諸悪の根源だって責めたら良かったのに」

「責めた所で自分の善意を主張するだけで理解しない。早い段階で指摘しても自分の善意を盾に更に面倒な行動を取るだけだし、誰も言わないさ」


 まあ……善意というものは非常に面倒な時がある。

 特に善意で行動する人は、往々にして良い結果が返ってきて当然と思い込んでいるものだ。第三王子の場合にしても同じで、善意からの行動を繰り返しているのは、良い結果になると信じている事は間違いない。

 ただ、第三王子は致命的と言って良い程ズレている。善意はおろか、周囲にいる人々の心情についての理解も大きくズレており、第三王子が自分の行動が良い結果に繋がると信じる根拠がひたすら乏しい気がした。


 どうしてそこまで自分に自信があるんだか。

 恋人を酷い目に遭わせておいて関係が続いていると思い込める人に理屈は要らないのだろうが、私にはちょっと理解出来ない。


「……よく貴方が生まれたわね」

「きっと聖女の神秘だろう……そうとしか思えない」


 私の隣の席に座っていた他国の神官服を着た青年が小さく吹き出した。

 議場は広いが参加人数が多く、円状に設置された席は詰まっているので、私達の会話は声を抑えていても周囲には丸聞こえだっただろう。

 別に大した話ではないので聞こえても問題はないのだが、


「……面白い話でお二人が盛り上がっている所に申し訳ありませんが、『あちら』の方に注意を戻して頂けると有り難いですね」


 私達が視線を議場の中央の開けた場所に戻すと、最後の聖女が立ったところだった。

 その聖女も物凄く面倒そうな顔を一切隠す事もなかった。私も彼女に倣って不機嫌な顔をしてみるべきかと思うと、聖女はこちらを向いてニコッと笑った。


「……基本的に部外者である私達に、結果なんて分かっているものを見せる意味は何でしょう?」

「一応形式的にもこの国の王家から証人が必要なのですよ。結果は重々分かっておりますが、『告発が間違っていた』という事実確認の為にもご協力下さい」


 それ自体は分かるのだが、王家からの証人がルディウスや私である事がおかしくない?

 証人として名前が残るのが正式にこの国の王族ではない私達というのは、後々問題になるような気がするのだが、そこらへんの主張は何度繰り返しても一切相手にされず、私とルディウスは仕方なく聖女の判定を見届けるしかなかった。


 最後の聖女が小さな女神像が抱えているスキルの判定機に手を置くと、女神像が白い光に包まれると同時に、

「スキル『聖女』を確認しました」

 と自動音声が流れた。


 最新式の魔導具は音声ガイドも出来るって、凄いなー。


 十数人分同じ事を繰り返し、完全に飽きていた私にはそんなペラペラな感想しか出て来ない。

 ただ、これで分かりきった確認もようやく終了した。

 実に長かった。

 せめて何度も話だけは聞いていたユリア様を見る事が出来ればもう少し集中出来たのだが、ルディウスが身内故に双子の王子達と交替させられた時に何故か私も退席させられた。抗議をしたら、私は神殿側からルディウスの婚約者と認識されていた……。


「神殿は愉快な場所ね。聖女以外の何ものでもない方が聖女でなくなったり、王族とされていない方が王族扱いになったり、更にはその方に存在もしない婚約者が発生したりするなんて実におかしい事。これなら、エメライア姫も失踪しても仕方ないわね」


 私の発言にぎょっとして私を振り返る神官がチラホラいたが、この程度の嫌みは平民でも言うだろう。もしや、彼らは深窓の貴族令息達で世間の穢れも知らないまま神官になったのだろうか。

 しかし、それは私の完全な勘違いだった。


「それは孫の言葉じゃないだろ……」

「そうだったわね」


 今は『エメライア姫の孫』だったと思い出した。自分の設定を忘れるのだから、そろそろ私も茶番を続ける事に限界が来ているのかも知れない。

 欠伸をしながら聖女が退室したので、これで確認も終了かと思った私達が立ち上がると、隣の席の神官が慌てて私達を呼び止めた。


「お二方とも、まだ一人残っていますよ」

「全員終わったのでは?」

「最後は聖女ではないのに聖女となっていた人ですよ」


 誰の事か直ぐに分かった私は、物凄く嫌そうな顔を隠さなかった。

 神官達のやる事にしては、随分貴族らしい回りくどさだ。

 私がこの場に呼ばれた意味は、この最後の人物の確認にあったのだろう。


 座り直した私はぐるりと議場の神官達を見回した。

 この中の何人が私が『クラウディア・ウォーゲル』だと知っているのだろうか。

 ただの確認でしかない場所にわざわざ私を引っ張り出す真意は、今のところ分からなかった。


「さあ、入りなさい」


 その人物は促されて渋々部屋に入ってくると、取り囲む人の多さに怯えたのか後退り、ボロボロと涙を流し始めた。

 何一つ、別れた時から彼女は変わっていなかった。姿もやり方も何もかも、悪い意味で。

 同情心に訴える為に彼女は泣きながら周囲を見回し、


「私は……神殿に来たばかりなのです! どうしてこのような……!」

「あの女神像の装置に手を置いたら直ぐに退室して結構です」

「ですから……!」


 ミルディリアは相手が察して自分の都合良く取り計らってくれるものだと思い込んでいるので、自分から誘導する事は出来ない。

 必死になって自分の希通りの事を言い出す人間を目で探しているが、生憎私達は十数人分も単調で分かりきった結果を確認させられ一様に疲れ切っている。もたもたするミルディリアに向けられるのは感情の消えた目だけであり、誰一人声も発する事はなかった。


 味方してくれる者がいない事が理解出来ず、またミルディリアは泣いた。

 いや、手を置くだけでしょ。

 それだけの事に味方なんて必要もなく、意味が分からない。


「何で! 私が泣いているのに……!」


 と言うか、姉であった私でもこの場のミルディリアが求める『自分に都合の良い事』が全然分からない。

 どうやら第三王子を越えるモンスターがいたようだ。


「介助が必要という事でしょうか?」

「違うに決まっているじゃない! 何で分からないの!?」


 分かる要素がないのに無茶な事言うな。

 私が横にいたらミルディリアの手を引っつかんでスキルの判定機に押し当てただろうが、神官が公の場で同じ事をやったら大問題になる。

 うんざりした顔の神官が数人、天を仰いだ。


「何で私を助けてくれないのよ!」


 泣いても叫んでも、誰も自分の味方をする気がない事に気が付いたミルディリアは、涙で濡れた目で周囲を睥睨すると、女神像の魔導具に手を叩き付けた。

 光もなく、音声ガイドも流れなかった。

 一瞬私は壊れたのかと思ったが、スキルの判定機は結果が気に入らず投げたり怖そうとする者が後を絶たず、一般的に高い塔の上から落としても壊れない程頑丈に出来ていると最初に聞かされた事を思い出した。

 つまりは、


「これで良いでしょ!」


 議場の誰もが声もなく微動だにせず自分を凝視してくる事に、ミルディリアは今度は本当に怯え、泣き出した。

 退室を促す筈の案内係の神官も動かなかった。


「……元々は判定が出ていたのだよな?」


 ルディウスが私の耳に顔を寄せて言った。

 神殿に来てから一度たりとも聖女の力が使えていないミルディリアには、判定の方がミスであり、『聖女』のスキルなど元からなかったという噂が当初からあった。


「その筈。その判定を受けた時は同席していなかったから、私も聞いただけだけど」

「スキルの判定なんて、家族全員参加するだろ」

「余所の家の事は知らないわ。うちでは両親と妹だけが家族だったから。私のスキルにしても家族は知らないわね」


 少し前までルディウスの両親についてあれこれ思っていたが、『クラウディア』の身内も相当変わっていた事を思い出した。

 家族については良い思い出などなく、あの両親が盗賊に殺されたと耳にしても私には特に思う事はなかった

 ただ、盗賊と聞いた時に一瞬、ルーベ侯爵家のように両親は消されたのではないかと思ったが、田舎の村の外れに住んでいれば盗賊に襲われる事は珍しい事ではなかった。どうせ何の対策もしていなかったのだろう。


 とにかく、両親はもういない。

 伯母のウォーゲル子爵がミルディリアを養女に迎えたとは聞かない。

 姉であった私も無関係の『クラリス・ウェリア』となった。


 聖女でなくなったミルディリアを助ける人などこの世の何処にもいない。

 それをミルディリア自身がどこまで分かっている事やら。



「平民、ミルディリア。この場において『聖女』の資格を女神から剥奪された事が証明された」


 教皇の元から派遣された議長役の神官が機械的に言った。

 席に座る全員が私語を止めて口を閉ざし、私とルディウスも倣うように姿勢を正して沈黙した。

 議長役の神官の言葉はどういう手段を取っているのかは知らないが、時間差もほとんどなく教皇に伝えられるという。その伝わった事実は直ぐに各地の神殿にも伝達される。


「そなたは、女神に背いた『罪人』である」


 ミルディリアの顔が蒼白となった。

 お姫様でも聖女でもなくなった事など想定外だったのだろう。

 その後続いた議長役の神官の説明に言い返す事もなく呆然と立ち尽くしているミルディリアから目を逸らし、私は議場の扉に目を向けた。


 物語のように扉を開いて飛び込んでくる『誰か』は現れない。

 王子様も貴公子もこの王都には複数いるのに、ミルディリアを助け出すたった一人は現れない。


 モテモテになるなんて言っていたけど、やっぱり私が言ったように男にモテていないじゃない。


 姉妹の最後の喧嘩の決着は、実に当たり前の結果でもあった。





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