35【欲しいものは自分の所為で手に入らないだけ】
神殿側が『エメライア姫の孫』を利用したいと考えている事は理解出来た。
だが、利用して何をしたいのかは分からなかった。
やる事もない私がぼんやり考え込んでいると、今回も何か面白い事があったと聞きつけたルディウスが他の用事のついでに私の元にやってきた。
一通り話を聞くと笑って、
「具体的にこれが目的という話ではなく、ただの権力欲だろう。精々エメライア姫の孫を通じて自分達に利権が横流しされる事を狙っただけだな」
「それってどうなの? エメライア姫の夫だけではなく、エメライア姫の子供とその夫も何もかもが不明な得体の知れない『孫』なのよ。国の重要な部分に絶対に関わる訳がないじゃない」
「普通はそう思う。だが、操れるなら違うと思う者は一定数いる」
多くの神官は貴族子弟の生まれなので、学のない者を見下したり、権力に付随する特権を忘れられない事は、よくある話だ。
よくあるとは言っても、神官としては禁止された行為である。
「神殿改革のときに教皇を激怒させたって言ってなかった?」
「ああ。だから、君の元に来た高位神官はその日の内に破門されたらしい」
教皇がいる国は遠く離れているので、その日の内というのは連絡係か何かがいたにしても随分早い。そして、明らかに厳しい処分だ。
「まさか、変態だったから」
「君は時々愉快な発想に至るな」
即座にルディウスに否定された。いやでも、最近の流れだと最初に頭に浮かぶ事だと思うのだ。
「男性神官が未婚の女性の部屋に押し入るのは、確かに神殿ではかなりの重罪になるそうだが、それを問われるのは実行犯である者だけだ。現に、元高位神官殿はそこまで罪を問われていない」
「……なら余罪があったの?」
「ここだけの話、我が国の神殿組織は監視対象となっている。何かすれば厳しい処分が下されるのは当然だ」
寧ろその前提があったのなら、何を思ってあの高位神官達は動いていたのだろう。
私は呆れる他はなかった。
「まあ、神官になったのなら行動も慎めという事だ。何かやらかせば、神殿本部から処分を受けるだけでなく、通常の処分も受ける事になる。二回も処分を受けるのだから、安直に職業として神官を選ぶものではない」
私を別人と勘違いした高位神官も不敬罪の審議で宰相に連れて行かれた事を思い出した。
確か……神殿に入ると貴族籍は死んだ扱いになって神殿籍に入る事になる。これで破門となると、神殿籍から存在した事そのものが消されてしまい、還俗した時のような貴族籍に復帰する為の書類が作って貰えなくなると、村の神殿長が何度も言っていた。
「つまり流民と同じ扱いになって、そこに王族に対する不敬罪がついた訳で?」
「そのレベルの破滅については法律の想定外だろうな……」
「しかも、破門で神殿からの温情も一切ない」
「言葉にすると人生の詰んだ感が酷くなるから止めるように」
貴族籍も神殿籍もないとなると、王都での在住資格も消滅している。
こうなると良くて一生罪人の収容施設だろうか。
末路を知っている筈のルディウスは、私に答えを言わないまま立ち上がった。
これが女性の私に気を遣った態度だったとしたら、私の想像以上の処罰となった可能性があるのだが、さて?
じっと見ている私の視線で何を考えているのか悟ったらしく、ルディウスは大仰にため息をつき、
「……あのな、気が早いぞ。まだ数日しか経っていない。どういう処分となるかは確定する訳がないだろう」
「早い時は早いでしょ」
「王族関係で?」
私はそれを失念していた。
今回の問題は王族関係の事であり、最終決定は運が悪ければ妙な方向に慈悲を発揮する国王が関わってくる。
これは無駄に審議が長引いて元高位神官はずーっと牢でやる事もなく……国王の善意で長期間の拘禁刑相当となるかもしれないと思うと、強く生きて欲しいとも思えてくる。
「神殿側もいい加減王族に関わると碌な事がないと学習してくれれば私も楽なんだが、なかなか欲深い者が多い」
そう言い残してルディウスは去って行った。
公的にはルディウスは王家の人間ではない筈なのに、王城に何度も呼びつけられるのは大変だなと私は同情した。
王城の一角で、宰相が軟禁状態の第三王子と面会していた。
国王は勿論、王太子夫妻のどちらもいないのは、同席するだけで第三王子の甘えが先に出て話が聞けなくなると判断されたからだ。
「……ユリア様の手紙を勝手に持ち出すなんて、ユリア様に嫌われるだけですよ」
クラリスがエメライア姫の子供ではないかと元部下が言い出した根拠を宰相が調べない訳がなかった。
ユリアの手紙。それだけを手がかりに辿り着いた『犯人』に、宰相は怒りを通り越して疲れを感じていた。
第三王子は『エメライア姫の子供』がいると漏らした事で混乱をまき散らしたとして、部屋から出る事を許されなくなった。
その様子は反省しているように見えて、ほとんど自分が悪かった事は理解していないだろう。
元はと言えば、『エメライア姫の子供』かどうかは、ユリアがクラリスに送った手紙の内容だった。
その手紙を第三王子が横から奪い取っただけでなく、大勢の人間の前で軽はずみな発言までしていた。
「ユリアは『クラリス・ウェリア』をエメライア姫の子供だと思っているらしい」
王城に勤める者は一様に口が堅いものだが、派閥違いの者が偶然耳にする事を防ぐものではなく、その派閥からの損得勘定は更に別問題だった。
「私には手紙をくれないのに、他の者がどうして受け取るのだ」
見事に被害者ぶり俯いている第三王子に、送りたくないからだろ、と宰相ははっきり口にしたかったが、第三王子は面倒な性格をしているので言わなかった。
その代わり、
「貴方がユリア様を捨てたからですよ」
「私はユリアを捨ててなどいない。どうして捨てたなんて、人聞きの悪い事を言うのだ。ユリアが誤解するだろう」
何度も似たようなやり取りを十何年も続けていた宰相の心は虚無だった。
声を荒らげる事も一切なく、宰相は淡々と事実を口にする。
「貴方はシェイシルと結婚したではないですか。それはつまりユリア様を捨てた事に相違ありません」
「違う! ユリアを捨ててシェイシルと結婚した訳ではない! あれは仕方なかったからだ……優しいユリアは理解してくれている」
「無駄な結婚だったのに、ですか?」
ようやく第三王子は顔を上げて宰相を見た。
「無駄……? シェイシルは可哀想な立場だったのに……?」
「無駄だったのですよ。何度も申し上げましたが、貴方が結婚しなかったら、もっとシェイシルの身の丈に合った方と結婚していたでしょう。不貞をしてもあんな厳罰を受ける事もなかった」
第三王子は優しいと評したのは、今思えば褒める所がなかったからなのかも知れない。
なのに、第三王子は自分が真に『優しい人間』だと思い込んだのが最大の過失だったのだろう。
「貴方は最初からユリア様と結婚していれば良かっただけなのです」
実に単純すぎる正解を告げられ、第三王子は身動き一つしなかった。
「そうしたら、ユリア様に嫌われる事もなく、自分の血をひくルディウス様を王族として正式に扱う事が出来て、オルブレート侯爵令息を死なせる事もなかった」
正解だけが幸福と呼べる流れに進めたのだ。
自分は優しい人だからとシェイシルを選んだ所為で第三王子は自分の周囲の人間も不幸にたたき落とした。
ユリアは許さない。
先頃、第三王子は優しさからイルヴィレアートを庇ってルディウスを死人にしようとしたばかりだ。
ユリアはとうに第三王子への愛などなく、ただただ怒りを滾らせているだろう。
第三王子は自分が優しい行為をした事で満足していた。だから、少なくとも第三王子だけはずっと幸せだったと言えた。
その幸せの下に何があるのか、いつまでも見ようとしない。
「ユリアは……優しい女性だから」
「優しいと彼女だけ不幸になっても良いのですね。お優しい殿下はそれで宜しいのですか」
これで少しでもユリアの気持ちとルディウスへの配慮があれば、宰相も第三王子の愛を多少は信じる事が出来たのだが、第三王子は自分の幸せの為に二人を踏みつける事しかしない。
それを愛と誰が呼ぶのか。
「ユリア様の手紙は本来の受取人に渡しておきます。その方がユリア様もお喜びでしょう」
第三王子の部屋からは箱一杯の他人宛のユリアの手紙が出てきた。
他人への手紙を読んで所持して何が楽しいのか、宰相には全く理解出来なかった。
出て行く宰相を引き留める事もなく、項垂れた第三王子は一人、嗚咽を漏らし始めた。
本当なら誰よりも幸せになった筈の第三王子は、唯一褒められ認められた優しさを評価されたいあまりに愛を失った。
それは何よりも馬鹿馬鹿しく、聖女を傷付けた『報い』さえも相手にしない。




