34【帰れないのか帰らないのか】
「かつての政敵が、まごう事なき変態だったとは知りたくなかったな」
領地にいる前宰相である領主は開口一番に仰ったそうだ。
付き合いも長いので、目の前にいなくても私にはその言葉を口にした時の領主の表情さえも頭に浮んだ。
「かつて恐ろしい人だと思っていた相手が、割と公に出来ない趣味を持っていたとは知りたくなかった」
今の宰相の言葉はよりマイルドな言い方になっているが、内容は全く同じで、驚きも同じようだ。
親子だから、と言うより、大体の人がそんな反応をする話でもある。
前々回、前回の呼び出しで私が話したルーベ侯爵の真実その他は宰相達にしても余程衝撃的な内容だったそうだ。話を聞くのを二回に分けても衝撃は分散出来なかったらしく、報告を精査するとだけ返されて二回とも私は部屋に戻された。
今日はその報告に関する宰相からの意見を聞く事になっていた。
国政に関与しない私が聞くような話なので、意見と言いながらほぼ雑談である。
「ご存知なかったのですか?」
「知ってたら公表している。今でも前々宰相を慕う人間はいるからな。そこに前々宰相は高齢のご婦人達が揃って認める変態だったと知らしめてごらん。とても面白いだろう?」
その面白さは高度過ぎて私には理解出来なかった。
ただ、変態を庇い続けた騎士団が年齢高めのご婦人達から白い目で見られていたように、きっと、前々宰相を慕う人々はご婦人達から同列の変態として括られているかも知れない。
なかなかご年配の男性方にとって恐ろしい事実が判明したものだ。
「……公表します?」
「変態を庇っていた王家と言われるのはちょっとな……影でご婦人達から言われるのは国王の自業自得だからどうでも良いが、広く知らしめると国王も同列の変態だったと疑われかねない」
粛正レベルの変態は下手に庇うものではないな、と思った。
庇いたかったら何かの理由をねつ造するなりしてでも用意しないと、庇う自分が巻き込まれて大惨事になると言う良い例だろう。騎士団長のように愛があっても何ともならない。
「でも、いつかバレるかも知れませんよ」
「それは大丈夫だ。元々変態を隠蔽した全責任は陛下にある。全部そちらに押しつけるだけだ」
……それも仕方ない事だろう。
国王には何も同情するべき点もなく、先の王太后のお茶会の席でも碌な事を言わなかった。既に私の中ではルーベ侯爵と同等の変態にカテゴライズされている。
「まあ、もしもの話。もしエメライア姫が生きて陛下達の前に現れたとしたら、陛下は何を言うつもりなんだろうな」
四十年探しているのだから、当然謝罪の言葉ぐらいは用意していると当初は思っていたのだが、あの陛下の様子では無理だろう。もしエメライア姫が目の前に現れたら、今の陛下では間違いなく謝罪ではなく真っ先に怒りをぶつける。
陛下の親友と言われていたヘリオスの望みとは裏腹に。
「……年が離れていても兄妹なのですから、陛下が何を仰るか分かっているからエメライア姫は出て来ないのではないでしょうか?」
「あり得るな!」
宰相は楽しそうに笑った。
ちょっと自棄が入っている様子にも思えたが、気のせいではないだろう。
そう、この時、宰相達はまだルーベ侯爵家に関して騎士団が隠している事実がある事を突き止めていた。
だが、まだ当時王都から追い出され辺境に飛ばされた騎士達は帰ってきていない。
その事実が王家に突きつけられるまで、まだ時間が必要であった。
かつて一部の人間に握り潰されたルーベ侯爵の真実が上層部の知る所となった。
それによる混乱、もしくは恐慌の巻き添えを食らい、私が部屋で大人しくするしかなかったかと言えば、
「偽者とバラされたくなければ、私達の言う事を聞きなさい。ねぇ、クラリス・エベンチュラ」
「誰の事ですか……」
王城が忙しくなった一方で、神殿の方は暇らしい。
関わる事などほとんどないと思っていたのだが、向こうからやってくるとは何というか暇人の所業にも程がある。
私の部屋に押しかけてきた神官の青年は、ニヤニヤしながら私に謎の名前で呼びかけてきた。
エベンチュラなんて姓の人に私は本当に覚えがないのだけど、何の意味があるのだろうか。
「私達は貴女の正体を知っています。王族を騙した罪は怖いですよ。大人しく私達に従えば私達が庇って差し上げますよ」
「はあ」
さて、どうしたものかな、と思った。
どうとでもなるし、どうとでも料理出来るとなると、迷ってしまうものだ。
怯える様子もなく一見気の抜けた私の態度を、神官は状況を理解出来ない愚鈍な相手だと捉えたようで、
「私達が言う事に従えば、貴女だっていい目が見られますよ。ねぇ」
まさに舌なめずりするような神官らしからぬ顔で私に近付いてきたので、
「アレン、女性の部屋に無理矢理入ってきた者は神官でも変態として捕縛出来るかしら?」
「押し入った事実があるので確実に」
一応出家しているので神官は女性だけの部屋に入ってもある程度は見逃しがあるのだが、無理に入るのは当然罪になる。まして、身分の高い女性の部屋に勝手に侵入するのは重罪だ。
神官なので一度は様子を窺っていた護衛達が一斉に動き出し、神官は抗議の声を上げる間もなく捕縛された。
うーん、出入り口側だと死角だから見えなかった?
猿轡をされて真っ青な顔になっている神官の様子だと、身分以外は単なる一般人のようで、護衛の存在自体を理解していなかった可能性もある。
「罪状は変態で」
「クラリス様、社会的にも抹殺しようと思わないで下さい」
神官を押さえ込んでいる騎士達に懇願された。
今の流れならぴったりだと思ったのだが……。
いや、この程度なら宰相に直に頼んだらワンチャンあるだろう。
「どうせ世俗では死んだ事になっているのです。確実にとどめを刺して世俗への興味を一切絶ち切っても感謝される行為ですよ」
「宰相様が仰りそうな事を言わないで下さい」
騎士達が神官を引き摺って去って行った後、私は当然のように、
「宰相様に連絡して頂ける?」
アレンが目を伏せた。
宰相が言いそうな事なら間違いなく協力してくれると予想させたのは騎士の方だから、責任も騎士達に。
色々罪状がつけられ神殿に抗議が入れられたと知ったのは、その日の夕方。
仕事が早い事だと私が感心していると、宰相の元で何度か見かけた文官の方が私の元に走ってきた。
走ってきた割に顔が青い。
「どうされました?」
「神殿が……親子鑑定を求めています!」
そこで文官は大きく何度も咳き込んだので、何の親子関係か聞きそびれた。
「会議室へお急ぎ下さい!」
文官を追いかけてきた他の人達にも急げと言われるので、私は良く分からない会議室に行くしかなかった。
幸い、アレンを置いていくようにとの指示もなく、私の後ろをアレンは走っていた。
と言うか、文官共、ドレスとヒールは走るのに向いていないって分かっている?
ノックも省略して宰相の執務室近くの会議室に入ると、宰相や一度だけお目にかかった王太子夫妻達の他、見慣れぬ立派な衣装の高位神官らしき人とそのお付きの人々の集団がいた。
挨拶も省略し、何というか非常に友好的ではない目を高位神官は私に向け、
「王族を謀っている女性を私どもが指摘して何が悪いというのですか?」
「別に謀ってはおりませんが? きちんとクラリスは我が領地の領民として暮らしておりました。ジェードル侯爵領の神殿に問い合わせれば普通に分かる事です」
凄い顔で高位神官は宰相を振り返った。
うん?
「クラリスは書類上しっかり私の縁者ですが、何か?」
「え……いや、突然王城に現れたと……」
「身元がはっきりしない、保証も出来ない人間が王城に入れると思われるのは王城関係者としても誠に遺憾な事です。それに私はクラリスの両親の事もしっかり存じておりますよ。少なくともクラリスは貴方方の言う『クラリス・エベンチュラ』ではあり得ません」
高位神官達の顔色が悪い。
なるほど。昼間の神官といい、碌に調べもせず私の元に来たのだろう。
杜撰を越えて適当感溢れる行動に頭が痛くなった。
「……ですが、こうして親子鑑定に応じて頂けたと言う事は、宰相閣下も何かしらのお疑いをお持ちだからですよね?」
「私の方は全く疑っていませんよ。あくまでそちらの疑いを完膚なきまでに潰しておこうと思いましてね」
親子鑑定と聞いて、この場に王太子夫妻がおられる理由が分かった。
一応この世界でも親子鑑定は可能だ。
前世の世界のように専門的な人間も必要なく、魔導具一つで済むのだから非常に簡単ではあるものの、魔石を物凄くたくさん使う事で知られていた。そして、使う時には王族の立ち会いが必要と聞いていた。
え、この茶番にいくらかけたの?
私は信じられないものを見る目で高位神官達を見た。
証人となる王太子夫妻とともに大勢の近衛騎士が控えているのも、莫大な金額をつぎ込んだ結果、思うような結論が得られず暴れる事を警戒してだろう。
はっきり言って証人にさせられる王太子夫妻もいい迷惑に違いない。
「では、サクッと終わりましょう。魔導具を出して下さい」
私が応じる姿勢を見せると、高位神官の後ろに控えていた神官達が挙動不審になってきた。
高位神官は眉間に深い皺を刻み、
「………………いいのか?」
「そちらの方こそ。親子鑑定にかかった費用は一切合切無駄になりますが、宜しいですよね?」
エベンチュラなんて知らない私が堂々としているので、どんどん高位神官達の顔色は蒼白になっていく。
「罪を認めるなら……」
「これは王族の関わる問題だ。罪とするかは神官が決める事ではない。私達を引っ張り出したのだから、今更親子鑑定をしないなんて許されると思っているのか?」
目の隈が濃い王太子殿下が冷たく言い放つと、逃げ道のなくなった高位神官は項垂れた。
昼間に現れた神官のように影でどうこうしようと企むならともかく、王族を引きずり出したこの状況で、私に脅迫が成り立つとどうして考える事が出来たのか……私にはさっぱり分からない。
「止めるなら、現在王族扱いを認められているクラリスへの不敬罪をこの場で問いますが、宜しいですね?」
宰相の圧がかかり、神官達はお通夜の顔で親子鑑定に使うと思しき小さな魔導具を机の上に置いた。
その横に置かれた前世で言う電源となる魔石の入った箱は、対照的に一抱えもあり、この中身が無駄になるのだと思うと、私もご愁傷様としか言い様がない。
最後に、高位神官達の後ろから現れた一般人らしき女性は、私の顔を見るなり、
「貴女、誰!?」
「そっくりそのまま私も聞きますよ」
この時点で親子ではないと明らかになった。
しかし、スケジュールの調整が難しい王族も出席している場で取りやめなど出来る訳もなく、親子鑑定をした結果……当然親子ではないと判定された。
振り返った高位神官は頭を抱えて蹲っていた。
これは鑑定が自分の期待を裏切ったからではなく、無駄に消えたお金の事でショックを受けているのだろう。
すっと高位神官に宰相が近付き、
「神官様、お立ち下さい。王族への不敬罪の審議が待っております」
今からやるんだ……。
私は仕事を生きがいにしているらしい宰相達を見送った。
一方で、この場に残され震えている女性は王太子妃が優しく話を聞いていた。
ここまで聞こえてくる話では、『クラリス・エベンチュラ』という女性は確かに実在するらしい。
「そう。ただクラリスという行方不明になった自分の娘を探していただけだったのね」
「はい……」
クラリスなんてよくある名前でしょうに……。
早とちりをした挙げ句に調べもしなかった神殿の者達によって担ぎ出されたクラリス・エベンチュラの母親は、本物の王族相手に緊張でふらつきつつも何とか受け答えをしていた。
「あの……申し訳ありませんでした。この罪は私一人で家族は関係ありません」
「大丈夫よ。不敬をしたのはあの変な神官だけ。貴女は娘がここにいる女性だと言われて騙されて来ただけ」
宰相からそつのない抗議を受けた段階で引き下がれただろうに、神殿の考える事は本当に分からない。
その後、王太子妃が付き添って騎士団で簡単な取り調べを受けると、タイミングの悪かったクラリス・エベンチュラの母親は家に帰されたそうだ。
そして、私には王太子殿下がただ一言。
「神殿は叔母のエメライア姫をとことん利用したいらしい。気をつけるように」
エメライア姫を取り巻く闇はまだ晴れない。
偽りの孫の私すら利用しようとする神殿の闇もまた、深い。




