33【彼女に出来た事は逃げる事だけ】
事件が四十年も前であれば処分を撤回しても今更……と思うのは外部の人間だけの事だ。
『正しい』事をしながらも僻地に追いやられていた彼らの再評価は、彼らの行いを評価していた騎士団内部からも喜びの声が上がったと言う。
確かに王立騎士団は平民よりも貴族が優先である。
だが、貴族に連なる騎士であっても普通の人間であり、幼い子供が犠牲になっていた事に心が痛まない者などいる筈もないのだ。
確かに正しい事をした。
ルーベ侯爵を討った騎士達が『賊』を倒したと発表があった日、それは騎士団が自分達の『正義』を取り戻した日でもあった。
四十年間の処分は、不遇の身に置かれた当人だけでなく、その家族にも処分は影響していた。
処分が撤回されるという事は全員の生活が変わるという事でもある。
「ありがとうございます……!」
侍女の一人から泣いて礼を言われた。
何の事だろうと思ったが、渡された手紙で彼女が辺境に追いやられていた騎士の身内だった事が分かった。
捻くれ者の私は名誉を取り戻しても時間は戻ってこないと思ってしまうのだが、騎士も騎士の身内も割合ロマンチストが多いらしい。殊の外、彼らの行動の結果として用意された『エメライア姫の孫を救出した』ストーリーに感動し、エメライア姫の孫が彼らの再評価を求めた事に感銘を抱いたようだ。
手紙には彼女の他の身内、騎士本人からの感謝が丁寧に、誠実に綴られていた。
あれが偶然の産物、或いは興奮作用のある調味料の食べ過ぎの結果でしかない事を知っている私は、ここまで感謝される事にいたたまれなさを感じた。
「………………そんなつもりはなかったのだけど」
「クラリス様の言葉が彼らの名誉を取り戻させた事は間違いありません。彼らからの感謝は順当なものですよ」
アレンからそう言われても、私の記憶に残っているのは単なる暴走だ。
何なのだ、あざとい系騎士団長って。アイドル騎士団って。
普段なら絶対に出て来ないような言葉をポンポン放っていた過去の自分ごと発言を消し去りたい気分だった。
普段なら止める筈のルディウスも暴走しているし。
止めどなく後悔し続けている私にアレンはほんの少し眉尻を下げて言った。
「騎士は正義と忠義を尊ぶ存在です。どんな事が切っ掛けであれ、今回、彼らの正義と忠義が仕える方々に届きました。それを喜ばずしてどうせよと?」
王家はどの問題にも明確な答えを出せず、ただルーベ侯爵家の悪行を隠す為だけの処分をされた騎士達。
同じ騎士だからこそ、アレンは彼らの気持ちが分かるのだろう。
彼らは今回、四十年経ったとは言え、その行動を、その正義と忠義を王家から認められたのだ。その喜びはそう単純なものではない。
そして、それを喜ぶのは騎士団関係者だけではなかった。
「もうずっとエメライアの孫で良いわよ」
何度目かのお茶会で、王太后はそう仰った。
私からしたら期間限定にして欲しいので拒否したい所だが、流石にそれは不敬で誰かから怒られそうな気がして、私は曖昧に笑った。
王家にとってもルーベ侯爵家の後始末は長年喉に刺さった小骨だったそうだ。
命令外の事をした騎士達は当然罰するべきであったが、ルーベ侯爵家の問題が明るみに出る前だったからこそ国としては助かったとも言えた。
それをどう判断してどう調整するか。
王家の判断に助言をしていた『宰相』がいなくなった事で、当時は王族の誰もが適切な判断が付かなかったと王太后はポツポツと語った。
エメライア姫が行方不明になって、当時の宰相があんな理由で消えたら確かに混乱するか。
当時の判断に関しては王家が変だったからとは断言出来ないらしい。
ただ、それもあくまで騎士達に対する判断だけだ。
本日の王太后のお茶会は、普段ならいる筈もない人物が同席していた。
その人物も肩の荷が下りたようにすっきりとした顔で笑って、
「そうだな。その方が都合が良い」
都合、ね。
そして都合が悪くなれば切り捨てる。どうやっても絶対にエメライア姫の孫とは証明出来ない私相手だから、国王は簡単に口に出来るというものだ。
私の冷ややかな態度を見て、
「……道理で宰相達が一家で可愛がる訳だ。王族でいても良いなんて聞けば、欲深い者なら滅茶苦茶喜ぶ所だろう」
欲深い者であっても、あれだけの問題起こした王家の一員になると聞いたら絶望で泣く気がした。
私の中の王家への評価が底辺を這っている状態で喜ぶと思っているなんて、まだシェイシル達の事が頭にでもあるのだろうか。でもシェイシルは第3王子との結婚を嫌がっていたとも聞いたような。
「……そんな事を話しに来たのなら帰りなさい」
王太后が一切国王と目を合わせる事もなく言うと、私に絡むように言葉を投げつけていた国王は何とも言えない顔をして口を閉ざした。王侯貴族的な表情はどうしたのだか。
騎士団の問題も、ルーベ侯爵家の扱いに関しても、当時からがっつり関わっていた国王としたら複雑なものがあるのかも知れない。
そして、ルーベ侯爵の事を考えると、当然女性である王太后の考えが気になった。
「王太后様。失礼とは存じますが、ルーベ侯爵の高尚なる趣味を御存知でエメライア姫を嫁がせようと思っておられましたか?」
誰かが息を呑む気配と、国王が立ち上がろうとした直前に、
「そんな事を知っていたら婚約もさせなかったわ。私が嫁がせる相手と聞いていたのもヘリオス・ルーベよ。幼い娘をルーベ侯爵の妾になんてする訳がない」
「母上!」
「でなければ、何なの?」
確かに王太后もルーベ侯爵家の問題に関しては隠蔽側だった。けれどそれは、国王の考える隠蔽の理由とは異なって、感情の全くない、ただの国の威信だとかそれだけの理由だったのかも知れない。
王太后にはルーベ侯爵家にそこまで肩入れする理由などなかった筈だ。
「丁度良いわ、私も貴方にずっと聞いてみたかったの。私と違って貴方達はルーベ侯爵の言葉に出来ない悪趣味を知っていたのにも関わらずエメライアに結婚を強要していた。あれはどういう事だったの?」
国王はあからさまに顔色を変えた。
まさか自分の母親から追及されるとは思ってもみなかったのだろう。
私としては良い感じの展開だ。質問側が私ではない事で不敬を気にする事もなくなったので、傍聴人に徹する事にした。
「そんな事……今更」
「私は母親よ。今更も何もないわ。どうしてあの子があんな汚物のいる家に嫁がなくてはいけなかったの? そんなにエメライアが嫌いだった?」
「違います! 私はただ、貴族間のバランスを考えただけです!」
ルーベ侯爵は当時の宰相なので一理ある。だが、その息子は何の役職にも就いていない、侯爵家の後継でしかなかった。バランスと言われても不釣り合いだとしか思えない。
王太后は扇を閉じた。
「それで何のバランスが取れたというの? なくなっても結果的には少しの混乱だけだったルーベ侯爵に、バランスを取る価値があったの?」
「母上、そんな言い方……!」
「貴方の親友の父親だったから宰相になっただけの人に、実はそれ以上の価値があったの?」
……あれ?
私は前々宰相が変態だけど有能だったと思っていたが、どうやらとんだ勘違いをしていたらしい。
そう言えば本当に素晴らしい功績がある人物であれば、そんなに簡単に名前を忘れ去る事も抹消も出来ない筈だ。それなのに、誰の口からも変態以外では語られる事もなかった。
つまりはルーベ侯爵は、身分があるだけのただの変態で……。
「ヘリオスの父親です! エメライアに手を出す事は絶対になかった筈です!」
「それは何の根拠がある話なの?」
「根拠も何も、嫁いだエメライアが是正させる事でしょう」
私は茶を吹いた。
いや、無理だ。吹かないなんて無理だ。
「十二歳の子供が、無能でも大人を何とか出来るって発想どうかしてるし!」
そして、声に出てしまった。
出さないなんて無理だ。あり得ない。
私の叫びを聞いた王太后も声に出して笑った。
「本当、無理よね。貴方、本当に何を考えていたの?」
私と王太后の容赦のない蔑みの目に、国王は顔を逸らした。
何を考えていたというより、それこそ何も考えていなかったのだろう。
いや、普通に考えたって分かる事だ。
「是正するのは陛下のするべき事だったのではありませんか? ご自分が何か口にした結果、親友の家と確執が生まれるが嫌だったとしても、十二歳の子供の言葉が届くと仰るなら、それこそ陛下で良かったでしょう」
「……エメライアだって王家の生まれだ。ただの十二歳ではない」
「都合が宜しい事ですね。でしたら、当時二十歳を超えていた陛下の言葉はもっと素晴らしいものでしたでしょうね」
物凄い顔で国王に睨まれたが、言い返される事はなかった。
自分では出来ない事をエメライア姫に押しつけようとしていたのが、ヘリオスとの婚約の裏事情だったらしい。
子供の言葉程度で変態行為が終わらせられるなら、騎士団に討伐されないだろうに。
つくづく意味が分からない。
「……十二歳の子供が出来る事を、当時二十一際だった貴方は出来なかったと言うのは止めなさい」
「母上……!」
「それ以外に取れない言葉よ。自覚しなさい」
ルーベ侯爵を止める事は、あの当時、息子のヘリオスも出来なかった事だ。
エメライア姫よりは年上で使用人に囲まれてルーベ侯爵に会っていたラスター公爵夫人も、当時は気持ち悪いと思うだけで何も出来ずに終わっていた。
国王は、エメライア姫に何が出来たと言っているのだろう?
あの当時、エメライア姫は王女であっても序列が一番下の末子で、他の姉弟姉妹と比べたら何もかもが非力で、何をするにも無力だった。
そんな事くらい私だって分かるのに。
「エメライアが黙って嫁いでいれば、ヘリオスは死なずに済んだ!」
王太后との言い合いの最後に国王はそう叫んだ。
元々国王にはエメライア姫の結婚など、親友のヘリオスと繋がる為の理由でしかなかったのだろう。
それ以上でもなくそれ以下でもなく、だから、親のルーベ侯爵の問題が関わってくるなど想定外だった。
「では、貴方はエメライアが妾でも良かったと言うのね」
「当たり前です! 政略結婚を維持する為なら、妾扱いされても……」
最後まで国王は言葉を言う事は出来なかった。
王太后が水差しの水をぶっかけたのだ。
「一国の姫を家臣の一人でしかない老人の妾にする、ね。貴方の考えはしっかり聞かせて頂きました」
私も紅茶のカップを戻した。
国王とは話す価値も感じられなかった。
言い過ぎたという顔をした国王だが、その考えが間違っていたからだとは思っていない様子に、王太后はため息をついた。
「本日のお茶会はここまでにしましょう」
お互いに何を話しても通じる気配が全くない。
一部の王族との価値観の差が、私には理解出来そうには思えなかった。




