32【幼女の夢は変態撲滅】
現実は悪いものを倒して終わりなんて単純にはいかない。
使い古した言い回しでもあるが、誰にとっても絶対的に悪いものなどいないし、絶対的な正義も存在しない。
私達がそれぞれに善悪の価値観を持っているだけで、世の中は複雑になっている。
そう、騎士団長が幼女嫌悪型同性魅了系背徳変態をどうしようもないただの変態だと知りながら愛してしまったように、物事は常に複雑な様相を呈している。
「ルーベ侯爵家は賊に襲われた。これは当時、覆すことの出来ない事実として扱う事が決まった」
愛していた前の前の宰相が変態故に息子に謀殺されたなんて、いくら何十年と経っていようと身を切るような気持ちだろうに、目の前の騎士団長は淡々と事実を話していた。
いや、違うかも知れない。
もしや駄目な人だったと分かっていても若い頃の恋に夢見る系を偽装している?
……危ない、引っかかる所だった。
寸前で罠を見抜けたものの、私はやはり騎士団長と呼ばれるだけの男の実力に体が震えた。
「本当は変態を抹殺消去した事を褒め称えるべき事案なのに……」
「令嬢があの方を嫌悪されている事はよく理解しました。ですが、世の中は感情で裁く事は許されざる行為であり、我々は治安を守る者としてヘリオスの行為を容認する事は出来ませんでした」
「犠牲になった少女達やその家族の気持ちを置き去りにして?」
「……」
足りない系を装うにしても色々設定の詰めが甘いから、直ぐに押し黙るのは減点ポイントにしかならない。
王家は騎士団をどれ程甘やかしてきたのか。
所謂萌え系騎士団というか、前世で言うグループ系アイドルの乗りで騎士団を育てたという事だろう。なかなかの石油的な富豪の如き金の使い方だ。もう少しましな金の使い方がなかったのかと思う反面、娯楽が少ない国でアイドルを育てるのも立派な社会貢献かと思った。
騎士団長は緩く首を振り、
「犠牲になった方々の事は気の毒には思っています。ですが、如何に少女とは言え名もなき平民。それに関しては当時侯爵の身分であったあの方の名誉を考えると、公表もすべきではないと判断いたしました」
「まあ、平民だからと侮るなんて。アイドルの下支えをするのは貴族女性だけでなく圧倒的な平民女性がいてこそでしょう。アイドルを長年している割にそんな事もご存知ないなんて」
アイドルグループ『王立騎士団』のリーダーがこの体たらく。
私は思わず蔑みの目を向けた。
「………………オルブレート侯爵令息」
「ふむ。良く分からないが、取り敢えず下支えは女性だけとは限らない。男性にとっても好ましい何かであれば男性とて下支えするだろう。つまり幼女と、かつて幼女だった身内を持つ男性達にとって、ルーベ侯爵は許されざる変態として記憶に残っているのをどうするべきかと聞いているのだろう」
私の話を説明している振りして自分の意見を組み込む、これが聖女の身内のやり方……!
まあ、私の話の足りてない部分を補ってもいるので、これはこれでありだろう。
後ろで他の騎士達が「どれだけ判断ミスだったんだ……」「道理で年配の当主からの目が厳しい……」「身内から縁を切るって言われたのって……」などと話しているのが聞こえたが、そこまで周囲に露骨な態度を取られて気付かないって、真性のドジっ子も混じっていたと言う事だろう。
何という魔窟。関係が爛れているだけじゃないなんて。
私はこの話が終わったら、即行で今の宰相と領地の前宰相に分厚い手紙を書こうと決めた。
「……」
「話が横に逸れているな。それで、討伐部隊を出さなかった事は?」
「…………如何にヘリオスの行動の根底に正義感があったとしても、当時の宰相の一家を皆殺しにした事は許される行為ではありません。騎士団は直ぐにでも討伐部隊を編成しようとしましたが、ヘリオス・ルーベを含めた『賊』の討伐を騎士達が拒否したのです」
騎士団の言い訳ではなく、事実『賊』はいた。
ようやく騎士団長の言いたい事が私にも分かった。これまで聞かされてきた騎士団の価値観からしたら、法的な根拠を揃える事もなく現役侯爵を討ったヘリオス達は『賊』になると言う事だ。
騎士団流のおもてなし属性チラ見せのオンパレードに付き合わされて随分と手間がかかった事だ。
そんな事していないで訓練しろよと私は声を大にして言いたいが、もっと優先順位の高い話があった。
「見かけでも出陣すれば良かったのでは?」
私がそう言うと、なかなか魅了されない私を騎士団長が恨みがましい目で見てきた。
何というか、私の好む属性まで揃えられなかった騎士団の落ち度だろうに。統一感を求めたからと言っても男性でマッチョ限定だと属性が偏るに決まっているのだから、もう少し幅広い人間を採用すれば良かっただろう。
古参メンバーとバランスを取った?
「我々は出陣すれば成果も上げなければいけないのです。他の騎士団は知りませんが、王立騎士団では手ぶらで帰ってくる事は許されません」
「街道に出る盗賊団をいくつか退治するのでも良かったのでは?」
「……」
沈黙したのは、騎士団としては『華々しい』成果が欲しかったと言う事か。
確かにアイドルならば民衆から黄色い声援を受け取りたいだろう。だが、民衆からの人気を掴みたいなら平民の少女達の無念を晴らした方が断然アイドルになれる筈だ。
……どうやら、ドジっ子や足りない系を偽装する事に集中したあまり、騎士団は方向性を見失っているのかも知れない。
「そして四十年と言う長い時間、人気の低迷に陥ったと。私が言うのもなんですが、何かしらパフォーマンスを取るのも大事だと思いますよ」
「部外者は軽々しく言うだけで楽でしょうね。実際、見かけでも出陣すれば費用も調整も必要になります。パフォーマンスなんて道化をやっているだけの余裕はないのですよ」
「その結果が現在でしょう? 信用をなくし仕事に支障を来し、女性には避けられ若者の就職先からも倦厭されて……ええ、それで費用が何でしたっけ? ああ、こんな状態が四十年も続けば予算が減らされるというお話ですね」
「……」
崖っぷちアイドルなのにパフォーマンスを拒否するとは情けない事だ。
恐らく、これはプロデューサー相当の誰かか、リーダーの騎士団長に問題があると見て良いだろう。特に古参系リーダーの騎士団長。人生いつまでも現役アイドルのつもりかも知れないが、エメライア姫の事件の時に騎士団にいたとしたら幾つの方なのだろうか。
そろそろイメージを刷新する為にもリーダー交替が必要な気配がした。
「ヘリオス様に味方した騎士達は今は?」
「当時の騎士団の上層部で処分を下した。今は辺境で魔物を討伐している」
「何故処分を下したのです? 彼らをそのまま『賊』を討伐した騎士達とすれば簡単に事が収まったでしょうに」
何故か部屋中の人間が押し黙った。
私としてはそんなに難しい事は言った覚えはない。
恐らく、自分達が目立つ事しか考えていないアイドル騎士達の事だ。別の人間にスポットライトが当たる事は考えられなかったのだろう。
「別に出陣しなくても、ヘリオス様達と行動した騎士達を極秘の討伐部隊でしたって戻せば費用も手間も最小限だった筈です」
「い……いやいや、当時の宰相を私的な理由で殺したんですよ! そんな事出来ますか!?」
「やりたくなかっただけで出来たでしょう? そもそもの話、現役宰相を討つ為に法的根拠を揃えるなんて不可能です。事後に理由をこじつけるなり調整するのが貴方達の仕事なのではないですか?」
私の頭に忖度という言葉が過ぎった。
当時の騎士団が誰の顔色を窺っていたのかなど私には知りようもないけれど、王族なプロデューサー達に忖度するよりも、正しくファンの心に寄り添っていれば所謂『太いファン』離れも起きなかっただろう。
「ですが、陛下は隠せと……!」
「ええ、隠すのですよ。前の前の宰相の件を隠したいのなら、わざわざ処分なんて痕跡を残してどうするのです? その時、何かがあったなんてモロバレじゃないですか」
「……よりによって彼らを功労者として認めろと仰るのですか?」
「半分以上はただのつじつま合わせです。『賊』がいたと発表したのなら、騎士団の建前として『賊』を退治した者が必要でしょう」
四十年放置していたのに今更、と思うかも知れないが、何事も始めたら終わらせた事実も必要だ。
再起を図るにしたとしても、少しでも汚点を消しておくのが良いに決まっている。
「ですから、彼らは現役の……!」
「歴史抹消型存在否定系消滅希望変態の愚行が表沙汰になる前に、王家とこの国の名誉を守ったのですよ? 今良い感じにルーベ侯爵の名前は忘れ去られた感じになっているので勘違いなさっているようですが、当時の幼女は忘れていませんよ? 何処かで噴出する前につじつまを合わせる方が賢明です」
ルーベ侯爵家の名前は今となっては忘れ去られつつあったのは事実だ。かと言ってかつての幼女達の気持ちも幾分風化していると思ったら甘すぎる見通しだろう。
ただただ暴露するのに一番『効果的』なタイミングを探しているだけに決まっている。
明らかに前々宰相が変態だった事を伏せていた事は悪手だった。伏せられていた反動を利用して、暴露が一気に拡散するように仕向けてくる。これが貴族夫人のやり方だ。
それこそ忘却や黒歴史なんて生ぬるい。ルーベ侯爵を『変態男』として末永く歴史に残す算段を、特にラスター公爵夫人達はしていそうな気がした。
「かつての幼女達が行動を起こしてからでは遅いのですよ」
騎士団長達も何やら思う所があったようで、大人しくなった。
まあ、かつての幼女が妻だという人もいそうな年齢の騎士もチラホラいて、何らかの心当たりがあったと思われる。
「……ご婦人方が」
「ええ。それでも騎士団が国の威信を揺るがしかねなかった『賊』を討伐していたと発表すれば分かって頂けます」
「男も分かるだろう。当時の王女にも欲望の目を向けていた度を逸したモラル欠如型犯罪系変態宰相が、王立騎士団に正しく討たれたと分かったら、ようやく信頼も出来ると思える」
ルディウスの援護が上手い事。
私も内心舌を巻いた。
ルーベ侯爵を討った事は、王女を抱えていた王家を守る為でもあった。
まさしくそれは王家を守る王立騎士団の仕事である。
「彼らは賊などではありません。名実ともに『賊』を退治して、立派に職務を果たしました」
数日後、王家は四十年前のルーベ侯爵家を襲った『賊』が退治されていた事を発表した。
それ自体は順当だろうと気にならなかったが、四十年もかかった事への説明に私は頭を抱える事になった。
そもそも騎士団に出向いた時はかなり高揚していた。高揚しすぎてどうして自分があそこまでルーベ侯爵家の討伐に関わった騎士達の復権を唆したのか理解出来ないのに、更に何故か説明に自分の事を盛り込まれた事は理解したくなかった。
「ルーベ侯爵家の事件はエメライア姫に関わる事件でもあった。エメライア姫の身の安全を考慮した結果、我々は事件の推移の公表を差し控える他はなく、時間はかかったが『エメライア姫の孫』と思しき女性を保護するのに至った」
何か私の事が成果になっていた。
まさか利用されるとは露程も予想はしていなかった。
まだ『思しき』なら、何とか逃げ道はある?
取り敢えず、騎士団について書いた手紙の内容で宰相に呼び出されていたので、そこでじっくり話を聞こうと私は部屋を後にした。




