29.【劇の余韻は冷めない】
『劇』はこうしてエメリー姫ならぬエメライア姫の孫が真実を手に入れようとする展開になり、真実は次回をご期待下さいで幕を閉じた。
収拾をつける為に本当にそうやって終了したが、規制されたので当然次回の予定はない。
食べ物のかすやソースの跡だらけの悲惨な格好になった騎士達が憔悴して帰った一方で、邪魔された筈の観客達は非常にご機嫌だったのが印象的だった。
「いい劇だったな!」
「面白かった!」
上機嫌な観客に混じって私達が劇場を出て行く途中、見かけた劇場の裏方の関係者は遠い目をしていた。
この後の掃除の手間や修繕を考えて放心状態になっているのではなく、『劇』が出資者の予定通りに行かなかったからだろう。
実に仕方ない事だ。
不測の事態なんてこの世界では普通に転がっているし、勝手に人を出演者の一人にしたのだから私としては『報酬』はいただいて当然だと思っている。
「最後、劇の真の主役になったな」
「アドリブで主役になれるとは思わなかったわ」
私の隣を歩くルディウスは合流してからずっと笑いを堪えていた。
前々から思っていたのだけど、ルディウスは本当に笑いの沸点が低い。
私からすれば劇の主役を奪ったのは、あくまで結果的にそうなっただけだ。
ワンシーンだけの脇役程度の台詞量に加えて演技力は大根。
恐らく金が湯水のようにつぎ込まれた劇だったのに、私が主演になってしまった事で全てが台無しになってしまった。
何ら反省はしていない。
「だってあの人達はプロでしょう? アドリブ返しで上手い事、役者の方が締めてくれると思ったんだけど」
「それは随分高度な要求だな。作り込まれた劇というのはそんなにアドリブの余裕もないだろう。予定通り全てが進んで初めて結論になる筈だった」
「じゃあ、何故私みたいな不確定要素を劇に入れたのよ」
「普通はアドリブなんかしない」
言われてみれば、そうだ。
そんな事実を突きつけられても、ちょっと自分の都合良く出来そうな流れになったから我慢出来なかった事は仕方ない。
「いつか貴方も私と同じ状況になったら私と同じ事をやると思うわ」
「普通はそんな事は起こらないし、やらない」
やや言い合いになりながら私達が劇場の玄関を出ると、血相を変えてルディウスの従者が走ってきた。
予定終了時間より早く出てきたので、よく間に合ったなと私の方は感心してしまった。
「ご無事でしたか!? いきなり騎士団が突入していったので何事が起きたのかと心配しておりました」
「騎士達は周囲に事情を説明しなかったのか?」
「私が聞いた限りなかったそうです。王都の騎士は大変嫌われていますから、下手に説明すると反発を受けるので黙っていたのだろうと御者が言っておりました」
話の内容的に御者は多分王都在住の人間だ。
御者にちょっとだけで良いから騎士団について話を聞きたい所だが、劇場の周囲は予定外に出てくる人で溢れかえっているので今は話どころではなかった。
人を避けようと歩き始めても、どちらを向いても劇場から出てきた者ばかりで、帰るどころか混雑から逃げる事も難しかった。
そのまま歩いて帰るだけの一般人に対し、貴族は大変だ。
馬車で帰るにしても想定外の時間で終了した事で、焦って迎えに来た使用人達が馬車の列を作れず渋滞が発生していたり、そもそも使用人の姿が見えず困り果てている貴族がウロウロしたり、途轍もなく混乱している。
「当家の馬車は離れた場所に止めてあります。少々歩いていただきたいのですが……宜しいでしょうか?」
従者はルディウスに聞いていると思って私は周囲を見ていたら、ルディウスに膝で小突かれた。
どうやら従者は私に聞いていたようだ。
貴族女性として気遣われた経験の薄い私に気付く事は難しい。
「構いませんよ」
今なら歩くのは願ったり叶ったりだ。
劇場内で飛び交った食べ物や飲み物は幸い飛沫もかかっていないが、あの独特の匂いは衣服にべったりとついているような気がしていた。
外の空気に触れていれば匂いは完全に取れないまでも、多少はましにはなるだろう。
王都の食べ物は領都の屋台の食べ物と比べて匂いがきつい気がした。
全体的に生活が豊かな分、食べ物の鮮度を誤魔化す為の香辛料などが多めと言う事だろうか。
そう言えば、ずっと王城滞在ばかりで王都の食べ物を一つも口にしていない事を思い出し、私は折角なら劇場内の軽食販売所に行けば良かったと後悔した。
私が他事を考えている間にルディウスが従者に何があったのか説明すると、ほんの少し従者の顔が険しくなった。
「……ちょっと失礼します」
何故か従者は鼻を近づけ、ルディウスの服の匂いを嗅いだ。
匂いが充満した劇場内から出たばかりで鼻がおかしいままだから、余程変な匂いがついていたとしても私達には分からない。
ドレスは借り物なんだけど。
匂いが染みついていたらどうしようか困っている私を余所に、ルディウスに向かって従者は声を潜め、
「これは精神を高揚させる効果のある薬の匂いです」
独特の匂いがする劇場内の食べ物か飲み物に混ぜられていたのだろうか。
少なくとも私とルディウスは劇場では何も口にしていない。
軽食を買わなかった後悔の直後に食べなくて良かった幸運を知るのも、私には複雑な気分だった。
「効果はどれくらいだ?」
「弱いものです。薬と言っても調味料の一種として用いられる物なので、合法ではありますが多量に摂取しないよう飲食店には連絡してある物です」
観客が多量に摂取していたとすれば、劇場内の売店だけでなく劇場周辺で売られていた食べ物や飲み物全てに混ぜてあったのかも知れない。
高揚しやすい状態にさせられた観客は、道理でやたらと劇に感情移入して盛り上がっていた。
特に騎士団の乱入後の、あんな理論がかなりおかしい話をすんなり信じるなんて違和感があったが、信じ込ませるために思っていた以上に大がかりな仕掛けが裏に組まれていたらしい。
それを全部ぶち壊した私は何やら良い事をしたような気分になった。
匂いだけで私もちょっと高揚しているかも知れない。
「関係した飲食店には指導が入るかしら?」
「……うーん。王都の騎士団はとにかく信頼されていないそうなので、指導も難しいのではないでしょうか。多分誰も言う事聞きませんよ」
そこまで信頼を失っているとはなかなかな状態だ。
確か領都でも色々騎士が問題を起こしていたが、地味に領主が対応して住人との軋轢を消していた。
さて、王都の騎士団のトップは王族で……。
「……………………何年前から騎士団は信頼がないか分かるかしら?」
「じゅ、十年以上前からだと……」
私と従者は顔を見合わせた。
え、駄目じゃない。
口にしては不敬罪に問われる危険が生まれるので私も従者も黙っているしかないのだが、互いの目は雄弁に言いたい事を語っていた。
王家、何十年対応してないんだよ。
怠慢にもほどがないか?
今から騎士団にヘリオス・ルーベの真実を確かめに行こうとしている私には、一抹どころではない不安が止めどなく湧いてきた。
「本当に……騎士団は真実を知っているのかしら?」
「私も不安になってくるから、それは口にしない方が良い」
王族の関わる物は全てが恐ろしい。
取り敢えず、自分達が高揚していないとは言い切れない私とルディウスは、熱冷まし的な意味もあり遠回りのルートで馬車まで向かった。
劇場周辺の飲食店が怪しいと言いつつ、騎士団に乗り込む前の腹ごしらえとしてパンなどを買って食べたりしたけど。
「……お二人とも気が合いますね?」
「経験上、王族関係は体力を消耗するって知っているだけよ」
「ああ、消費する体力を計算してしっかり食べないと、おかしい状況になった時に体力切れで途中で何も言えなくなる」
私とルディウスは変な所で分かり合っていた。
結論からすれば、あの高揚効果のある調味料は美味しい。
周辺飲食店の無罪を確信して、私とルディウスは騎士団に向かった。




